第430話 北方からの使者
その日の営業も普段と変わらず順調に進んでいた。
武器防具に薬類、魔道具に機巧。
色々な客層が様々な商品を買い求めて店にやって来ているが、陳列されている商品の購入を目的とする訪問者ばかりではない。
店先にない商品を必要とし、特注品の依頼をしに訪れる客も少なくはなく、時には想定外の客からの発注を受けることもある。
――この日やって来た見覚えのない客は、まさにその典型例といえるだろう。
「失礼する。ここがルーク・ホワイトウルフ殿の店舗で相違ないか」
出勤した従業員の休憩が一通り終わった昼下がり。
若手の冒険者と町の住人で賑わう店に、旅装束に身を包んだ強面の男が入ってきた。
露骨に空気感が違うその男は、他の客が戸惑いの表情を浮かべてるのも構わず、大股で一直線に会計カウンターの方へと歩いてくる。
見たところ五十は越えていそうな年齢の男だ。
高品質で使い込まれた旅装束と、腰から下げた無骨な剣。
ただ歩く姿を見るだけでも、堅気の人間とはとても思えず、かといって現役の冒険者にしてはさすがに歳が行き過ぎている。
となると、やはり騎士か。
俺は隣のカウンターで戸惑うエリカを落ち着かせながら、自分の目の前へ来るよう男に促した。
「店長のルークです。今日はどのようなご用件で?」
「ルーク卿、お初にお目にかかる。私は灰鷹騎士団のオズワルド。実は貴殿に折り入ってお願いしたいことがあるのだ」
「灰鷹騎士団……辺境伯のビューフォート家と共に、北方樹海連合と対峙している騎士団ですね」
気楽に聞ける依頼ではないと直感し、内心で気合を入れ直す。
このウェストランド王国は大陸の大部分を支配しているが、文字通りに全てを征服しきったわけではない。
現時点では戦闘こそ停止しているものの、北方と南方には未だに独立を保つ国々があり、辺境伯と専任の騎士団が厳重な警戒を続けている。
南方担当の騎士団はチャンドラーが属する赤羽騎士団で、北方担当の騎士団が先程名前の出た灰鷹騎士団……そして、北方の辺境伯こそがセオドア・ビューフォートの一族なのだ。
「……他のお客様がいる場所では話しにくいかもしれませんね。こちらにどうぞ?」
「うむ……? 分かった、お言葉に甘えるとしよう」
軍事に絡む依頼は一般人の前ではやりにくいはずだ。
灰鷹騎士団のオズワルドを店の奥に案内し、そこで改めて話を聞くことにする。
「北方の情勢はセオドア卿からも伺っています。現地のダンジョンに棲むエルフも連合に加担したことで、軍事的には平衡状態が続いているそうですね」
「ビューフォートの御子息か。実は私もかのお方の紹介で、貴殿の副業のことを知ったのだ」
「武器屋が本業ですよ」
重要なところを訂正しておくと、オズワルドは率直に「失礼した」と詫びてきた。
「それで、依頼というのは何でしょうか。一応、兵器類の製造依頼も受けてはいますが、店の規模が規模ですので短期間での大量生産は難しいですよ」
北方樹海連合は、俺達にとっても遠い土地の無縁な存在ではない。
ウェストランド王国の大攻勢に押された北方諸国が手を組んだその連合には、ダンジョン『白亜の妖精郷』に棲まうエルフ達も加盟している。
しかも、エルフを代表する連合議員として『白亜の妖精郷』から派遣されたのは、俺達が調査している『元素の方舟』を創造したアルファズルと、生前から繋がりのあるハイエルフ――エイル・セスルームニルなのだ。
エイルは俺達が『叡智の右眼』から古代魔法文明の情報を得ることを妨害し、明らかに何かしらの真実を隠蔽しようとした人物だ。
しかも、白狼騎士団の一員でもあるヒルドは北方樹海連合から亡命したエルフなのだが、彼女の亡命理由は『白亜の妖精郷』のハイエルフ達から、古代魔法文明についての研究を妨害されたことだった。
つまりエイルを始めとする『白亜の妖精郷』のハイエルフは、白狼騎士団の任務と真っ向から対立する方針を掲げており、どう考えても無関係ではいられない存在なのだ。
「ミスリル製の武具なら、王宮から許可された採掘量との相談にもなりますし……」
「いや、依頼したいのは武器ではないのだ」
オズワルドは俺の想像を根底から覆すことを言い放った。
「こちらの書面を見てもらいたい。当騎士団の担当者が纏めた要求仕様だ」
「……失礼します」
懐から取り出された封書にさっそく目を通す。
「装備品要求性能、北方の寒冷地帯における体温保持装備……最低四半日、可能ならば半日の連続使用に耐えうること……斥候任務および戦闘行動を阻害しない小型軽量であること……ああ! 要するに防寒具ですね!」
理解したと同時に思わず声を上げてしまう。
つい失念していた。
根本的な大前提として、北方はとにかく寒いのだ。
俺自身はほとんど北方に足を運ばなかったので、実感としては薄いのだが、依頼やダンジョン攻略で北方に赴いた冒険者は、口を揃えて降雪の深さと気温の低さを嘆いていた。
グリーンホロウも温泉の熱気から遠ざかれば肌寒い傾向にあるのだが、これまでに俺が訪れた土地の中で最も北に位置する町でも、その肌寒さを圧倒的に下回る寒さだった。
灰鷹騎士団の担当地域はそれよりも更に北であり、必然的に寒さも厳しくなっているはずである。
「うむ。軍事的な情勢は落ち着いているのだが、それでも万が一に備えて毎日の警邏を欠かすことはできん。しかし、現場の者達にとって冬場の警邏はなかなかに苦痛を伴う任務でな」
「何らかの対策は為されていないのですか?」
「しているとも。だが、移動しながら暖まれる手段には乏しくてな」
オズワルド曰く、ヒーティングなどのスペルスクロールは小屋などで休憩するには向いているが、歩きながら手足を暖めるには不向きなのだという。
他にも保温性の強い装備品を使ってはいるものの、それでもなおもう一押しの暖かさが欲しいという声が絶えないらしい。
「防寒に使えるスキルを持つ者もいるが、決して全員というわけではなく、かといってスキル保有者のみに任せるわけにもいかん。どうしたものかと頭を悩ませていたときに、優れた魔道具職人と機巧職人を抱える貴殿の話を聞いたのだ」
本人達が聞いたらどんな反応をするのだろうか。
アレクシアは素直に喜ぶと思うが、ノワールは照れて逃げてしまいそうな気がした。
「できれば既存の製品ではなく、我々が望む性能を満たせる新たな道具を作っていただきたい。どうか頼めまいか」
「……分かりました、やってみましょう。担当者達にも話を聞いてみます」
「ありがたい! 私はしばらくこの町に逗留するつもりだ。方針が決まったら是非とも教えていただきたい!」
オズワルドは俺の手を力強く握って店を去っていった。
想像したような依頼ではなかったが、むしろ血生臭さと縁遠い話だったのは、喜ばしいことだったと言えるかもしれない。
俺は何となくそう考えていた。




