第442話 性能試験の下準備
ノワールとアレクシアから試作品完成の報告を受けた俺は、すぐにそれらの性能実験の準備に取り掛かることにした。
実験を手伝ってくれる専門家の当てはあったし、実際に試してもらう人員も冒険者ギルドに依頼すればすぐに集められる。
一番の問題は実験場所の確保なのだが――それを解決するために、今日俺は『日時計の森』第五階層の冒険者ギルド支部を訪れていた。
「悪いな、妙なこと頼んで。想定された使い方じゃないんだろうけど、後片付けはきちんとするからさ」
「別に遠慮なんかしないでいいのに。ギルドの上の方もルークには信頼を置いてるんだから」
「上の連中も現金だなぁ。現役だった頃は大して注目してなかっただろうに」
今こうして会話を交わしている相手は、ホロウボトム支部の支部長のフローレンスだ。
若手時代に同じ町を拠点とした間柄だったというのもあり、個人的な友人に近い感覚でよく便宜を図ってくれている。
「それにしてもびっくりね。新製品の実験のために、部屋を一つ氷漬けにするだなんて」
「さすがにそこまではしないって。北方の冬に近い室温にできれば充分だよ」
俺が計画した性能実験方法は、新製品が使われる予定の北方の気候を局所的に再現してしまおうというものだ。
――まずはギルド支部が貸し出している空き部屋のうち、なるべく気密性が高くて無駄に広すぎない部屋を借りる。
別に支部の部屋である必要はなく、白狼騎士団の本部の一室でも実験はできるのだが、武器屋の仕事に本部の施設を使うのはよくないと考えて、民間にも部屋を貸し出している支部を頼ることにした。
――場所を確保した次は、部屋を冷却して冬の北方の気温に近い室温にする。
もちろんこの段階では魔法使い達の力に頼ることになる。
店員のノワールはもちろんとして、属性魔法使いの冒険者であるメリッサにも協力を頼んでいる。
騎士団員のアンブローズは……声を掛けていいものかどうか、正直少し迷っていた。
ホワイトウルフ商店の方とは繋がりがない人物であり、お互いに個人的な信頼関係を築けているとも思えない。
――狭い部屋に魔法使いの力を集中させても、室温を下げられるのは短時間だ。
その間に、北方での騎士団の活動を知るオズワルド本人と、ギルド経由で雇った冒険者に部屋へ入ってもらって、試作品の性能を試してもらおうという寸法だ。
「北方並なら充分寒いと思うけど。ほら、魔法やスキルで冷却した倉庫に、生物を保管したりするっていうじゃない」
「ああ、あるある。港町の漁師とかがそういうスキル持ってるよな。でもアレは、地元の真冬の気温とかその程度じゃなかったか?」
いつの間にやら、会話の流れが雑談じみたものへとずれ込んでいく。
多忙な支部長の時間を浪費させるのも悪いので、そろそろ切り上げて支部を出ることにしよう。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ。当日はよろしくな」
「上手くいったらこっちの支店でも取り扱ってね。第二階層は冷えるから大変だってよく言われるのよ」
フローレンスとの会話を終えて支部長室を後にする。
廊下に出て後ろ手に扉を閉めたところで、タイミングを見計らったかのようにガーネットが声を掛けてきた。
「支店の連中とも話は付けてきたぜ。当日にはあっちからも人手を引っ張ってこれるはずだ」
「ありがとな。こっちも部屋の確保はバッチリだ」
ホワイトウルフ商店はグリーンホロウ・タウンの町外れの本店兼自宅以外にも、ギルド支部の一画を借りた支店を開いている。
こちらの店舗は『元素の方舟』を探索している冒険者をターゲット層とし、規模としては本店よりも大きくスタッフも多い。
そして支店勤務のスタッフ達にも実験当日の手伝いを頼みたいと考えており、ガーネットにその交渉を頼んでいたというわけだ。
「さてと、地上に戻る前に軽く飯でも……」
ギルド支部で済ませなければならない用事は全て終わった。
ついでに食事も済ませてるよう提案しようと思い、何気なくガーネットに視線を向けると、何故かムッとしたような顔と目が合った。
「……どうかしたか?」
「いや、別に。支部長と楽しそうに話し込んでたみてぇだから、邪魔でもしちまったかなと」
なるほど、そういうことか。
「そりゃあまぁ、フローレンスは昔馴染みだから、うっかり話し込むこともあるけどさ。仕事の邪魔をしないようにさっさと切り上げただけで、別に急かされたりはしてないぞ。それに……」
ガーネットの背中を軽く押すように叩き、ここから移動するように促しながら、はっきり言っておくべきことを口にする。
「今はお前といる方が一番楽しいかな」
「……そこまで言えとは言ってねぇだろ……ったく」
ガーネットはわざとらしくそっぽを向いたまま、邪魔になるから仕方なく移動するのだと言わんばかりの態度で、促されるままに足を動かし始めた。
下準備の開始から数日。
いよいよ試作防寒具の性能実験の日がやって来た。
実験は昼過ぎから取り掛かる予定だが、俺は朝から支部に貸してもらった部屋に詰め、ノワールやメリッサと一緒に実験場の準備に勤しんでいた。
まずは隙間を塞いで密閉性を高め、実験直前に室温を低下させた後で冷気が逃げ出さないように下準備をする。
本来なら前日までに済ませておくのが効率的なのだが、あくまで貸しスペースである関係上、昨日まで他の人が別の用途で使っていて準備をする暇がなかったのだ。
更に、隣の部屋から実験中の様子を観察できるように、壁に穴を開けて硝子板や伝声管も通しておく。
このときに便利なのが【修復】スキルの派生である【融合】だ。
壁と部品を溶け合わせるように繋ぐことができ、作業時間の大幅な短縮が可能だった。
もちろん、実験が済んだら部屋ごとまとめて【修復】し、完全に元通りにする前提の改造である。
「ルークさんって、武器屋じゃなくて建築の方でも稼げたかもしれないですよね」
メリッサが魔法による室内冷却の下準備をしながら、冗談交じりに笑った。
「最初にそっちを思いついてたら、今頃は大工の真似事でもしてたかもな」
冒険者を休業すると決めた後、代わりに武器屋を始めると決めたのは、ほとんど偶然のような思いつきだった。
それがここまで大きく発展してしまうのだから、世の中何が起こるか分からないものである。
「……よしっ、部屋の方はこれでいいか。依頼主が到着したら実験を始めるから、そろそろ冷却を始めておいてくれ」
「はーい、張り切ってやりますね!」
やる気充分のメリッサに作業を引き継ぎ、俺は外でオズワルドを待つために急ごしらえの実験場を後にした。




