第441話 ノワールとアレクシアの試作品 後編
やる気に満ちたまま説明を終えたノワールと入れ替わりに、今度はアレクシアが自分の試作品について語り始める。
「じゃあ次は私の番ですね。実を言うと、コンセプト自体はノワールと同じなんですよ」
「被ったのか?」
「被せたんですよ。同じコンセプトを違うアプローチで実現しようっていう話になりまして」
アレクシアは小包から銀色の金属製品を取り出して、テーブルの向かいに座る俺に手渡してきた。
丸みを帯びた長方形で、それなりに厚みがある。
大きさは手の平に収まる程度で、ノワールの試作品とさほど変わりないが、重量はこちらの方が明らかに重い。
だがそれでも、これと同じ大きさの金属塊と比べれば格段に軽く、わざわざ【解析】しなくても中身が空洞になっていることが伺えた。
「中空だな。内側で火を燃やして温める……っていうのは単純過ぎてお前らしくないか。中に何か入れて加熱させるのは分かるけど、一体どういう仕組みなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。と言っても、加熱の原理自体は割と簡単なんですよ。内部にミスリル合金の魔法紋が仕込んでありまして、魔力を通すと熱を放つだけです」
仕組みとしてはガーネットの剣と同じ原理だ。
魔法紋を刻まれた金属に魔力を流すことで、特定の作用を発動させるメカニズム。
紙や布と比べて細かな加工が難しく、効率的な動作には高価なミスリルの使用が望ましく、また魔法のように複雑な魔力制御もさせにくいと聞いている。
だが、ヒーティング程度なら特に問題もなかったのだろう。
「つまりこいつに魔力を流せば温かくなるわけか」
「原理的には自前の魔力でも使えるんですけどね。何時間も流し続けるなんて大変ですから、ここに魔力結晶を入れてエネルギー源にします」
アレクシアは口頭で簡潔に説明しながら、もう一つ用意していた試作品を指で引っ張って縦に分割してみせた。
片方の中身は案の定空洞で、もう片方に加熱構造が収納されているようだ。
「ルーク君達が使ってる魔力供給器と同じ仕組みです。ほら、いつも腰のポシェットに突っ込んである、魔力結晶の魔力を自動的に体へ流し込んでくれるアレですね」
「さすがに魔力結晶はコストが高すぎるんじゃないか」
「満タンにすれば十日は動作させっぱなしにできますから、時間ごとのコストはそうでもないですよ」
魔力結晶――魔石とも呼ばれるそれは、錬金術によって生成される魔力を凝縮させた結晶体であり、ナイフの柄程度の大きさでも小金貨一枚分の市場価格になる高価な品だ。
この試作品に入るのはその数分の一程度の量だと思われるが、小金貨一枚、つまり一家族が慎ましやかに一ヶ月暮らしていける額の数分の一と考えると、決して安いものではない。
「私もノワールと組んでから、魔力を動力源にした機巧を頻繁に作るようになりまして、魔力結晶の製造過程についてもそこそこ詳しくなったんです」
アレクシアは二つに分割させた試作品を元に戻し、丸みを帯びた直方体のそれをテーブルに置くと、指先で突いてくるくると回転させた。
「魔力結晶は大きな塊として精製されるんですが、直接手に握らないと魔力を引き出せない関係上、そこから細かく刻む必要があるんですよね」
「そんな話も聞いたことがあるな」
「加工の過程で出る削り屑は使い道に乏しいとされていまして、大部分が廃棄されているそうなんです。もったいない話ですよね」
たまに魔法使いが買っていって何かに使ったそうですけど、と豆知識のように付け加えてから、アレクシアは創造意欲に満ちた顔で言葉を続けた。
「で、ノワールがミスリルを活用して、ポシェットに入れた魔力結晶から魔力を引き出せる道具を作ったでしょう? これってもしかして、握りやすい形に加工された結晶じゃなくて、削り屑の粉末を詰めても使えるんじゃないか――そんなことを思ったわけですよ」
俺はアレクシアの話を聞きながら、自分の腰に手をやった。
今日は身に付けていないが、ダンジョンに潜るときなどは腰にポシェット状の魔力供給器を取り付け、中に入れた魔力結晶から魔力を補給しながら【修復】を発動させている。
このときに使用する魔力結晶は、市販されている握りやすい形と大きさの結晶だが、確かに魔力供給器に放り込むならこんな形をしている必要はないかもしれない。
「そっちはそっちで別に研究中なんですが、そのアイディアを流用したのがこの試作品というわけです。きっちりぴったりカットした結晶を使うもよし、安価な削り屑を使うもよしって奴ですね」
「……なるほど。同じコンセプトに違うアプローチで挑戦したってのはそういうことか」
ノワールの試作品は、安価だが一個につき一日分しか使えない。
アレクシアの試作品は、高価だが一回の補充で長く使え、魔力が切れても補充すれば再び使うことができる。
それぞれに違う強みを持たせた試作品というわけだ。
「ちなみにだけど、これだけじゃほとんどノワールの頑張りだから、私もあれこれ工夫してみたんですよね。ほら、例えばここ。外装の横に指で動かせる部分があるでしょう?」
テーブル越しに身を乗り出しながら、アレクシアは試作品を俺の顔の前に突きつけて、機巧的な機能を熱く語り始めた。
その隣では、不意打ちで褒められたノワールが照れ臭そうに視線を逸らしている。
「ここを動かすと内部のミスリル合金回路が切り替わってですね、加熱のオンオフや発熱量の調節ができるんです」
「お、おう……」
「設定した熱量以上に加熱したら魔力が遮断されて、冷えてきたらまた流れ始めるようにもしてありまして。好みの温度に設定したら後は懐に放り込んでおけばいいんですよ」
「……ちょっと待て。それって『ちなみに』で説明していいレベル越えてないか?」
機巧のことは詳しくないが、技術の相当なレベルアップを軽く流されてしまった気がする。
仕事を休ませて資金を出して研究に専念させる――この二人はそれだけでどこまでも突っ走って行ってしまいそうな気すらした。
「まぁ、とにかく。試作品が仕上がったのは何よりだ。次は効果を実験してみたいところだが……」
今のグリーンホロウの気候では、今ひとつ効果が分かりにくいかもしれない。
ダンジョンの第二階層はかなり冷えるが、北方と比べればさほどではないだろう。
「となると……ここは一つ、大規模な実験でも試してみるか」
ハクキンカイ○だこれ。白金じゃなくてミスリルだけど。




