第432話 異文化に手掛かりを求めて
新型の防寒具を求める灰鷹騎士団からの依頼は、ひとまず専門家であるノワールとアレクシアに任せることになった。
店長としては二人に丸投げしっぱなしというわけにもいかないが、しかし【修復】スキルが役に立つ場面でもない。
となると、やはり俺にできることは――
「東方大陸の寒さの対策ですか?」
ある日の業務時間中、ノワールとアレクシアが製品開発に専念している間の手伝いを頼んだサクラに、何気なくそんな質問を投げかけてみる。
俺が【修復】以外で役立てることといえば、冒険者としての十五年と武器屋を始めてからの一年で積み上げてきた、色々な連中との繋がりを頼ることだけだ。
そういう意味では、ウェストランド王国とは根本的に異なる文化で生まれ育ったサクラは、真っ先に頼るべき相手だと言えるだろう。
「サクラの生まれた国だと必要なかったりするのか? 厚着する以外に何かあったなら、参考までに教えてもらいたいんだ」
「いえ、冬になれば雪も降りましたし、寒さを凌ぐ備えは必要不可欠でした。ですが着込む以外の防寒ですか……そうですね……」
少しだけ考え込んでから、サクラは聞き覚えのない単語を口にした。
「持ち歩くもので言えば、やはり温石でしょうか」
「おんじゃく?」
「暖房の火などを使って温めた石です。これを布で包んだり袋に入れたりして、懐に入れて暖を取るわけですね」
「なるほど……そういうのもアリか」
熱を帯びたものを持ち歩けば温かくなる。
単純だがそれだけに確実な方法だ。
「ですが、どうしても全身を温めるのが難しいのと、長持ちさせたければ石を大きくするしかなくて荷物になるのが難点かと」
「石だからその辺は仕方がないか。ありがとな、今後の参考になりそうだ」
「小さな容器で木炭を燃やして暖を取る道具もあると聞きましたよ」
後半の発言はサクラのものではない。
そもそも女性の声ですらなく、明らかに青年の声である。
声がした方に顔を向けると、私服姿のマークが布袋を手にこちらへ歩いてきているところだった。
「ポケットの中の暖炉といった意味合いで『懐炉』と言うんでしたっけ。うちの……紫蛟騎士団の団長が東方の知人から譲ってもらって、風が冷たい夜なんかに指先を温めていましたよ」
マークが正式所属している紫蛟騎士団は、東方大陸に対する警戒や東方貿易の警護を任務としている。
本人が東方の文化を愛好しているのもあって、マークの東方に関する知識は現地出身者を除けば知人友人の中でも随一だ。
「ああ、そういえばそんなものもありました。私の故郷ではあまり使われていませんでしたが」
「都会の方で売られ始めたばかりだったそうですからね」
素知らぬ顔をしているが、マークの意識は明らかに俺ではなく隣のサクラに向かっていた。
「ところで、買い物に来たわけじゃなさそうだけど、何かあったのか? まさかサクラを見に来ただけとか言うんじゃないだろうな」
「言いませんよ。チャンドラーじゃあるまいし。これを返しに来ただけです」
マークが手にしていた袋を会計カウンターに置いた直後に、ガラス同士が触れ合う甲高い音が響いた。
中身はガラス製のポーション容器が複数個。
どれもうちの店で販売しているものだ。
なるほどそういうことかと納得していると、担当者のエリカが商品陳列を切り上げてカウンターに戻ってきた。
「あっ、それ持ってきてくれたんだ。ありがとな。えーっと、一本返却で小銅貨一枚払い戻しだから……はい、これ。今後ともよろしくってことで」
「どうも。やっぱりガラス瓶って高いのか?」
「一昔前と比べたらガクッと値下がりしてるぞ。だけど大量に買い込むとやっぱり馬鹿にならないから、再利用できるならそうしておきたいところだな」
お互いに俺と……店長や団長と接するときとは異なる打ち解けた口振りで、さして重要でもない雑談を交わしている。
マークが瓶を持ってきた理由は二人の会話にあったとおりだ。
ウェストランド王国が大陸を統一する以前、ガラスは特定の地域が製造販売を独占する特産品であった。
そして大陸統一によって、他の高級品と同様に普及と値下がりが進んでいき、民家の窓や一部の容器に広く使われるようになっていった。
しかしそれでも、従来の木製や陶器の容器と比べると値が張ってしまう。
なので、エリカがうちの店で売っているポーションの容器は、他所から買い付けた新品だけでなく、購入者から有償で回収した瓶の再利用でも賄われているのだ。
「ルーク殿。どうやらマーク殿は、私ではなくエリカに会いに来たようですね」
「……誤解を招く言い方はやめてもらえませんか?」
サクラが笑顔で放った悪意も他意も一切ない一言に、マークは何とも言えない表情で困惑の言葉を返した。
そして用事は済んだとばかりに踵を返そうとし、何かを思い出した顔で振り返る。
「事情はわかりませんけど、防寒具のことを調べているなら、ヒルド卿にも伺ってみてはどうですか。あの人は北方出身だと聞きましたけど」
「ああ……確かにそうだな」
詳しそうな相手が他にも身近にいたことを思い出す。
ヒルドの存在を失念していたわけでは決してなく、ただ単に彼女が北方出身のカテゴリに当てはまるということが、うっかり意識から抜け落ちていたのだ。
北方は北方でも、彼女の出身地はダンジョンの『白亜の妖精郷』である。
間近にあるダンジョン『元素の方舟』の環境がグリーンホロウのそれとかけ離れているように、そのダンジョンも大陸北方の地上の気候からはかけ離れていてもおかしくない。
むしろ経験則で言えば、地上と違っている確率の方が格段に高いだろう。
もちろん、ヒルドが『白亜の妖精郷』出身のエルフであることは、グリーンホロウでは俺とガーネットくらいしか把握していない事実だ。
マークあたりは単なる北方出身者としか思っていないはずで、その辺りの認識の齟齬から生じた発言だったのだろうが、なかなかにちょうどいいタイミングだ。
「仕事が終わったらヒルドにも話を聞いてみるか。俺にできることはそれくらいだしな」




