第427話 二種類の苦手
――その後、俺達は思惑通りに、トラヴィスと合流して昼食を取ることになった。
厳密には、俺が皆で昼飯にしようと提案するなり、トラヴィスは他に誰が同席するのか確認せずに二つ返事で了承したのだ。
そしてレイラも一緒だと知り露骨に動揺した様子を見せたが、前言撤回することなく今に至るわけである。
「しかしだなぁ、ルーク。こんな風にお前と飯を食うなんて、一体いつぶりだ?」
「宴会のときなんかは珍しくもないだろ」
「大勢で騒ぐのは別としてだ。もう年単位で前になるんじゃないか」
とある飲食店の個室で料理を囲みながら、取るに足らない雑談を交わす。
相席はガーネットとレイラ、そしてトラヴィスの側の冒険者が二人ほど。
互いにテーブルを挟んだ反対側の席に腰掛け、俺とトラヴィスがそれぞれ中央に座っているという構図だ。
「そういえば、どうやら『魔王城領域』の先で一騒動あったそうだな。ロイとダスティンが関わっていたという話は聞いたぞ」
「俺に聞かれても詳細は答えられないぞ。いずれギルドの方から情報が下りてくると思うから、しばらく待ってくれ」
「何も言えないのは重大な成果があった証明だな」
トラヴィスは薄切りの肉をフォークで厚く折り畳んでから、大きな口で丸ごと頬張った。
強靭な顎でそれを力強く咀嚼し、肉料理向けの冷たいハーブティーと一緒に飲み込んで、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
「情報の開示に王宮の許諾が必要なレベルといったところか。こいつは情報が届くのが楽しみだ。ここ最近は『魔王城領域』で若手の指導に明け暮れていたからな」
「さすがに御守りにも飽きて、歯ごたえのある探索でもしたくなったか?」
「いいや。そろそろ次のステップに進ませたいと思っていたところだ」
「この筋金入りめ」
思わず皮肉めいた笑いを向けてしまう。
冒険者がAランクへの昇格を許される理由は多種多様だが、トラヴィスは探索でも後継の育成でもAランクに相応しい実績を上げている。
同時期に冒険者となった者同士でありながら、片や順調なランクアップを重ねた出世頭、片や万年Eランクの最底辺。
トラヴィスはどれだけ差がついても友人として接しようとしてくれたが、俺の方が劣等感に耐え切れなくなってしまったのだ。
……まぁ、それも今となっては懐かしい話。
一年前の『魔王城領域』発見に伴う騒動で頼りにしたことで踏ん切りがついたのか。
あるいは俺の方も冒険者以外の分野で成功を収めたことで劣等感が払拭されたのか。
ともかく今は、昔とあまり変わらない態度で接することができていた。
「お前も人のことは言えないだろう。ほとんど顔を合わせなかった時期に、何人も若手の世話をしていたと聞いたぞ。地下にいるロイだとか、お前の店にいる機巧技師だとか」
「どれもこれも成り行きだって。たまたま関わりを持ったから、駆け出しを卒業するまで付き合っただけだ。お前みたいに好き好んでやる余裕はなかったよ」
こんな風に遠慮のない会話を交わしているのは、俺とトラヴィスの二人だけで、残りはあまり話に加わってきていない。
ガーネットは食べる方に意識が偏っているようだったし、レイラは発言を聞き逃すまいと気を張っている。
あちら側の連れ二人も似たようなもので、それぞれ食べることと聞くことに集中しすぎているようだった。
レイラに対しては、せっかくの機会なのに喋らないのは勿体ないと思わざるを得ないが、トラヴィスの方も意識して俺ばかりに話しかけているようだったので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
――そうして昼食を終えたところで、俺はガーネットを先に個室から出し、トラヴィスを呼び止めて二人きりで話す場を整えた。
「で……正味な話、レイラのことはどう思ってるんだ?」
「直球だな。俺の苦手意識は知っているだろう」
「ああ、苦手な理由も聞いたさ。だけど苦手にも二種類あるだろ? 嫌だから関わりたくない『苦手』と、やってみてもうまくできない『苦手』……前者ならレイラを諭しただろうけど、お前の場合は後者だったよな」
子供の頃に得た自己強化スキルを上手く制御できず、親しかった少女を助けようとしたときに怪我を負わせてしまった――トラヴィスが若い女との接触を苦手とする理由はこれだ。
俺も長い付き合いだったが、苦手意識の理由を教えられたのは割と最近で、このことはレイラも既に把握していたと記憶している。
「お前だって、女絡みで悩む若手の背中を押したりしてるんだろ。俺も同じ気持ちなんだよ」
「……むっ……」
「やっぱり自覚ありか。まったく……Aランクになって長いんだから、今更スキルの制御に失敗することもないだろうに」
真顔で悩むトラヴィスに苦笑しながら、個室の壁に何気なくもたれかかる。
すると壁越しに微かな気配と物音が伝わってきた。
どうやらガーネットに焚き付けられたレイラが、耳を壁に当てて会話を聞こうとしているようだ。
「その気がないなら言ってやったらどうだ? 本人に直接言いにくいなら俺が代わりに……」
「……嫌だとは思っていない。しかし本当に接し方が分からんのだ。この歳になるまで意図的に避けてきたせいだろうな」
「克服する予定はあるのか?」
トラヴィスは腕組みをしたまま考え込み、真剣な面持ちで答えを返した。
「どんな結論になるにせよ、苦手意識を盾にして逃げ続けるわけにはな……少しずつでも構わないなら、女との接し方も身に付けていきたいとは思っている」
「……ま、今のところはそれくらいでも充分か」
「お前の助力にも期待しているぞ。この手の話題ならお前の方が得意だろう」
「人聞きが悪いことを言うんじゃない。辛うじて通用したのは、スキルがしょぼくても普通だった若手の頃だけだぞ」
Aランクを拘束していられるのはこの辺りが潮時か。
皆と合流するために個室を出ると、レイラとガーネットが勢いよく壁から離れて素知らぬ顔をした。
……盗み聞きをしていたのはレイラだけじゃなかったか。
変な誤解をされていないか不安に思いつつ、そろそろ当初の目的を果たしに行くことにする。
「それじゃ、俺達は支店の様子を見に行くから。レイラは……そうだな、冒険者の普段の仕事ぶりを見学させてもらったらどうだ?」
「え、ええっ!? ご迷惑ですよ、そんなの!」
「言ってみただけだよ。大丈夫かどうかはトラヴィスに聞いてくれ」
焦るレイラと悩むトラヴィスに別れを告げ、ガーネットを連れて支店へと向かう。
その途中で、ガーネットは俺の隣を歩きながら、わざとらしいくらいに前だけ向いたままでからかうように声を上げた。
「何つーか、やっぱりトラヴィスからは色々と面白い話が聞けそうだな」
「……昔のことだぞ。ここ数年は浮いた話なんかなかったって」
「まだ何も言ってねぇだろ?」
ガーネットは俺の反応を面白がりながら足を早め、こちらに背中を向けたままで楽しげに呟いた。
「まったく……見る目のねぇ女ばっかりだったんだな」




