第420話 戦い終わっても仕事は終わらず
――アスロポリスにおける自動人形達との戦いは、ガーネットが少女型人形を撃破したことで終幕を迎えた。
敵方の残存戦力はそれ以上の破壊工作に及ぼうとせず、驚くほど潔くアスロポリスから離脱していった。
標的であったというフラクシヌスを守り抜き、町の被害も致命的ではなく、敵のリーダーを討ち取って撤退に追い込んだ……俺達も追撃を試みる余裕はなかったが、結果だけを見れば間違いなく勝利を掴んだと言えるだろう。
そしてすぐに戦後処理と町の復興が始まる中、白狼騎士団はアスロポリスへの協力をロイ達冒険者に任せ、ひとまず地上の本部へと引き返すことにしたのだった――
――久しぶりに自宅のベッドで一夜を明かした次の朝。
目を覚ました頃にはすっかり日が高くなり、森の鳥の囀りも早朝のそれではなくなっていた。
「……寝過ごしたな。こんなに熟睡したの、いつ以来だったっけか……」
幸いにも、ホワイトウルフ商店での仕事は明日から再開することにしていたので、少しばかり長めに眠っていても問題はない。
だが、さすがにそろそろ騎士団本部に顔を出した方が良さそうだ。
自宅の裏で冷たい水で顔を洗って眠気を洗い落とし、リビングへと足を運んだところで、一足先に起床していたガーネットと鉢合わせる。
「おはよう、ガーネット」
「やっと起きたか、この寝坊助め」
ガーネットは簡素な朝食の準備をしながら、にやりとこちらに笑いかけてきた。
「昼飯は本部の食堂でシルヴィアが腕によりをかけてくれるらしいんで、朝は簡単なのにしとくぞ。程よく空っぽにしとかねぇとな」
テキパキと準備を進めるガーネットの手元へと、無意識のうちに視線が吸い寄せられていく。
調理をするために袖を肘の上まで捲くったその腕は、目を引かれずにはいられないほどに白く華奢で、死闘を経ても傷一つ残ってない。
ガーネットはそんな俺の視線に気がつくなり、笑みを浮かべながら右手をわきわきと動かしてみせた。
「心配すんなって。きちんと繋がってるぜ。なにせお前の【修復】でくっつけたんだからな」
「ああ……それならよかった」
心の底から安堵の息を吐く。
自動人形を率いるハダリーとの死闘の最中、ガーネットは両腕を斬り落とされてしまった。
それでもなお戦闘を続行するため、樹人であるフラクシヌスの肉体を加工して即席の義手を創り、戦闘後に腕を継ぎ直したのだが、きちんと治るかどうかは正直不安があった。
ただ単に腕を繋ぐだけなら、何度もやっていることなので問題ないはずだったが、今回は違う生物の肉体を利用して――それが実質的に木材とはいえ――新しく腕を創るという無茶をやらかしている。
これが何かしらの問題を引き起こす恐れは否定できなかった。
戦闘後にすぐさま【修復】をかけ、地上に戻るまで経過観察を続けたものの、今この瞬間まで不安が消えることはなかったのだ。
「んじゃ、さっさと飯にしようぜ。昼前には本部の様子を見に行く予定なんだろ? あんまり待たせちまったら悪ぃしな」
朝食を済ませてすぐに、俺とガーネットは事前の予定通り、自宅から程近い騎士団本部へと向かうことにした。
最初に顔を合わせることになったのは、建物の入口付近で見回りをしていた黄金牙のライオネルだった。
「お疲れ様です、ルーク団長」
「ああ、お疲れ様。皆の調子はどんな感じだ?」
「もちろん大忙しです。新しく来た二人はようやく自室の準備に取り掛かっていますし、他の面々は報告書の作成に追われていますよ」
なるほど。報告書が仕上がったら、今度は俺が忙しくなる順番になりそうだ。
横合いからガーネットが肘で脇腹を突いてくる。
「まずは団員が報告書を団長に上げて、団長がそいつを纏めて王宮に報告するんだぜ。白狼のが書いた現物が国王の手元に届くから、あんま読みにくい字は書くんじゃねぇぞ?」
「変なプレッシャー掛けるんじゃないっての……」
とりあえずライオネルと別れ、本部の中へと足を踏み入れる。
エントランスホールに入って早々、自分達の部屋に荷物を運び込む二人の騎士の姿が目に映った。
まず屈強な肉体を誇る赤羽騎士団のチャンドラーは、大きな箱を肩に担いで悠々と歩いている。
「おっ! 大将じゃねぇか!」
「チャンドラー。随分な大荷物だな」
「私物を丸ごと持ち込んだんで。到着して早々に地下行きだったから、長いこと共用スペースに置きっぱなしだったんですがね」
さすがに鍛え抜かれた騎士だけあり、地下での一件の疲労も荷物運びもまるで苦にしていないようだ。
一方、藍鮫騎士団のユリシーズは体力的な衰えのせいかすっかり疲れ果てていて、階段のところで荷物を降ろして座り込み、額の汗を拭っている。
「ふぅー、人手不足は辛いねぇ。騎士見習いがいないと、荷物持ちも自分でやらなきゃいけないのが大変だ」
「すみませんね、やっぱり騎士以外の人手も雇った方がいいでしょうか」
「いえいえ、文句を言ってるわけじゃありませんよ。自分で雑用しなきゃいけないことなんざ、騎士をやってりゃ珍しくもないですからね」
ユリシーズは飄々とした態度でひらひらと手を振って笑った。
「あと、そちらが団長なんですから、態度も相応で構いませんよ。というかそうじゃなきゃ。自分より歳上で軍歴も長い部下なんて、騎士にとっちゃ珍しくとも何ともないもんですから」
「まぁ……そういうことなら」
「それはそれとして、使用人くらいは雇っておくのをお勧めしときますがね。いるといないとじゃ仕事の効率が大違いだ」
経歴の長いベテラン騎士の助言を受け取って、他の団員を探すために歩き出そうとしたところで、チャンドラーがまさに望んでいたとおりの情報を送ってくれた。
「マークなら、確か資料室だったかな。報告書になんて書けばいいんだって頭抱えてたぜ」
「あはは……あいつには悪いことしたかもな」
元々、マークは俺達と一緒にダンジョンを潜る予定などなく、完全に偶発的な流れで巻き込まれることになってしまった立場だ。
埋め合わせで何かしてやった方がいいかと考えつつ、俺はガーネットと一緒に別館の資料室へと向かうのだった。
ここから2~3話ほど、第十章エピローグとなります。




