第428話 翠眼の魔法騎士
それから俺達は、短時間だが支店の営業の様子を見せてもらい、すぐに本店へと引き返すことにした。
元々、長いことギルド支部に居座るつもりはなく、支店に顔を出したら仕事に戻るつもりだったので、あくまで予定通りの撤収である。
支部の建物を後にして、敷地を囲む塀を通り抜けようとしたところで、警備についていた騎士が予想外のタイミングで呼び止めてきた。
「ルーク殿。少々よろしいでしょうか」
「何かトラブルでも?」
「いえ、実はですね、白狼騎士団の一員だという人物が『奈落の千年回廊』の調査を行っておりまして……」
思わずガーネットと顔を見合わせる。
ダンジョン『元素の方舟』の第一迷宮、地上の人間の間では昔から『奈落の千年回廊』と呼び習わされたその迷宮は、俺にとって非常に縁深い場所だ。
冒険者を休業して武器屋を始めようと考えたきっかけも、唯一の保有スキルだった【修復】が進化を遂げた原因も、そして恐らくは、右眼球を『叡智の右眼』に作り変える力を得た理由も、全てはこの迷宮に起因している。
内部は典型的な石造りの迷宮に偽装されているが、実は希少金属のミスリルによって構成されており、それ故に王宮の命令で特別な許可がない限り立ち入れないようになっていたのだが……。
「……つーか、行っておりまして、って……まさか今もやってんのか? 止めなかったのかよ」
困惑するガーネットの疑問に、騎士は同じくらいに困り果てた様子で回答した。
「王宮の許可書を持参していたのだ。なので我々の権限では拒絶できなかったが、ちょうどルーク殿がいらっしゃっていると聞いて、念のための確認をしておこうと思った次第でな」
「それで、一体どんな人物なんですか?」
予想はできていたが念のため確認をしておく。
騎士の返答は、俺が思い浮かべたとおりの人物であった。
「本当に不審な風体の人物でした。翠眼騎士団から派遣されたアンブローズだと名乗っていましたね」
――『日時計の森』の第五階層から『奈落の千年回廊』へ直結した隠し通路の前まで移動すると、ちょうど件の人物が階段を上りきって外に出てくるところだった。
魔術師然としたローブで全身を覆い、瞳の模様が染め抜かれた前垂れで顔を隠した、不審という表現以外が思い浮かばない風体。
翠眼騎士団から白狼騎士団に派遣されたアンブローズ……の服装と全く同じ格好をした人物だ。
しかし、見た目だけでは本物のアンブローズとは断定できない。
アンブローズは素顔どころか素肌すら見せない主義で、しかもそれを利用して、ガーネットの兄であるヴァレンタインとすり替わったことすらあるのだから。
「おや、ルーク団長にアージェンティアの末弟じゃないか。奇遇……というわけではなさそうだな」
奇怪な風体に反した人間味のある口調で、アンブローズが自分から俺達に声を掛けてくる。
声はアンブローズのもので間違いないと思うのだが、そこまで誤魔化せるスキルがないわけではないだろう。
あるいは『叡智の右眼』なら判断できるかもしれないと思ったところで、アンブローズが分厚い手袋に包まれた手を振って止めるように促してきた。
「それは大袈裟で無駄遣いだ。疑いを抱くのは至って正常……というよりも、疑わないようならむしろ資質を疑うほどだが、ここは王宮の認可状だけで納得してもらえないか」
「面を見せろと言ったら?」
「死を選ぶ。肉体が念入りに爆散するように魔法を仕込んでからね」
アンブローズの即答を受け、ガーネットはふんと小さく鼻を鳴らして口を噤んだ。
「連絡の不行き届きについては全面的に謝罪しよう。これは僕のミスだ。いくら認可状があるといっても、団長には予め話を通しておくべきだったな。柄にもなく好奇心が先走ってしまったようだ」
「次からはそうしてくれ。ところで、一体何を調べていたんだ?」
「特に何も。魔法使いの端くれとして、一度くらいは現物を見ておきたかっただけさ。せっかく認可状を貰えたのだから、使わないのは勿体ないと思ってね」
翠眼騎士団は魔法使いの活動の監視を任務としているが、どうしても専門的な知識が必要になるので、魔法使いを騎士の一部として採用する特殊な形態を取っている。
ここにいるアンブローズも、そんな魔法使いにして騎士の一人である。
「派遣された身とはいえ、今の僕は白狼騎士団の一員だ。命令には快く従おう。けれど命令と法令に反さない範囲で、個人的な探求をすることは認めてもらいたいね」
「それはもちろん。私生活にまで踏み込む気はないさ」
「ありがとう。理解ある上司に恵まれたのは幸いだ」
騎士だろうと一人の人間であることに変わりはない。
私的な時間はできる限り大事にするべきだろう。
そして世の中には、仕事内容と趣味が一致する奴も普通にいるものだ。
「おっと、忘れないうちに伝えておこう。騎士団本部の空き部屋を一つ、僕らの仕事専用に回してもらえないか」
アンブローズはこの場を立ち去ろうとした矢先に、足を止めてこちらに向き直った。
「僕が請け負っている作業――自動人形の残骸およびメダリオンの解析。それらを快適に進めるために、部屋全体に魔法的な加工を施しておきたいんだ。研究対象を安全に保管する役にも立つと思う」
中立都市アスロポリスの戦いを経て、俺達はいくつもの得難い手掛かりを手に入れていた。
一つは極めて高度な自動人形……それもかなり大量の残骸を確保できた。
これまでは、夜の切り裂き魔事件の実行犯二体分しかサンプルがなかったことを考えると、一気に調査と研究が進みそうな期待を抱いてしまう。
そしてもう一つは、メダリオンと呼ばれていた、大きな硬貨に似た銀色のアーティファクトだ。
魔獣スコルと炎の巨人の核として、魔力によって肉体を生成していたと思しき物体であり、古代魔法文明の滅亡原因との関係も疑われる代物である。
二つ確保したメダリオンのうち、ムスペルのメダリオンは自動人形の残骸の半分と一緒に王都へ送り、残りはこちらの管理下で調査を行うことになっていた。
「部屋のことは考えておく。一緒に研究をしてるヒルドからも意見を聞きたいし、本部の管理を任せてるソフィアにも相談しないといけないからな」
「了解。それで構わないよ」
アンブローズは回答の先延ばしをあっさりと了承し、以前にも説明された内容を改めて口にした。
「この研究は君からの命令である以前に、王宮からの要請でもある。翠眼騎士団が派遣した人員が、普通の騎士ではなく魔法騎士だったことには、きちんとした意味があるんだ」
「ちゃんと分かってる。白狼の役割には、冒険者と王宮の仲立ちだけじゃなくて、このダンジョンの調査研究も含まれてるんだからな」
古代魔法文明について長らく研究してきたヒルド。
魔法の専門家であるアンブローズ。
そして、外部協力者ではあるが黒魔法使いのノワール。
白狼騎士団が『元素の方舟』の調査および研究の前線基地となる準備は、もう既に着々と進んでいると言えるだろう。
……それでも今はまだ、安穏とした日々が続くことになるのだろう。
ダンジョンを探索する冒険者パーティか、あるいはヒルド達が新たな発見に至るそのときまでは。




