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第413話 二回も貴女を殺したくない

「ブランッ!」


 露天広間の端にその姿を認めた瞬間、ノワールは思わず悲痛な声を上げた。


 背中を覆うほどだった白髪(はくはつ)は肩口で無残にちぎれ、いつも自信に満ちていた顔は深い傷を負って暗い感情に染まり、空っぽの左袖は火災が生んだ風に揺れている。


 気丈さの面影はもはや欠片もなく、心身共に追い詰められた様子で顔を歪めるのみ。


 しかし憎悪は感じられず、ただ悲しみと苦しみだけが伝わってくる。


 双子の姉、唯一の肉親であるノワールにとって、悲痛としか表現のしようのない惨状であった。


「ごめんなさい、姉さん……私は、私は……!」


 ブランの右手に白い炎が生み出される。


 隠蔽魔法は激しい動きや魔力の高まりで容易く消えてしまうほどに儚い魔法だ。


 自らそれを解除したということは、交戦の意志を示したと言っても過言ではない。


「……ブラン! どう、して……! こんな……!」


 放たれた白炎をノワールの黒炎が迎え討つ。


 迸る閃光。直線的な火炎弾を目眩ましに、弧を描く軌道の魔力弾が迂回して飛来するが、それもまた同種の攻撃が撃ち落とす。


 息つく暇もなく繰り返される魔法の発動と相殺に、期せずして立会人となってしまったエドワードは、言葉もなく立ち尽くすことしかできなかった。


 あまりにも高度な魔法の応酬。


 発動速度に精度と威力。全ての要素を高い水準で磨き上げた魔法が惜しげもなく繰り出されている。


 付け焼き刃の魔道具使いが割って入る余地など、ほんの少しも残されてはいない。


 猛攻に隠れ、床面を這う形で延ばされたノワールの影状の魔力を、ブランが光芒の杭で縫い止める。


「どうして……ですって? 決まってるじゃない……私にはもう居場所がないの!」


 ブランは隻腕を高く掲げ、空中に複数の魔法陣を展開した。


 そこから真下へ撃ち出された眩い光線を、ノワールの足元から広がった泥濘の影がドーム状に展開して受け止める。


「地上に戻れば裏切り者で重罪人! 魔王軍にとっては逃亡者! どっちに転んでも殺されるに決まってる! 私はもう……アガート・ラムに縋るしかないのよ! どれだけ酷い奴らだと分かっていても!」

「……っ! そんな、ことは……!」


 攻撃を受け止めきった影のドームが崩壊し、黒い霧のような魔力を撒き散らす。


 視界が数秒遮られるも、魔力の気配さえ感じ取れば迎撃も防御も充分に可能――そう考えていたノワールを襲ったのは、一切の魔力を用いることなく漆黒の濃霧を突っ切ってきた、生身のブランであった。


「ああああああっ!」

「えっ……!」


 右手で襟首を捕まれ、突進された勢いのまま、二人して揉み合いながら露天広間の床を転がる。


 馬乗りになって上を取ったブランは、今にも泣き出しそうな顔で歯を食いしばりながら、片方だけ残った腕をノワールに何度も振り下ろした。


 殴打としてはあまりにも稚拙。

 ノワールも両手をかざして簡単に防御できたが、防がなかったとしても大した痛みはないだろう。


 高度な魔法の応酬から一転して、子供の喧嘩にも劣る取っ組み合いが始まったことに、エドワードは先程とは違う意味で立ち尽くしていた。


「姉さんには! 分からない! でしょうね!」


 感情のままに拳を叩きつけるブランに対し、ノワールは技巧の(つたな)さからか反撃に転じることができずにいる。


 もしくは、自分が奪ってしまった左腕という弱味につけ込むことを、無意識に忌避してしまっているのか。


「あの冒険者も、姉さんを恨まなかったんでしょう! 居場所を用意してくれたんでしょう! 優しく許してくれて、受け入れて! 罪滅ぼしをさせてくれたんでしょう!」

「……ブラン、それ、は……」

「私にはそんな未来なんかなかった! ファルコンやジュリアみたいに化け物にされるか、人類を裏切るかしかできなかった! どうしてよ! 姉さんと何が違ったのよ!」


 渾身の力が込められた大振りな殴打を、ノワールは遂に受け止めて、右腕を両手でしっかりと掴み引き止めた。


 そして振り解こうと足掻くブランに、喉も張り裂けんばかりの声を張り上げる。


「……違う! 違うんだ……! ルークは……私のことを、()()()()()()と、言ったんだ!」


 ブランは予想もしなかった言葉に動きを止めた。


「許すつもりは、ない……だけど、恨み言を、ぶつけたいとも、思わない……新しい、生活が、充実、して……私なんかに、興味はないって……」


 慈悲によって許されたから受け入れられたのではなく、関心を抱く気も起こらないから見逃された。


 それはブランが想定していた、どの可能性にも当てはまらないものであった。


「私が、罪の意識に、苦しんでも……罪を償った、気分になって、楽になっても……ルークは、どうでもいいって、突き放した……私は、それにつけ込んだ、だけなんだ……!」

「ふ、ふざけたこと言わないで! 私が姉さんを魔王軍に誘ったとき、あいつらは姉さんを必死に守ってたじゃない! どうでもいいだなんて、そんなこと!」

「……だから、嬉しかったんだ……」


 ノワールは動揺するブランの腕を掴んだまま、馬乗りの状態を覆そうと精一杯に力を込めていく。


「哀れみ、でも……優しさ、でも、なくて……本当に、認めて、もらえた……気がした、から……! 私、なんかに、できたなら……ブランだって、きっと……!」

「……っ! 無理よ! 姉さんはあの冒険者に何もしなかった! だから許されたのよ! あいつを切り捨てるって言い出した私は! きっと八つ裂きにしても足りないくらい憎まれて――」


 次の瞬間、大樹全体が再び大きな爆発に揺れ動いた。


 凄まじい振動が露天広間にも伝わり、魔法の応酬の余波と流れ弾で傷ついた箇所に深い亀裂が走る。


 そして亀裂は瞬く間に崩壊へと繋がっていき、露天広間の半分ほどが外に向かって斜めに傾いていく。


「きゃあっ!?」

「うわっ……!」


 急激に傾いた床を転がるように滑り落ちるノワールとブラン。


 辛うじて出入口寄りの安全圏にいたエドワードが、大声でノワールの名を叫んだが、その声は轟音にかき消されて二人の耳には届かない。


 滑落の末に野外露天の縁を囲む柵に激突し、ノワールはそこで停止することができたものの、ブランとぶつかった柵はへし折れて意味を成さなかった。


 夜闇に投げ出される白いブランの体。


 縁を掴もうと伸ばした腕は虚しく宙を切り――


「ブランッ!」


 ――ノワールの両手に掴まれて落下を免れた。


 ノワールは柵を利用して自分自身の転落を防ぎながら、両腕でどうにかブランを宙吊りの状態に留めていた。


 しかし、そこから引き上げていけるほどの腕力はなく、むしろ現状維持すら困難なのは明らかだった。


「姉さん……どうして……? 私を生け捕りにしろとでも命令されたの!?」

「違う! 命令なんか、されてない! 私は……二度もブランを、死なせたくない……これは、私の、我儘なんだ……」


 他の誰かに指示されたから助けるのではなく、自分の意志で助けたいと願い、行動に移した。


 ノワールのその姿を目の当たりにしたブランは、ただ淋しげに目を伏せて、憑き物が落ちたかのように落ち着いた声色で呟いた。


「私がいないと何にもできなかった姉さんが……あーあ、本当に居場所がなくなっちゃったかも」

「ブラン……! 魔法でも、何でも使って、上がってくるんだ……!」


 貧弱な握力と腕力は人間一人分の重量を支えきれず、ブランの腕は少しずつずれ落ちて、ノワールの両手から離れていこうとしている。


 どの魔法を使えば現状を覆せるのか、ノワールも必死に頭を働かせて考えていたが、そのためにはブラン自身の協力も必要だと思われた。


 そしてブランは顔を上げ、泣き出しそうな顔で微笑んだ。


「ごめんなさい、姉さん。最初から、こうしておけばよかったのかもね」

「やめろ!」

()()()()()


 かつて冒険者ルークを容易く置き去りにするために唱えた呪文。


 最低出力で発動させられたそれは、ノワールの両手に微かな痺れを生み、ブランの命を繋ぐ力を奪い去る。


「ブラン!」


 自ら地表へ落ちていく妹の姿を、ノワールは期せずして目に焼き付けることになってしまう。


 きっと一生忘れることのない光景となるのだろう。


 死んでも消えることのない傷として刻み込まれるのだろう。


 この先、どれほどの幸福が待ち受けていたとしても、救えなかった妹の存在が影を落とすことになるのだろう。


 ところが――果たしてどのような運命の悪戯か、二人にそんな末路が訪れることはなかった。


「おおおおおりゃあああっ!」


 遥か下方から外壁を蹴って跳躍を重ねた何者かが、その勢いのままにブランを乱暴に受け止めて、ノワールの頭上を飛び越して崩落が及んでいない場所へ着地する。


 一体何が起こったのか分からず混乱するノワールの横に、今度は顔馴染みの小柄な少年が降り立った。


「ふぅ、ヒヤヒヤさせやがって。逃がすんじゃねぇぞ、アカバネ野郎。そいつはアガート・ラムに関わった人間だ。聞きてぇことは山程あるんだからな」

「ガ……ガーネット……!?」

「お前も無事で何よりだ。その……アレだ。うまくやったみたいじゃねぇか。お互い、間に合ってよかったな」


 いつもと変わらぬ様子のガーネットに笑いかけられ、ノワールは視界が涙に滲むのを感じた。


 彼にとって、ブランは敵討ちのための貴重な情報源という認識でしかないのだろう。


 それでも、だからこそ、彼はブランをこの場で殺したりはしない。


 母親の仇について少しでも聞き出したい一心で、何が何でも危険から守り抜こうとするに違いない。


 ノワールはどうしようもない安堵感と、ガーネットに対する一抹の罪悪感に包まれながら、立ち上がることもできずにこくこくと頷き続けたのだった。

普段より少々長めですが、ここまで収めたかったので一気に投稿することにしました。


別件ですが、活動報告の方で書籍版第3巻の挿絵サンプルを公開しています。

発売済みなので既に購入済みの方もいるかもしれませんが、よろしければご覧になってください。

(投稿直後は更新が反映されていないかもしれないので、記事がない場合は少々お待ち下さい)

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https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[良い点] ノワール、よかったね...! [一言] アカバネ野郎が頭に残って、本名忘れてしまいますw
[良い点] ブラン確保。 そういえばノワールの扱いはそうだった。 ルークは責任持って団員や店員を守るけれど、命を投げ出すような馬鹿な真似の対象はガーネットだけでいい。 さて、議事堂はどうなってるか。 …
[気になる点] ブランの両手に白い炎が生み出される 右手だけではなく、左手の掌があったであろう場所にも炎が生み出されたということですかね? 間違いかどうか判らなかったので、誤字報告ではなくここに書か…
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