第431話 創意工夫のスタートライン
灰鷹騎士団のオズワルドからの依頼を受けてすぐに、俺は今回の製品開発に深く関わりそうなノワールとアレクシアを集め、店舗兼住宅のリビングでミーティングを行うことにした。
店の方はガーネットとエリカ、そしてレイラの三人に任せてある。
本店スタッフが全員出勤している日だったのは好都合だった。
「それじゃあ、まずはこの資料に目を通してくれ」
オズワルドから預かった書類を二人にも見せ、詳細な依頼内容を説明する。
ひとまず依頼を受けると返答したものの、実現できるかどうかは二人の意見を聞かないと分からない。
場合によっては、改めてオズワルドに断りを入れることになるだろう。
「なるほどなるほど……優先順位は携行性と持続性が高くて、コストの低減は二の次ですか。さすがに騎士団は予算にも余裕がありますね」
「だけど、数を揃えられるかどうかも重要だからな。大勢に使わせるつもりだから生産性も重要なんだ」
「設計さえできれば生産は外注できますよ。その分だけ値段も上がるのが難点ですけど」
何度も小さく頷きながら考え込むアレクシア。
機巧技術を使って作るとなると、やはり『安く済ませる』というのは難しそうだ。
しかし、魔道具なら簡単に条件を満たせるというわけでもないだろう。
こちらはこちらで『作業できる人員が限られている』という問題があるのだから。
「そうですねぇ。設計案のストックがないわけじゃないんですけど、今ひとつ詰めきれていない感じでして。引っかかっている部分を魔道具で補えればってところでしょうか」
アレクシアはそう言いながらひらひらと手を振り、今はこれ以上のアイディアがないと言外に意思表示した。
「ノワールはどうだ? 何とかやれそうか?」
「……ヒーティング、の……スペルスクロール、では……物足りない、んだな……そうか……」
「スペルスクロールだと、歩き回りながら使いにくいのが難点らしい」
「開いて、いないと……使え、ない……からな……」
通常のスペルスクロールはまさに巻物といった外見で、広げなければ発動させられず、一度使うと途中で止められずに巻物自体が崩壊する使い捨てだという特徴がある。
前者は誤作動防止のセーフティとしての意味合いが強く、後者は紙に描いた模様に魔力を通して魔法を発動させるという原理上、どうしても避けられないと考えられている欠点だ。
魔法一回につき巻物一本というのは製作コストが高くつき、持ち運べる数にも限りがあることから、メインで気軽に使われるような魔道具ではない。
使用頻度が比較的高いと思われる『ヒーティング』のスクロールは、暖を取るだけの魔法だからこその低出力のおかげで、一回の発動時間を長く取ることができているが、それでも携行性の低さはどうしようもなかった。
「だったら呪符を使うのはどうだ?」
何気なく思いついたアイディアを口にしてみる。
スペルスクロールは魔法系スキルを持たなくても魔法が使える強力な魔道具だが、使い勝手という点では色々と問題がある。
そこで、サクラを介して得た東方の呪具の知識を元に、スクロールのデメリットを低減したのが、ミニチュア版のスペルスクロール……いわゆる呪符だった。
手の平サイズの紙片に魔法的な模様が描かれた魔道具で、効果も大きさ相応に小さいが、その分だけ持ち運びしやすいという代物だ。
「持ち運び、は……楽、だけど……効果も、弱い、から……直接、触ら、ないと……暖かく、ない……かも……」
「そうか、あちらを立てればこちらが立たずって感じだな」
まぁ、簡単に解決できる問題なら、灰鷹騎士団も遠路はるばるオズワルドを派遣したりはしないだろう。
ひとまずノワールとアレクシアには、それぞれのスキルで要求仕様を満たすアイディアを練ってもらうことにして、俺は店舗の方に戻ることにする。
さすがに店頭での通常業務と、製品開発を同時進行させるのは難しいと思うので、しばらくはこちらの方に専念してもらうことにしよう。
「ん、あいつらはまだ奥か?」
会計カウンターに座っていたガーネットが、肩越しにこちらへ振り返りながら、ノワールとアレクシアが戻って来ていないことを訝しがる。
俺はその隣に腰を下ろし、商品を購入する客に対応する準備をしつつ、ガーネットに先程のミーティングの結果について簡潔に説明した。
「二人にはそれぞれ、機巧と魔道具の両方から案を練ってもらおうかと思ってさ。とりあえず試作品をいくつか作ってみて、オズワルド卿にどれがいいか聞くのが確実だからな」
「まぁ、そうなるか。てことはしばらく店頭は人手不足だな。サクラに手伝いでも頼んでみるか?」
「ギルドハウスに依頼を出すよりは手っ取り早いか」
もちろんサクラも冒険者としての本業があるので、手が空いているならという前提の話ではあるのだが。
「……そうだ。なぁ、エリカ」
ガーネットはふと何かを思いついた顔で、カウンター前の棚に商品を並べているエリカに話しかけた。
「飲んだら身体が温まる薬とかって調合できねぇのか? 熱いから温まるっていうアレじゃなくて、体温を上げる成分がどうこうって奴だ」
「一応あるけど、それくらいは向こうの人達も試してるんじゃない? むしろ北方の薬術師の得意分野でしょ」
「あー、それもそうか」
残念そうな声を漏らしながら、ガーネットはカウンター裏の椅子の背もたれに体重を掛けた。
大陸北方という寒冷地に住む人々が、寒さを凌ぐ方法の研究を怠っているはずなどない。
彼らに実行できるあらゆる手段で厳冬を乗り切っているはずであり、北方を守護する灰鷹騎士団がその恩恵を受けていないというのも考えにくい。
つまり俺達に求められている仕事とは、寒さを乗り切ることが死活問題である北方人ですら実現できていない手段を開発することなのだ。
そしてこちらの手札は、機巧に魔道具という一般人の間では希少な二種のスキル。
近年まで特定の都市で独占され、現在もあまり広まっていない機巧技術と、普通は資金稼ぎ以外で一般社会に関わりを持つことが少ない魔法使いのサブスキル。
ホワイトウルフ商店の二枚看板とも呼べるスキルを駆使し、まだ実用化されていない防寒アイテムを作り出す――今更ながら、これはなかなかに骨が折れる仕事かもしれない。




