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第456話 将来に向けた下準備 後編

「お前が所属してる翠眼(すいがん)騎士団は、大陸全土の魔法使いの監視が任務なんだろう? 北方在住で金に困ってる魔法使いを知ってるなら、紹介してもらうことはできないか?」


 俺がそう頼んでみると、アンブローズは前垂れ越しに口元へ手をやった。


「つまり生産の下請けを依頼したいということだな。確かに、あの二人だけにやらせたら、他の作業に手が回らなくなりそうだ」

「本来、魔法使いは研究者で、資金繰りのために魔道具を作って売りに出す……だったら俺達が依頼したものを作ってもらえないかと思ってさ」

「普通は作りたいと思ったものを作って売りに行くわけだが……ふむ……」


 あくまで間接的にではあるが、魔法使いと社会の関わり方についての知識も、それなりに身につけることができたと思っている。


 工房や隠れ里に引きこもって魔道を探究することが、大部分の魔法使いの本懐だという。


 しかし『研究』と呼ばれるものは、どんなジャンルであっても金が掛かるものだ。


 なので魔法使いの多くは、サブスキルの【魔道具作製】を活用して作った魔道具を作っては売りに出している。


 市場に並ぶ魔道具のほとんどはこうして流通したものであり、あくまで副業の産物なのである。


 ホワイトウルフ商店が魔道具を安定供給できている理由は、ひとえに研究ではなく製造を本業としているノワールの存在あってこそなのだ。


「都合よく手が空いた魔法使いを探すなんて、正直俺の手に余る。あくまで、翠眼騎士団が協力してもいいと思ってくれるならの話なんだが……」

「……なるほど、面白い」


 アンブローズは関心を抱いた声色の声を漏らした。


「現状、魔道具生産は各々が好き勝手にやっているだけだ。しかし、そうしなければならない理由があるわけじゃない。当面の資金さえ稼げれば事足りるから、効率化は関心の埒外だったに過ぎなかった」


 いわば需要と供給のミスマッチ。


 例えるなら、冒険者ギルドに相当する組織が存在せず、個々の冒険者達がそれぞれ独自に仕事を探して、毎回の冒険資金を稼いでいるようなものだ。


 こんな仕事をしてほしいという需要が、その仕事に適した供給者に届くとは限らず、逆もまた然り。


 需要が適切に満たされることはなく、供給者側も自力で調べた範囲の需要しか掴むことができず、その状態で最低限の稼ぎができるなら充分だと割り切ってしまうわけである。


「しかし何故、北方の魔法使い限定なんだ?」

「そりゃ、現地で材料を調達して製造すれば輸送コストが省けるからな」

「ふむ、確かにそれもそうか」


 アンブローズはしばらく考え込んでから、興味深そうに返答をした。


「魔法使いが違法行為に手を染める理由は、主に三つある。研究目的そのものが違法な場合と、研究手法や材料調達の手段が違法な場合……そして資金繰りに困って犯罪に手を染める場合だ」

「翠眼騎士団はそれを防ぐことも仕事のうちなんだよな」

「故に資金面の安定性を調べることも、僕達の仕事のうちなわけだが……こちらから手を貸すシステムはまだなかったな。厄介事を減らす一助にもなるか……」


 冒険者ギルドを設立した先人達も、ひょっとしたら同じ考えを持って行動に移したのかもしれない。


 ギルドの仲介がなければ、俺なんかが十五年も冒険者を続けることはできなかっただろう。


「了解した。僕の一存で決められることではないが、本隊の方に灰鷹と協議するよう持ちかけてみよう。きっと向こうは乗り気になるだろうから、問題はこちらの上層部が納得するかだな」

「ありがとう、助かるよ」

「騎士団としての協力になる以上、情報の取り扱いなどで入念な協議を重ねる必要があるはずだ。場合によっては灰鷹騎士団ともな」

「分かってるさ。心の準備はした上で持ちかけてるんだ」


 以前はノワールしか魔道具を作れない状況を長く続けてしまい、余計な負担をかけることになってしまった。


 なので今回は、状況が悪化する前に予め手を打っておこうと考えたわけだ。


 一応の了解が得られたところで、邪魔をしないように黙ってくれていたガーネットが口を開く。


「確か、翠眼の上層部はだいたい普通の騎士連中だったな。それなら魔法使いと交渉するよりは格段に楽そうだ」

「僕としても同感だ。正直な話、同業者よりも正規騎士の方が御しやすくて助かる」

「違いねぇ。お前の同類ばっかりって考えたら、だいたいの騎士のことがマシに見えてくるぜ」


 ガーネットもアンブローズも、お互いに何とも歯に衣着せぬ言い回しだが、悪意やら敵意やらはまるで感じられない。


 遠慮せずに接しても構わない相手だと認識し合っているということか。


 所属騎士が打ち解け合うのは喜ばしいことだが、この二人の場合は仲良くなっているというよりも、雑に扱っても構わないという共通認識の産物な気がしてならなかった。


 まぁ、本当のところは当人達に聞かなければ分からないのだが。


「それにしても、面白いことになりそうだ」


 顔を隠す前垂れの下で、アンブローズが笑うような息を漏らす。


「国王陛下の即位から二十年余り。各騎士団の成立からおおよそ十年前後。ようやく組織運営も軌道に乗ってきたわけだが、まだまだ変えていける余地があるらしい」

「へぇ? 魔法使いでも魔法の研究以外に興味を示すんだな」

「興味がないなら、騎士団に加わったりせずに引きこもっているさ」


 アンブローズが食堂の方へ振り向いたところで、すかさずシルヴィアが駆け寄ってきて、蓋付きの容器に入れられた昼食を手渡した。


 今ようやく準備が終わった、というわけではなさそうだ。


 準備自体はとっくに済んでいたものの、俺とアンブローズが仕事の話をしていることに気が付いて、しばらく待っていてくれたのだろう。


「さて、今の相談を持ちかけられたことから察するに、どうやら僕も団員として多少の信頼を得られたらしい。失望させない程度の働きはさせてもらうとするよ」


 踵を返して立ち去っていくアンブローズ。


 俺とガーネットはその後姿を見送ってから、お互いに顔を見合わせあった。


「……ま、さんざん怪しんでた頃よりはマシなんじゃねぇか?」

「結局、あいつもあいつなりに、自分がやれることをやっていただけみたいだからな」


 怪しさの塊としか思えない風体や言動とは裏腹に、アンブローズは彼なりに俺達や友人のヴァレンタインの力になろうとしているだけのようだった。


 先程ガーネットに言ったとおり、魔法にしか興味がない人物などではないわけだ。


 これからはもっと、団員の一人として頼りにしてもいいのかもしれない――俺は改めてそんなことを思うのだった。

諸事情から、今回と次回に対する感想への返信は少々遅れます。

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https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[良い点] アンブローズは本当にマジックナイトでしたか。 ヴァレンタインに付き合っていたから世俗のことにも興味が出てきたのか、それとも頭の容量がデカくて組織論や生産網と言ったシステムにも面白みを感じる…
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