第438話 俺とお前の間柄だから
――ひとまず、ガーネットの戦力強化に関する俺の意見が固まったので、仕事の合間を縫ってガーネットと共有しておくことにする。
通常の鍛錬やスキルの獲得はこれまで通り続けるとして、短期間での確実な強化を狙うなら、武装の充実が一番だろうというのが俺の考えだ。
「ガーネット、お前はどう思う?」
会計カウンターで次の客を待ちながら、隣に座るガーネットとさり気なく会話を交わす。
「……んー、やっぱり現実的なのはその辺だよなぁ」
「歯切れが悪いな。他にも試しておきたいことがあるなら、遠慮なく言えよ」
「分かってるっての。お前には遠慮なんかしねぇよ。言うだけならタダなんだしな」
ガーネットは会計カウンターに頬杖を突いたまま小さく笑った。
「けどまぁ……やっぱり、オレ自身が強くなりてぇなっていう気持ちがあんのは否定できねぇわ」
ちょうどこのタイミングで客が商品を持ってきたので、すぐに話を打ち切って会計を済ませてしまう。
少年の面影を残した若い冒険者だ。
初めてまともな武器を購入したと思しき様子で、嬉しそうに剣を腰に結び留めている。
故郷を出てギルドに加盟し、グリーンホロウの『日時計の森』でランク上げと資金稼ぎに勤しんで、ようやく本格的な第一歩を踏み出したといったところか。
俺としては何とも言えない懐かしさを感じずにはいられなかったが、ガーネットの目にはどんな風に映っているのだろう。
「我儘だって言ってもいいんだぜ。自覚はあるんだ。テメェ一人じゃ目的も果たせねぇってのに、仲間に頼ってばかりは嫌だの、武器だけじゃなくて自分も強くなりてぇだの、寝言は寝て言えって感じだろ?」
視線をどこか遠くに投げたまま、ガーネットは自嘲気味にそう言った。
俺は次の客が近付いていないことを横目で確かめながら、隣に座るガーネットの横顔を見やった。
「ま、俺以外に同じことを言ってたら、酷い我儘だったかもな」
「……それって、どういう意味だよ」
ガーネットの色白な頬が微かに赤らむ。
周りに事情を明かせない他人が大勢いる――それと少し意地の悪い言い回しがしたかった――ので、あえて遠回しな表現で発言の主旨を補足する。
「もちろん一つは、お前が想像した通りの理由だな。俺とお前の間柄なんだから、多少の欲張りは我儘のうちに入らないさ」
会計カウンターの下で、ガーネットの足が俺のふくらはぎを軽く蹴りつけてくる。
期待通りのリアクションを受けながら、俺は更に言葉を続けた。
「それともう一つは、俺が言えた立場じゃないってのもある」
「あん? 立場が何だって?」
ガーネットが視線だけをこちらに動かしてきたので、期せずして目と目が合う形になる。
「冒険者として大成したいっていう『夢』に十五年もこだわり続けて、その間ずっと、周りがいくら『違う道を選ぶべきだ』と助言をしても聞き流してきた……知っての通り、俺はそんな野郎だったわけだ」
俺はそのまま目を逸らさず、ガーネットの碧い瞳を見つめ返し続けた。
「できる限り自分の手で敵を討ちたいっていうのは、お前の『夢』なんだろう? だったら俺は偉そうなことを言える立場じゃないし、むしろ応援したいくらいだよ」
「自分と同じ失敗はさせねぇように諦めさせる……とか言い出すパターンもあるんじゃねぇか?」
「人によってはそうかもな。でも俺はそうじゃない。どっちが正しいのかって話じゃなくて……」
「『俺がこういう奴なだけだ』ってか」
言おうとしたことをガーネットに先回りされてしまったので、口の端をわざとらしく上げてみせて、言外に正解だと意思表示する。
ガーネットも同じように笑い返してから、椅子の背もたれに思いっきり体重を預けて天井を仰いだ。
「最初の理由だけで充分だ。後半は要らねぇや。そういうのはエリカにでもくれてやれよ」
「ん? あたしがどうしたって?」
物陰からエリカがひょこっと顔を出す。
ガーネットは姿勢をそのままに、だらんと垂らした手をゆらゆらと振って、特に用事があったわけではないという意を示した。
「別に。話の流れでちょっと名前が出ただけだよ」
「ならいいけど、お客さん来てるぞ」
「おっと……!」
慌てて態勢を戻すガーネット。
いつもの調子で手早く接客をこなすその姿は、さっきまでの物憂げな雰囲気など欠片もなく、少年的な明るさと気安さに満ちていた。
この切り替えの早さはガーネットの長所なのだろうが、抱えている悩みが消えてなくなったわけではなく、ただ表に出さず押し込めてしまっているだけだ。
それをきちんと理解して、年長者らしく支えなければ――いや、支えてやりたいと思う。
何と言っても、そういう間柄なのだから。
俺の方も一通り接客を片付けてから、再び会計カウンター周りが静かになったタイミングを見計らって、話を本筋に戻そうとしてみる。
「新しい装備を調達するっていう件なんだが、俺達だけで何とかするよりも、やっぱり伝手を辿って調達する方が良さそうだよな」
「とりあえず手に入れてから、白狼のがミスリルと【合成】させりゃいい話だしな。でも具体的にどうすんだっつーと……」
「銀翼騎士団やアージェンティア家には頼めないのか?」
一応確認しておくべきだろうと思って聞いてみると、ガーネットは口元を歪めて考え込んだ。
「そりゃ難しい……ああ、いや、今ならいけるかもしれねぇな。白狼騎士団が発足して、オレも正式に出向扱いになったわけだから、銀翼から装備品を堂々と調達しても問題なさそうだ」
割と最近まで、ガーネットは銀翼の騎士であることを隠す必要があったが、今はもう正式な出向者として堂々と身分を明かすことができる。
なので、これまでは大々的に受けることができなかった、銀翼騎士団からのバックアップを期待することもできるわけだ。
白狼騎士団に銀翼騎士団が多大な支援をする……という形になると、騎士団間のパワーバランスやら何やらで面倒なことになりかねないが、あくまで所属騎士個人の装備の充実なら何の問題もないだろう。
「それにお前の歳上の兄……ヴァレンタインもグリーンホロウに逗留してるんだろ? 話を持っていけば何か……」
ヴァレンタインの名前が出た途端、ガーネットは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あいつかぁ……あんま借りを作りたくねぇ奴っていうか……」
「……だったら最後の手段ってことにしておくか」
俺はヴァレンタイン・アージェンティアの人となりをよく知らない。
なので、この辺の判断は妹であるガーネットに従うべきだろう。
ひとまずそう結論付けてから、新たに商品を持ってきた客への対応に意識を切り替えることにした。




