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第429話 ドラゴン狩りとあの日の借りと

 アスロポリスから帰還してしばらくの日が経ち、平穏な時間を過ごし続けていたとある朝。


 いつものように開店準備を進めていると、よく見知った男が二人、店の玄関方から訪問してきた。


「よう! やってるか、大将!」

「おいおい、ちょっとは言い方考えなさいって。飲み屋じゃないんだからさ」


 褐色の肌をした血色と体格のいい南方系の青年に、浅く日焼けした無気力で細身な西方人の中年男。


 どちらも他の騎士団から派遣された、白狼騎士団の構成員だ。


「チャンドラーもユリシーズも、(こっち)に来るなんて珍しいな。二人でどこか遊びにでも行くのか?」

「冗談きついなぁ。たまたまですってば、たまたま。仕事前に森の奥の湖で軽く朝釣りでもと思いましてね。その前に活力のポーションでも頂けたらなと」

「俺は非番だから久々にガッツリ鍛錬でもしようかと。欲しいモンはこっちのオッサンと同じだけどな」


 なるほど、それぞれの個性が出た返答だ。


 ユリシーズは西廻り貿易航路を守護する藍鮫騎士団からの出向で、水流操作の魔法で動く船舶を召喚するスキルを持っている。


 職業柄、釣りが趣味になっていても違和感がないというか、むしろイメージに合致しているくらいだった。


 そしてチャンドラーを派遣した赤羽騎士団は、大陸南方の異国に対する警戒と南回り航路の守護を任務とし、彼自身も戦闘に特化したスキルと優れた戦闘技能を身に付けている。


 恐らく日常的に肉体を鍛えて技を磨いてきた影響で、空いた時間があれば鍛錬を積むのが習慣となっているのだろう。


 二人の持ち物をよく見れば、チャンドラーの方は独特な形状の長柄武器を持っているが、ユリシーズは折り畳んだ釣り竿を提げていて、所持品からして目的が違っていた。


「開店前だから本当は売ったりしないんだが……まぁいいか、特別にな」

「いやぁ、ありがたい。大銅貨が何枚でしたっけ」

「通常サイズなら三枚だ。ガーネット! 活力回復のポーションを二本持ってきてくれ!」


 店先で二人に応対しながら、店内のガーネットに雑用をお願いする。


 ユリシーズは俺よりも歳上の騎士だが、前に団長らしく接するようにと本人から注意されたこともあり、意識してこういう言葉遣いを続けている。


「なぁ、大将。この店って武器屋なんスよね。それにしては商品が幅広いというか何というか」


 チャンドラーが準備中の店内を見渡しながら、誰でも抱くような素朴な疑問を零した。


「仲間が増える度に商品を増やしていったらいつの間にか。まぁ、俺が調達できるのは武器と防具だけだよ」

「調達っていうと?」

「冒険者ギルドから安く仕入れた廃品を【修復】したり、知り合いの職人から買い付けた武具にミスリルを【合成】したりだな。後はこの町を拠点にしてるAランクから、ドラゴン系の素材を買い取らせてもらったりも……」


 俺がドラゴンとAランク冒険者に軽く触れた途端、チャンドラーは「ああ!」と大きな声を上げた。


「知ってるぜ、そいつ。セオドア・ビューフォートだろ? ドラゴン狩りが趣味の北方辺境伯の嫡子とか何とか」

「何だ、知り合いだったのか?」

「いわゆる風の噂って奴ですよ。ハンティングが趣味の貴族は珍しくないけど、標的がドラゴンってのは他にいないもんで」


 チャンドラーのセオドアに対する認識は、おおよそ正確と言っていいものだった。


 休戦状態の北方樹海連合と対峙する辺境伯の跡取りでありながら、ドラゴンを狩りたいがために冒険者となった変わり者。


 グリーンホロウに集まった高ランク冒険者達が、軒並み魔王城よりも深層の第二階層に注目する中、セオドアだけは全くの別行動でドラゴン棲息の謎に迫ろうとしていると聞いている。


「それならオジサンも名前くらいは知ってるよ。団長の顔の広さは本当に大したもんだね。ひょっとして彼も友達だったりするのかい?」

「あいつの場合は友達とはとても……むしろこっちが一方的に借りを作って、まだ返せていない立場というか」

「借り? ……もしかしてまずいこと聞いちゃった感じ?」


 どう答えたらいいものかと言葉を濁していると、ガーネットが間に割って入ってきて、注文のポーションを二人に押し付けた。


「おらよ。うちのポーションはかなり効くぜ」

「へぇ。だったら次は箱ごと注文するか。それじゃまたな、大将!」


 活力ポーションを片手にさっそく鍛錬へと向かうチャンドラー。


 ガーネットはその背中を何とも言えない視線で見送ってから、まだ店先に残っているユリシーズに向き直り、口の端を釣り上げてにやりと笑った。


「白狼のが作った借りってのはな。王都の貴族の夜会に乗り込むために、セオドアに頼み込んで紹介状を書いてもらったっていう奴なんだぜ」


 ……ちょっと待てと引き止める暇もなく、ガーネットは興味ありげなユリシーズに続きを語って聞かせ始めた。


「少し前に、俺の妹が父上の意向で婚約者を探すことになったんだけどな? あいつに惚れてた白狼のが泡を食って王都にすっ飛んで、セオドアの紹介状で夜会に乗り込んだうえに、父上の目の前で妹をかっさらったってわけだ」

「ほほぅ? 王都に婚約者がいるって話は聞いてたけど、そんな裏話がねぇ」


 問い詰めたいことが一秒ごとにどんどん増えていく。


 婚約者がいることはまだユリシーズに教えていなかったはずなのに、一体どこでその話を聞いたんだ。


 まぁ……大勢の招待客が見ている前で、男達の誘いを断り続けるアルマ(こいつ)の手を取ったわけだから、どんな経路で噂が広まってもおかしくはないのだが。


「ここから王都までは結構遠いでしょうに。そこまでされるなんて、妹さんも幸せモンだねぇ」

「まったくだぜ。あいつにはもったいないくらいかもな」


 それはお前だとは口が裂けても言えないせいで、さっきからずっとガーネットの好きなように語られてしまっている。


 気恥ずかしさに耐えかねて店に引っ込もうとしたところで、ユリシーズはさすがに開店準備の邪魔だと思ったのか、自主的に話を切り上げにかかった。


「……おっと。あんまり長居してると、良く釣れるタイミングを逃しちまう。それじゃあこの辺で。妹さんによろしくな」


 ひらひらと手を振って立ち去っていくユリシーズ。


 いきなりあんなことを話し出すんじゃない、とガーネットに言おうと思って視線を向けたが、その横顔が何故か真剣に考え込んでいるようだったので、思わず言葉に詰まってしまう。


 そして視線を逸らした先には――興味津々といった様子で物陰からこちらの様子を伺う、エリカとレイラの姿があった。


 二人とも明らかに、ガーネットの話を興味津々に聞いていた様子だった。


「……ほらほら! 散った散った!」


 聞き足りなさそうな二人を開店準備に戻らせたときには、ガーネットもとっくにいつもの表情に戻っていて、一体何を悩んでいたのか聞きそびれてしまったのだった。

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空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~
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https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[良い点] 何故お兄さんが妹に婚約者がもったいないなどと言うのか。 過ぎた男だくらいだったら変な疑惑は湧かなかったのにー(棒 セオドアをあいつと呼べるほどルークに立場も自信もつきましたか。 呼びかけA…
[良い点] 旦那様(予定)の部下にさりげなく惚気るとはさすが未来の若奥様www [一言] そう遠くない将来、二人の結婚祝いパーティできっとこの辺のエピソードも語られるのでしょうね 「今思うと、あれは奥…
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