第416話 古き者達との対話 前編
「ごめん、サクラ! 遅くなったかも!」
「後はオレ達に任せとけ!」
満身創痍のサクラに代わってガーネットとエゼルが前に進み出る。
「二人とも気をつけろ! あの人形の骨格は私の刀よりも硬い!」
サクラは現状の自分でも可能な援護として、戦いの中で判明した情報を大声で叫んだ。
これ以上ない絶妙なタイミングでの合流だったが、駆けつけてきたのが二人だけとは思えない。
少なくとも手裏剣を投げた人物がいるはず――そう思って視線を巡らせた直後、想像した通りの少年がすぐ近くに現れた。
「手酷くやられたな、不知火」
「霧隠……お前も来たのか。メリッサは?」
「ルーク団長の護衛に残してきた。本人は不満そうだったが適材適所だろう」
ナギは大議事堂の中を見据えたまま、サクラの方に視線すら向けずに応対している。
メリッサがナギと別行動するのを嫌がったのはとても想像しやすく、そのときの光景が脳裏に浮かぶようだった。
「不知火。戦い続けるつもりはあるか?」
「必要とあらば」
サクラの返答には一切の迷いがなかった。
「こうして壁に手を置いていれば、ルーク殿の魔力が少しずつだが体を癒やしてくれる……もう少しで、最低限の戦いができる程度には回復するはずだ」
「……そうか。ならばこれはお前が持っていろ。ルーク団長からの預かり物だ」
ナギが一瞥もくれることなく放り投げてきた物を片手で受け止める。
それは鞘に収められた一振りの刀であった。
「まさか……!」
「見ての通り、総緋緋色金造の刀、神降ろしの祭具だ。手元に置きたくないと言って、ルーク団長に預けていたんだったな? どう使うかはお前が決めろ」
ナギはそれだけ言い残すと、スキルによる高速移動で姿を消して、ガーネット達の戦いの援護に向かった。
魔将スズリとの戦いで神降ろしを暴走させてしまった経験は、今もなお苦い経験として心に残っている。
だからこそ刀をルークに預け、彼の許可なしに神降ろしを使えないようにしていたのだ。
「(この刀をナギに運ばせたということは、必要ならば神降ろしを使えという意味なのですね)」
不安は絶えず、恐怖は消えない。
もしもまた暴走させてしまったらという思いは常に付きまとう。
けれど、そんな理由で成すべきことを成せずに終わるのは、力を暴走させるよりも遥かに恥じるべき愚行だ。
もしも神降ろしの力が求められるなら決して躊躇わない――サクラがそう心に決めた矢先、大議事堂の方で戦況に変化があった。
「ははは! さすがに三対一だと一筋縄じゃいかねぇか!」
ハダリーの戦いを傍観していたアルジャーノンが笑い声を上げる。
ガーネット、エゼル、ナギ……三人が連携してハダリーと斬り結んでいるが、戦況は贔屓目に見ても互角。
むしろハダリーはまだ余裕を残しているようにすら思えるほどだ。
「自爆は後回しにさせてもらうぜ。起きろ、ムスペル!」
「余計な真似を。手持ち無沙汰なら好きにしなさい」
沈黙を続けていた上半身だけの炎の巨人が、再び巨体を動かし始める。
刀剣とも棍棒ともつかない炎の塊を再生成し、ガーネット達に振り下ろさんと向き直る。
「……っ!」
一切の迷いなく緋色の刀を抜き放つ。
「御座しませ、火之炫日女!」
次の瞬間、凄まじい力の脈動が全身を駆け巡った。
肉体が焼けるように熱くなり、自分自身の意識が隅へ追いやられるかのような感覚が襲ってくる。
そして不知火桜という人格を押しのけようとする何かが、頭の中で激しい怒りの唸りを上げ始めた。
――許さない許さない許さない許さない許さない――!
「(ぐっ……!)」
――許さない許さない許さない許さない許さない――!
「(待て! 一体何を怒っているんだ!)」
どうにか意識を保ちながら頭の中で呼びかける。
すると一瞬だけ唸りが止まり、今度は感情の奔流がサクラの方へと押し寄せてきた。
――奴らはあの人の遺産を踏み躙ろうとしている! 許せるものか! 見過ごせるものか――!
これは火之炫日女の意識か。
そしてあの人とやらがアルファズルを意味するなら、遺産とはアスロポリスのことか、あるいはこのダンジョンそのものか。
「(……私が戦う! 私に任せろ!)」
サクラは心の中で叫ぶように呼びかけた。
「(あの男には私も因縁がある! 仲間を守らせてくれ!)」
思いの丈をぶち撒けたその瞬間、全身が嘘のように軽くなって視界が開けていく。
飛び込んできた光景は、炎の巨人が得物を振り下ろそうとするまさにその直前。
長かったように思われた火之炫日女との対話も、実世界ではほんの一瞬。
「させるかっ!」
床を蹴って跳躍したサクラが、まるで光芒のように一瞬で宙を横切った。
衣服や髪が炎と一体化して羽衣さながらに翻り、流星の尾のような残光を引き連れて、炎の巨人の得物を断ち切って天井際の壁に着地する。
サクラ本人は未だに気が付いていないが、その姿はこれまでの神降ろしよりも格段に神々しく、眩い光を放っていた。
「ガーネット! こいつは私に任せろ! お前は自動人形を討て!」
――大議事堂を擁する大樹の周辺の戦いは激化の一途を辿っていた。
自動人形達が次から次にとある一ヶ所めがけて押し寄せて、防衛側の戦力と熾烈な戦闘を繰り広げる。
町全体の自動人形が押し寄せているかのような物量が、申し合わせたかのように一ヶ所を目指しているあたり、人間には知り得ない情報共有手段でも有しているのだろうか。
奴らの攻撃目標――それは間違いなくこの俺だ。
外壁に両手を突いて【修復】を全力発動させ続ける俺の存在が、自分達の目的を妨害する邪魔者だと察し、大樹の外で暴れていた戦力を集結させているのだ。
「ルークさん! そろそろ危険です! 中断してください!」
俺のすぐ傍で魔法を放つメリッサが、焦りに満ちた声で呼びかけてくる。
「何が危険だって? お前やダスティンが守ってくれてるんだぞ。ここ以上に安全な場所がどこにあるんだ?」
「そうじゃなくて! ルークさんの身体が持たなくなりますよ!」
ああ、何だそんなことか。
確かに俺の身体はそこら中が悲鳴を上げている。
魔力総量は大量の魔力結晶で補えても、その魔力にスキルの効果を乗せて外部に送り出す経路は俺の肉体だ。
つまり、一度に送り出せる魔力の上限は肉体の限界に依存しており、それを越えれば血肉が負荷に耐えかねて損傷を負ってもおかしくない。
……いや、実際に今もあちらこちらが弾け飛んでいる。
ただ単に壊れる以上の速度で【修復】し続けているだけなのだ。
更に『叡智の右眼』も発動させ続け、更に出力を引き上げ続けている真っ最中だ。
右の眼窩に宿る青い炎のような魔力の塊も、まるで噴煙のように眼窩から溢れて燃え広がり、眼の周辺がひび割れるような感覚すらし始めている。
「ガーネット達は命を張ってるんだぜ。これくらいやらなきゃ合わせる顔がないってもんだ!」
「ちょっと口調移ってますよ! まったくもう!」
メリッサは俺の説得を諦め、炎と風の魔法を同時発動させて、ダスティンの嵐のような攻撃が討ち漏らした人形を吹き飛ばした。
その間にも、俺は『右眼』と【解析】で得た情報を元に、直すべき場所と治すべき者を見定めて、その部分へと優先的に魔力が届くように調整していく。
これほどの規模だと完全にピンポイントでの【修復】は至難の業なので、大樹全体を直しつつ効果の偏りを作るのが精一杯だが、それでもやらないよりは格段にいい。
「くそっ、大議事堂での戦闘がまた激しく……! 無事でいてくれよ、ガーネット……!」
渾身の魔力を大議事堂がある辺りへ送り込もうとした瞬間、突如として視界が歪んだかと思うと、意識が遠い場所へ引きずり出されていく感覚に襲われる。
そして周囲が真っ暗になったところで、管理者フラクシヌスの声が心の中に直接響いてきた。
『――聞こえますか、ルーク・ホワイトウルフ』




