第448話 新たな手段は既に我が手に
「この通り、どちらも拒絶の理由は『不可逆の変化』だ。さて……ならば『可逆的な変化』が可能だと言ったら……どうする?」
「はぁ!?」
「なんだと!」
アンブローズの唐突な発言を受け、ガーネットとヴァレンタインが同時に声を上げる。
「どういうことだ、そりゃ」
「初耳だな。そんなことができるという話は聞いていないぞ」
「それはそうだ。僕にはできないからね」
理解不能だとばかりに顔を歪めるガーネット。
しかし、アンブローズはガーネットやヴァレンタインではなく、何故か俺の方に顔を向け、耳を疑うようなことを口にした。
「するのは僕ではなく君だ、ルーク卿」
「……は? ちょ、ちょっと待て。何を言っているんだ! 俺にそんなことができるわけ……」
まるで身に覚えがない。
可逆的な人体改造? そんなことができるスキルなんて持ち合わせてはいない。
それともスキルとは無関係にやれということなのか。
唐突に矛先を向けられて混乱する最中に、ふと別の考えが脳裏を過ぎった。
もしかしたら、できるかもしれない。
できてしまうかもしれない。
これまでは試す気も起こらなかったけれど、それらしいことならば以前に一度実現したことがある――他ならぬガーネットの肉体そのもので。
「中立都市アスロポリスにおける戦いの顛末は聞いている。両腕を失ったガーネット卿に、樹人の樹木的な肉体を繋ぎ合わせて取り繕ったそうじゃないか」
「……やっぱり、あれのことか……!」
「【修復】スキルの派生能力である【合成】と【融合】……それらを駆使すれば、君は人間と魔族……更には魔物の肉体を結合させることができるはずだ。しかも【修復】による完全復元を前提としてね」
アンブローズの言う通り、俺はガーネットがアガート・ラム幹部のハダリーとの戦いで両腕を失ったとき、管理者フラクシヌスの肉体の一部を材料に腕を復元させた。
厳密には『樹人であるフラクシヌスの肉体が変化した大樹』の一部だが、あれを魔族の肉体と考えるのは決して間違ってはいない。
そして両腕が綺麗に切断されていたこともあり、ガーネットは何の後遺症もなく無事に腕を取り戻すことができたわけだが……確かにあの一件は『可逆的な人体改造』と呼べるだろう。
「……あの程度でいいならできるかもしれない。だけど現実的じゃないだろう! 素材はどうするんだ? 魔族や魔物の死体の一部を持ち歩かせるつもりか?」
原理的に不可能だという形で否定することができそうにないので、現実的に困難だという形での否定を試みる。
たとえ一時的な変化だろうと、たとえ実行するのが俺自身だろうと、ガーネットの体を異形に変えることそのものが好ましくないのだから。
「それなら既に案がある。これを使えばいい」
アンブローズは手の平大の丸い板のようなものを取り出し、無造作にこちらへ放り投げてきた。
咄嗟にそれを受け止めて愕然とする。
「メダリオン! まさか魔獣スコルの……!」
アーティファクト・メダリオン。
第二階層の天井に潜んで発光機能の魔力を吸い上げていた魔獣スコルや、アスロポリスの戦いでアガート・ラムが戦力として用いた巨人ムスペルの核とも言える存在。
その正体は、古代魔法文明が未だに健在だった時代、ロキという名の男が生み出した、魔獣または神獣と呼ばれる怪物の肉体を魔力によって生成するマジックアイテムだった。
とりわけ強力な神獣達は当時の地上を蹂躙し、栄華を誇っていた古代魔法文明を滅亡に追いやったとも聞いている。
「これは魔力を用いて魔獣の肉体を編み上げる機能を持つ。適度に制御すれば、一時的な強化に使えるだけの材料を用意できるだろう」
「適度に制御だって? こいつはまだ見つかったばかりのアーティファクトなんだ! そんなことができるはずないだろう!」
「できるのさ。僕自身も非常に驚いているのだけれどね」
あっさりと返答されて思わず息を呑む。
どういう意味だと問い返すのを待たずに、アンブローズは自分から詳細な説明を始めた。
「メダリオンが発見されたのは今回が初めてじゃなかった。より正確には、今回の完全なメダリオンの入手によって、これまでに見つかっていた正体不明の遺物の正体が判明した……とでも言うべきかな」
「……不完全なメダリオンなら、これまでに何度も見つかっていたってことか?」
「ああ。もちろん『メダリオン』という名称はおろか、古代魔法文明の滅亡に関わる代物だということも全く分かってはいなかった。完全に行き詰まった研究に君達が突破口をもたらしたと言ってもいい」
そう語るアンブローズの声からは、うっすらと喜色めいた響きが感じられた。
研究者として、行き止まりだと思われていた研究が進展することに、少なくない喜びを感じずにはいられないのだろう。
「これまでは、魔力を流すことで魔物の肉体の一部を生み出すことだけは分かっていた。生きた状態の完全な魔物を生成できるか否かは諸説あったが、現実的に不可能だという主張が主流だったね」
欠けたメダリオンから魔物の一部だけが生み出される……想像するだけでおぞましい光景だが、確かに研究者的な魔法使いなら進んで飛びつく研究対象かもしれない。
フラクシヌスから聞いた話によると、メダリオンは回収不可能なほどの数が世界にばら撒かれ、それらが自然の魔力で起動したことによって古代魔法文明の滅亡の幕が上がったとのことだ。
つまり、神獣と呼ばれるレベルの代物は希少としても、メダリオン自体は大量に存在していたことになる。
過去にそれらの残骸が見つかっていても不自然な話ではない。
「人工生命の研究は一部の錬金術師が行っていると聞くし、それと同じものを目指した試作品の残骸ではないかと考えられ……ひとまず有効活用できるところまでは研究が進んでいたんだ」
横合いからガーネットが皮肉げに口を挟む。
「有効活用だって? 魔力で肉を作って食料にする研究でもしてたのか?」
「実際にそれを目指している魔法使いもいるそうだけど、僕が言いたいのは別の研究だ」
アンブローズはあっさりとそう答え、親指で自分自身の肉体を指し示した。
「僕達の人体改造の材料さ。もちろん他の材料も使っていて、普通は比率としては三割程度なのだけどね」




