第440話 ノワールとアレクシアの試作品 前編
それは補給品調達の依頼を受け付け終え、シルヴィアを店の玄関から送り出した直後のことだった。
町に戻っていくシルヴィアと入れ違いになる形で、アレクシアが意気揚々と坂道を登ってきた。
「どーも、ルーク君! こちらのお仕事もやっと一段落つきそうなので、ご報告にあがりましたよ!」
「そいつは良かった。ノワールの方も何とかなりそうか?」
「もちろんですよ。私だけ片付いたからって抜け駆けはしませんって。ノワールも後からこっちに来るはずです」
アレクシアとノワールに任せていた仕事、つまりは灰鷹騎士団のオズワルドから依頼された、北方の騎士の助けとなる防寒具の開発だ。
機巧と魔道具、それぞれのアプローチから試作品を作るように頼んでいたが、早くも一定の成果が上がってきたらしい。
「一体どんなものを作ったんだ?」
「試作品ならここに。詳しいことはノワールが来てからお話しますね」
アレクシアは手の平大の小包を見せて自慢気に笑った。
それからしばらくして、ノワールも店の方にやって来たので、先程までシルヴィアと話していた部屋に取って返して報告を聞くことにする。
二人が持ってきた『試作品』は、どちらも手の中に収まる大きさの包みに入る程度のサイズ感で、ポケットにしまうのも簡単そうに思えた。
「意外と小さいんだな」
思い浮かんだ感想を率直に告げると、アレクシアは我が意を得たりとばかりに口の端を釣り上げてみせた。
「頂いた情報を元に二人で話し合ってみたんですが、提示された条件を一番効率よく満たそうと思ったら、やはり『充分な温度があって長持ちする熱源』を、簡単に持ち歩ける大きさで仕上げるのが一番だろうということになりまして」
確かに、灰鷹騎士団の要求仕様をそのまま統合すれば、アレクシアが言ったとおりの内容になるのだが。
「けど、それにしたって小さすぎないか? 俺が想像してたのは、ランタンサイズの暖炉みたいな道具だったんだけどな」
「アイディアの元はサクラが言っていた温石ですね。北方の騎士団は既に充分な対策をしているわけですし、それでも不足するなら、冷える部分を集中的かつ柔軟に温められるのがいいと思ったんです」
だからこその小型軽量重視。
一つの道具で全身をくまなく温める必要はないと割り切って、現状の対策で不十分なところを補強することに重きを置いたわけだ。
アレクシアは全体的な設計方針の解説を済ませ、まずはそちらから個別の説明に入るようノワールに促した。
「じゃ、じゃあ……私、から。これは……魔道具だけで、作った……試作品、だ……」
ノワールが包みから取り出したのは、外装の包みとさほど変わらない大きさの、四角くて平べったい小袋だった。
四辺はしっかりと縫い留められていて、中身を取り出すことを想定していないことが一目で見て取れる。
「な、中身は……こんな……風に……」
今度は四辺のうち一片だけが縫われていない小袋が取り出され、その中身がテーブルの上に広げられる。
中に入っていたのは、外袋よりわずかに小さな紙の束だった。
それらの全てに魔法的な模様が描かれているが、よくよく見ると模様は二種類あり、それらが互い違いに重ねられているらしい。
「ひょっとしてこれ、ヒーティングの呪符か?」
「……あ、ああ……色々、と、工夫が……ある、んだ……」
ノワールはいつものたどたどしい口調で、どこか楽しげに、試作品が今の形に至るまでの経緯を語り始めた。
最初はシンプルに、暖を取る魔法であるヒーティングの呪符を携行することから考え始めたのだが、二つほど大きな問題があった。
まず物理的にはただの紙切れなので、グシャグシャにしないよう持ち運ぶのが面倒であることが一つ。
そしてもう一つ、呪符サイズでは根本的に性能の限界があったのだ。
触れた部分が充分な熱さを感じさせる出力にすると、あっという間に限界を迎えて崩壊してしまい、逆に長持ちするように出力を抑えると今度は全く温かみを感じなくなってしまう。
これを踏まえ、次は複数の呪符を束ねてみたり、大きめに作ったものを折り畳んでみたりしたのだが、今度は別の問題が発生した。
密接に折り畳まれたことで、魔法的な作用や発生した熱が極端に集中しすぎたのか、たまに発火して燃え上がってしまうことがあったのだ。
さすがに自然発火の危険アリでは商品として成り立たない。
原型であるスペルスクロールが『巻物を開かなければ使えない』のも、こういった事故を回避するためなのだ。
しかし、ノワールはこのアプローチを捨てようとは思わなかった。
対策を考えに考えた末、何枚も束ねたヒーティングの呪符の間に、自然発火を防ぐための制御用の呪符を挟み込むことを思いついたのだ。
「ア、アイディアの、元は……シルヴィアが、料理を、してる……ときに……熱い、鍋を……鍋敷きの、上に、置いたのを……見たから、だな……」
高熱が伝播することによる不都合を、間に何かを挟むことによって防ぎ止める。
原理そのものは鍋敷きとは全くの別物になったが、自然発火を防ぐための構造はそんな日常的な光景から生まれたのだという。
最後に残る問題は、使い終わったスペルスクロールが崩壊して塵になるのと同様に、この試作品も発熱時間が終わったら塵になってしまうことだった。
ポケットや懐に入れて使うには不都合だが、これの解決策はとても簡単で、考え始めてすぐに『袋に入れてしまえばいい』という形で落ち着いたそうだ。
「試して……みて、くれ……。魔力を、流せ、ば……発熱、する……から……」
「こうか? ……おおっ、確かに」
小袋の布地越しにじんわりと熱が伝わってくる。
温まるのは直接触れている部分だけで、離してしまえば全く温まらないが、手に握っていたり懐に入れて使う分にはぴったりだ。
何より想像以上の小型軽量。
ポケットに入れてダンジョンを探索しても、全く気にならないくらいのサイズに収まっている。
「……な、何か……改善点、とか……ありそう、か……?」
「強いて言うなら、中身が紙束だから曲げると固さが気になるかもしれない。少しゴワゴワしてるというか……呪符も布で作れたりしないか?」
俺が何気なくそう言ってみた途端、ノワールはハッと顔を上げて目を輝かせ、心の底から生き生きとした様子で答えた。
「そ、そうだ……! 普通は、利点がない、から……しない、けど……布も、スクロールの、材料に……できる……! 次は、それで……試作して……みよう……!」
使い捨てカイロだこれ。




