第454話 事後処理もまた仕事のうち
灰鷹騎士団からの依頼とアンブローズが提案した強化手段――ホワイトウルフ商店と白狼騎士団の二つの組織に関わる、二種類の実験を終えてからしばし。
俺は例の一件について報告をするために、騎士団本部の事務室でソフィアと話をすることにした。
ソフィアは本来、各騎士団の監査を任務とする青孔雀騎士団の所属だ。
ここに来てからも、普通の事務仕事だけでなく、俺達の活動に不備や不正がないかを確かめる役目を担っている。
なので当然、今回の経緯も説明することにしたのだが……。
「……これは何と言いますか……」
アンブローズに用意してもらった報告書に目を通すなり、ソフィアは言葉を濁して戸惑いを露わにした。
「魔法使いの自己改造技術の知識を応用して、メダリオンに封じられた魔獣の因子を引き出し、ルーク団長のスキルでガーネット卿の肉体と【合成】させる……一体どんな頭をしていたら思いつくんですか」
「こればっかりはアンブローズ卿の才覚というか……俺は言われるがままに試しただけだからさ」
実行に移した俺が言うのもあれだが、この方法を最初に思いついたアンブローズは、俺達とは違う視点で世界を見ているとしか思えなかった。
いや、実際にはそんな大袈裟な表現をする必要などなくて、ただ単に専門家と門外漢の認識の違いに過ぎないのかもしれないが。
「ですが、ガーネット卿の容貌が人間離れしなかったのは、ルーク団長の功績のように記されていますが」
「やってみたらそうなっただけだって。というか、それどんな風に書いてあるんだ。場合によっては王都に送る前に訂正しとかないと」
怪物じみた姿になってしまう可能性すら予想されたにもかかわらず、蓋を開けてみれば、あれはあれで美的な価値が出てくるような代物だった。
金色の髪と同じ色をした狼の耳に、感情の起伏に合わせて動く尻尾、そして笑うとよく目立つ牙。
アンブローズも完全に想定外だったようなので、原因は俺かガーネットのどちらかにあると思われるが、俺の趣味嗜好が反映された説には大いに反論したいところだ。
「ガーネット卿。魔獣の因子と融合させられたことによる悪影響などは、本当に見られないのですね?」
ソフィアは俺の隣に座るガーネットに視線を移した。
「特に何もねぇよ。調子は良くもなってねぇし悪くもなってねぇ。きっちりかっちり元通りだぜ」
「それでしたらいいのですが……報告書にも、後遺症の類は確認されずとありますし」
「白狼のが【修復】したんだ。間違いなんざねぇよ」
ガーネットの体に異常が見られなかったのは事実だが、ここまで信頼を寄せられると、嬉しさ以上に責任感やら重圧やらを感じてしまいそうになる。
いや、むしろこの手法を実戦で使っていくなら、しっかり責任感を持って臨まなければならないのだろうけど。
「ひとまず報告書はお預かりします。後でもう一度読み込んで、不足点や疑問点を添えて返却させていただきますね」
ソフィアが話を切り上げようとしたところで、不意に事務室の扉がノックされ、外からマークの声が投げかけられた。
「ルーク団長、お客様です。灰鷹騎士団のオズワルド卿がお見えになりました」
「オズワルド卿が?」
「一応、応接室でお待ちいただいていますが……」
「分かった、今行く。それじゃ、ソフィアはそっちの作業に取り掛かっておいてくれ」
頷いて了承の意を示したソフィアと別れ、俺はガーネットを連れて応接室へと移動することにした。
それにしても、オズワルド卿が本部に来るのは予想外だ。
事前連絡は特になかったから、急な用事があって足を運んだのだろうが、白狼騎士団としては用事の心当たりがない。
答えは直接会えばすぐに分かることだ。
応接室の扉を開けて中に入ると、シルヴィアが来客用の椅子に座ったオズワルドに紅茶を注いでいるところだった。
「シルヴィア? こんなところでどうしたんだ」
「あっ、ルークさん。ちょうどお昼御飯の準備をしていたところだったので、マークさんからお客様にお茶を出すよう頼まれたんです」
「……あいつめ。来客の応対はシルヴィアの仕事じゃないっての」
「もう……気にすることなんかありませんよ」
呆れ返る俺を尻目に、シルヴィアは慣れた様子でオズワルド卿に挨拶をして応接室から立ち去っていった。
町一番の宿屋の看板娘だけあって、さすがに接客はお手の物だ。
オズワルドは応接室の扉がきちんと閉められたのを見届けてから、やや申し訳無さそうに口を開いた。
「急に押しかけてすまなかった。日を改めるべきかとも迷ったのだが」
「構いませんよ。それで、ご用件は? やはり防寒具の試作品に関してでしょうか」
オズワルド卿が俺に用事があるとすれば、十中八九この件だ。
そして案の定、オズワルド卿は小さく首を縦に振って、俺の予想を肯定した。
「最初はホワイトウルフ商店を訪ねさせてもらったのだが、ルーク卿が騎士団の用事で本部に赴いていると聞いたのでね」
俺は騎士団の仕事と武器屋の仕事を混同しないように心がけているが、依頼主にまでそれを押し付けるわけにもいかない。
たまにはこういうこともあるだろうと納得し、今回は半ば特別に、騎士団本部の応接室でホワイトウルフ商店の仕事の話をすることにした。
「二種類の試作品、どちらも素晴らしい性能だった。問題点に対する改善案も既に出揃っていて、実に申し分ない」
「それはどうも。担当者達も喜びます」
「しかし、安価だが一日で使い捨ての第一案、高価だが長きに渡って使用可能な第二案……どちらが採用されるのかは本部の判断次第だが、私としては第三の案を本部に提案するつもりだ」
少々思わせぶりな前振りを挟んでから、オズワルド卿はわざわざここを訪れた理由である本題を切り出した。
「私は両方を正式な装備品として採用したいと考えている。あれらの性能を我が身で確かめたうえでの結論だ」
「本当ですか? となると……状況に応じて使い分けるということになるのでしょうか」
「うむ。短期間で終わる業務にはスペルスクロールが梱包されたタイプを、長期間の作戦には機巧仕掛けのタイプを供与することになるだろう」
あるいは後者を功労者への褒美にするのもいいかもしれんな――オズワルド卿はそう言って口元を緩めた。
「ルーク卿。貴殿には重ねて感謝申し上げる。次の冬が来るまでには準備を整えることができそうだ」
「感謝ならノワールとアレクシアにしてやってください。こんなに早く仕上がったのは彼女達のお陰なんですから」
こちらも思わず笑みが浮かんでしまう。
それは俺自身が感謝されたからではなく、騎士団からの受注という仕事を完遂できたからでもなく――ノワールとアレクシアの働きぶりが広く認められつつあることへの喜びであった。




