第439話 合間合間の日常風景
――灰鷹騎士団から依頼された防寒具の開発に、ガーネットの戦闘能力の向上手段の模索。
やるべきことは山積みになっているが、その間にもホワイトウルフ商店本来の仕事も次から次に飛び込んでくる。
そして、この日一番の大仕事を持ち込んできたのは、店を開く前からの付き合いである宿屋のシルヴィアだった。
「こんにちは、ルークさん。ちょっとお時間よろしいですか?」
「どうした、仕事の話か?」
「はい。折り入ってお願いしたいことがありまして」
普段通りのにこやかな笑顔のシルヴィアを、店舗の奥のスペースに案内する。
灰鷹騎士団のオズワルドのときもそうだったが、店先で話し込むには長くなるときは、いつも店の奥で話し合いをするようにしている。
けれどシルヴィアの場合は、それとは別によく居住スペースを訪れているので、仕事の依頼で訪れているのだという実感が薄かった。
何というか、いつもの友人がいつものように遊びに来たのと変わらない雰囲気だ。
「ええとですね……春の若葉亭名義で色々と発注したいものがありまして」
「エリカの薬か? 後はノワールの魔道具あたりか……」
シルヴィアは鞄から取り出した発注書を俺に手渡すと、少し困ったように微笑んだ。
「大きな冒険者パーティから長期逗留の予約が入ったんですが、到着前に補給品を用意しておいてもらいたいと頼まれたんです。相応の追加料金は頂いているので、その点は問題ないんですけど」
「なるほど……見た感じ、普通の宿屋が調達するようなものじゃないな」
発注書を見る限り、武器防具の交換品も含め、冒険者が必要とするもの一式を希望しているようだ。
食料や新しい衣服は春の若葉亭でも問題ないだろう。
けれどメンバー分の装備品一式や、その他の冒険者が扱う細々とした道具の数々は、宿屋が普通に取引をしている業者から調達できるものではない。
「ルークさんは長く冒険者をやっていましたから、きっと詳しいだろうなと思いまして」
「それならギルドハウスに頼んでも良かったんじゃないか?」
「でもそれだと、結局はギルドからホワイトウルフ商店にお話が行くだけな気がしますよ」
「あー……確かに」
仮に、これらの調達を町のギルドハウスに頼んだところで、ギルドハウスは外部業者に実際の調達を任せることだろう。
グリーンホロウ・タウンでそんな依頼を持ち込まれる業者といえば、十中八九このホワイトウルフ商店だ。
そんな二度手間を踏むくらいなら、俺とシルヴィアの縁を活かして直接依頼した方が手っ取り早いに決まっている。
「分かった。保存食なんかは春の若葉亭に任せてもいいか?」
「はい、こちらで対応できない分をお願いします」
「それにしても、こいつら……宿泊先の宿屋にこんなこと頼むなんてな」
書類を読み進めると、その大規模パーティとやらの事情についても軽く触れられていた。
どうやら彼らは、別の土地にあるダンジョンに潜っている最中らしく、探索を終えて帰還したその足でグリーンホロウに移動し、温泉宿で体を休めてから『元素の方舟』に挑戦するつもりらしい。
宿泊予約と補給品の調達依頼は、彼ら本人が直接持ち込んだわけではなく、帰還予定に合わせて届くように、予め他の誰かに託していたようだ。
効率主義というか何というか。
現在攻略中のダンジョンと『元素の方舟』を効率的に巡ろうとした結果、脱出後にすぐさまグリーンホロウへ移動して宿を取るなんていう、少々強行軍のような形になってしまったらしい。
「リーダーはBランクか。もしかしたら、Aランクへの昇格を焦って短期間に功績を積み上げようとしてるのかもな」
「そんなに働き詰めで大丈夫なんでしょうか」
「よくはないな。温泉で休息を取る予定らしいから、全くの考えなしってわけではないんだろうが……発注書には書いてないけど、ポーションの方も増産しておいてもらおう。きっと必要になりそうだ」
「ありがとうございます。やっぱりルークさんに相談してよかったです」
シルヴィアはホッとした様子で微笑んだ。
さっきの困ったような笑いとは全然違う柔らかさだ。
それにしても――このパーティを率いるリーダーのBランク冒険者だが、どうにも聞いたことのない名前だった。
俺も全ての冒険者を知っているはずなどなく、把握していない冒険者の方が多いくらいだが、それでも『Bランクなのに聞いたことがない』という時点で、いくつか想像することはできる。
他の地域で活動していた冒険者か、あるいは最近になってランクを急上昇させた冒険者のどちらかだろう、という予想だ。
もしも前者だとしたら、グリーンホロウ・タウンと『元素の方舟』も有名になったものだと、しみじみ思わずにはいられない。
「後でギルド支部のフローレンス支部長に、こいつらがどんな連中なのか聞いておくよ。事前に分かっていた方が世話もしやすいだろ」
「何から何まで、本当にありがとうございます……あっ、そうだ。話は全然変わるんですけど、お伝えしておきたいことがあったんです」
シルヴィアは胸の前でポンと手を合わせると、鞄の中から別の書類の束を取り出した。
「ホワイトウルフ商店の住宅部分……ルークさんとガーネットさんのご自宅にお風呂を作るつもりだと聞いたので、知り合いの業者さんに色々と聞いてみたんです」
「本当か? 悪いな、頼んでもないのに」
自宅に風呂を作るという案は前々から考えていたのだが、アスロポリスだの何だのと大仕事が続いたせいで、これっぽっちも進展していなかった。
実行するならそろそろ本格的に計画を練らなければ、と思っていたところだったので、シルヴィアの心遣いは渡りに船だ。
「建築作業は、うちの増改築を頼んでいるところにお願いすれば、割安でやってくれると思います。アレクシアさんの機巧も使ったら、かなり便利なお風呂に仕上がると思いますよ」
「大きな浴場も気持ちがいいんだけど、こんな町外れから毎晩足を運ぶのは面倒なときが多くてさ」
「名目上とはいえ、ルークさんはグリーンホロウの領主さんでもあるんですから。これくらいの贅沢はしてもいいと思いますよ」
困った顔をした俺を見て、くすりと笑うシルヴィア。
確かに俺はグリーンホロウとその周辺の領主という扱いになっているが、それはあくまで白狼騎士団の予算源としての領地だ。
領主ぶるつもりは毛頭ないし、領主らしい行動を求められても困ってしまう。
「ところで、源泉の利用料金なんですけど、領主さんならわざわざ支払わなくてもいいんじゃないですか? 源泉も含めての領地なんですし」
「いいんだよ。あれはあくまで騎士団の予算のためであって、ホワイトウルフ商店とは関係ないんだから。法律的には問題なくても、個人的なけじめって奴さ」
「本当に真面目ですね。それがいいところなんですけど」
シルヴィアに真っ向から褒められて、俺はなんとなくくすぐったさを覚えて顔を逸らした。
まったく、この場にガーネットがいなくてよかった。
もしもあいつが居合わせていたら、後で何を言われたことか。




