第426話 恋と友情と腐れ縁
武器屋の仕事は相変わらずの忙しさだったが、それでも騎士団の公務と比べれば格段に気が楽だった。
別にあちらの仕事が嫌というわけではない。
責任の大きさというか、結果が周囲に与える影響が段違いで、どうしても気負わずにはいられなくなってしまうのだ。
買い替えたい武器の下見をする冒険者。
特注デザインの置き時計を発注する宿屋の従業員。
ポーションを求める町の常連客。
定期的に納入している魔道具の増量の相談に来た騎士。
色々な層の客が入れ代わり立ち代わり訪れては、様々な商品を手に帰っていく。
俺の別の肩書について、からかい混じりに言及する者もいないではなかったが、大部分は武器屋の店主として接してくれている。
まぁ、俺自身も身の丈に合わないと思う肩書だ。
周囲としても、今まで通りの対応が一番やりやすいのだろう。
「さてと……俺達もそろそろ休憩するか?」
「そうだな。二人くらい抜けても大丈夫だろ」
昼食時をやや過ぎた頃になり、客足も緩やかになってきたのを見計らい、俺はガーネットを連れて昼の休憩に入ることにした。
一応ガーネットは、俺の護衛役という名目で銀翼騎士団から派遣されているので、なるべく行動を共にすることにしている。
いくらグリーンホロウが安全な町だとはいえ、担うことになった肩書を考えれば、護衛の一人も連れ歩く方がむしろ自然だ。
万が一のことがまかり間違って起きてしまった場合、護衛役を派遣した銀翼の責任問題にまで発展しかねないので、理由がないならガーネットについて来てもらった方がいい。
……まぁ、極めて個人的な理由が、それとは別にあるのだけれど。
「そうだ、ルーク君。せっかくだから長めに休憩を取って、支店の様子も見てきたらいいんじゃないですか? ダンジョンからの行き帰りのときは営業時間外だったから、長いこと顔を出してないんでしょう」
アレクシアの提案を受けて「それもそうだな」と思い、今日の昼食は『日時計の森』の冒険者ギルド支部で取ることにする。
山中のグリーンホロウ・タウンから山奥へ伸びる、この店も面している林間の坂道の先。
五層に分かれたすり鉢状の盆地、開放型Eランクダンジョン『日時計の森』――冒険者ギルドのホロウボトム支部はその最下層にある。
ダンジョンとは名ばかりの窪地にはのどかな空気が流れており、よく整備された坂道を下りている間も、危険な気配は微塵も感じられなかった。
「アスロポリスから戻るついでに立ち寄れたら手っ取り早かったんだけどな」
「しょうがねぇよ。支部の中の店がだいたい店じまいしてる時間だったんだから」
冒険者ギルド、ホロウボトム支部。
元々は魔王軍との戦争を念頭に置き、黄金牙騎士団の要塞として建築された施設であり、その半分が冒険者ギルドに払い下げられた。
そして施設の空きスペースがギルドから民間に貸し出され、ダンジョンに潜る冒険者向けの商売をしている……というのが現在の状況である。
俺達が向かっている支店も、そうして貸し出されたギルド支部内のスペースに居を構えているわけだ。
「飯は支店に顔を出す前にしようぜ」
「そうだな。どこで食べようか……」
空腹を我慢できない様子のガーネットに急かされて、良さそうな店を探して廊下を歩く。
すると進行方向上の曲がり角に、見覚えのある黒髪の少女の後ろ姿が見えた。
明らかに不審な動きで身を隠しながら、曲がり角の向こうの様子をしきりに伺っているようだ。
「おいこら、レイラ。何やってやがんだ」
「ひゃっ……!?」
ガーネットに胡乱げな目で声を掛けられ、レイラはびくりと身を震わせて振り返った。
特徴的な赤い瞳を驚きに丸く見開き、そして言い訳を探すように視線を泳がせる。
この瞳は縁故主義の竜王騎士団を構成する一族の特徴らしく、婚姻で一族に加わった者以外はほとんど同じ色の瞳を持つそうだ。
しかし竜王騎士団が国王の傍を滅多に離れないことから、あまり知名度の高い特徴ではなく、この町でレイラの素性に気付いている者はほとんどいない。
さすがに銀翼の騎士であるガーネットは、初めてレイラに会ってすぐに竜王騎士団の縁者だと察しが付いたようだったが。
「ホワイトウルフ商店の人間が、こんな目立つところで怪しいことしてたらなぁ……」
「い、いやその、これは……」
まだ何か言い募ろうとするガーネットを抑えながら、横合いから会話に割って入る。
「言わなくても分かってるって。トラヴィスだろ?」
「……は、はい……」
観念した様子のレイラを尻目に曲がり角の向こうを覗くと、案の定トラヴィスがギルド支部の職員と立ち話をしていた。
Aランク冒険者、黒剣山のトラヴィス。
長身で屈強な肉体を誇る武闘派としてだけでなく、若手の育成にも精力的であると高く評価される、実にAランクらしいAランクだ。
俺と同じ年齢で冒険者ギルドに加盟したいわゆる同期であり、一応は旧友と呼び合うことができる間柄でもある。
――そして何を隠そう、レイラがグリーンホロウに残ると決めた理由は、他ならぬこのトラヴィスなのだ。
レイラの男の好みは、国王アルフレッドさながらの屈強な人物で、故に俺は完全に対象外だったわけだが、逆にトラヴィスは驚くほど条件に合致していた。
しかしこれには大きな問題が一つ。
当のトラヴィスは若い女性を苦手としており、昔から色恋沙汰を意図的に避け続けているのだ。
そういうわけで、レイラの精一杯のアプローチもなかなか効果を発揮せず、どうにも微妙な距離感が保たれ続けているのである。
「せっかくだからトラヴィスも飯に誘ってみるか。ガーネットはどうだ?」
「オレは別に構わねぇぜ。ただしこいつが一緒ならな」
怖気付いて逃げようとするレイラの肩を、ガーネットが力強く引き止める。
「嫌なら俺も無理は言わないけど」
「いえ、嫌じゃないです! だけど、こ、心の準備がですね……!」
「じゃあ、とりあえず声だけでも掛けるか。もう飯を済ませてるかもしれないけど、そのときは諦めろよ」
期待と不安とその他諸々が混ざりあったレイラの眼差しを背中に浴びながら、俺はひとまず友人として、さり気なくトラヴィスに声を掛けることにしたのだった。




