第412話 炎の中の対峙
――大議事堂のある階層まで引き返したサクラとエゼルは、廊下を満たす煙に面食らって足を止め、そしてすぐに異常事態を察して全速力で駆け出した。
「やばっ! もしかして、さっきの強烈な魔力の波動って!」
「急ぎましょう! 間に合わないと決まったわけではありません!」
火と煙で変わり果てた廊下を駆け抜け、妨害を受けることなく大議事堂の扉の付近まで辿り着く。
「人形の残骸が一つもない……やっぱり襲撃されたわけじゃなくって……」
「……! 勇者エゼル! あれを!」
大議事堂と廊下を区切る大きく重厚な扉が、内側から吹き飛ばされて反対側の壁にぶつかったまま放置されていた。
外部から破壊されたのではないことは明白であり、扉を失った出入口からは猛烈な熱気が溢れ出している。
サクラとエゼルは迷うことなく大議事堂へと踏み込み、そして堂内の光景に言葉を失った。
そこはまさに地獄絵図。
かつては壮麗だったはずの大議事堂は隅々まで炎に包まれ、最奥の壁の前には巨大な火柱がそびえ立ち――
「まったくよぉ、冗談じゃねぇぜ。ここまでやって仕留めきれねぇなんてなぁ。規格外にも程があるんじゃねぇか?」
――否、あれは火柱などではない。
肉体が炎によって構成された上半身だけの巨人が、剣にも杖にも見える火炎の塊を、管理者フラクシヌスが宿っているはずの壁に突き立てている。
そして火炎の巨人のすぐ隣には、黒いローブを纏ったアルジャーノンが、さも当然のように佇んでいた。
「……っ!」
サクラは即座に【縮地】を発動させ、アルジャーノンめがけて刀を振り下ろした。
ところが、アルジャーノンを覆う不可視の鎧のようなものが斬撃を食い止め、あと僅かのところで刃が届かない。
「くっ……!」
「ん……? うおわっ!? あ、危ねぇ!」
アルジャーノンはサクラの攻撃に全く気が付かなかったようで、斬撃が防がれて少し経ってから、大袈裟な素振りで驚きながら距離をとった。
その危機感に満ちた声に反応したのか、炎の巨人が片腕を得物から離し、サクラめがけて振り上げる。
「止めろ、ムスペル!」
だが、それを制止したのは他ならぬアルジャーノン自身であった。
燃え盛る炎の巨人はアルジャーノンの命令を忠実に聞き入れ、大人しく腕を下ろして攻撃態勢を解除した。
「ふー……やべぇやべぇ。いくらなんでも、シラヌイの娘を出会い頭で黒焦げにするのはなぁ」
「……アルジャーノン。これは貴様の仕業か……町の惨状も何もかも!」
サクラは引き離された間合いを保ったまま、刀の切っ先をアルジャーノンに振り向けた。
周囲はなおも火の手に包まれているが、炎の熱ごときよりも、胸の底から湧き上がってくる怒りの方が遥かに熱い。
それこそ、まさしく身も心も焼き尽くさんばかりに。
「父上を犠牲にしてまでやりたかったことが! こんな虐殺だったのか! 答えろ、アルジャーノン!」
「……っ! ……何を言っても言い訳に聞こえるだろうが、弁明くらいはさせてくれよ。勝つにせよ負けるにせよ、あいつに不義理があったとは思われたくねぇからな」
アルジャーノンは怯んだように顔をしかめ、それから以前と変わらぬ不敵な笑みを取り繕った。
「質問の答えは否だ。魔王城を抜けてこの階層に辿り着いた時点では、まさかこんな真似をする羽目になるなんざ思ってもみなかった。そもそもアスロポリスの存在自体、これっぽっちも把握してなかったんだからな」
サクラは油断なく刀を向けたまま、しかしアルジャーノンの語りを妨害しようとはしなかった。
その代わり、エゼルに目配せをして応援を呼んでくるように訴える。
焦って攻撃を再開したところで、事態が好転するとも限らない。
時間稼ぎされてしまう危険は伴うが、それを踏まえても聞き出せることは聞き出しておくべきだ。
エゼルの方も、自分達だけが現状を知らないまま戦いに望むわけにはいかないと理解したらしく、妨害が入らないうちに大議事堂の出入口から走り去った。
自分だけなら【縮地】で離脱できる――それもサクラの考えのうちだ。
「俺達はここよりも更に深いところへ行きたかった。ところが、そのための手段を探していたところで、運悪く連中に見つかっちまってな」
「自動人形……魔王軍の真なる敵か」
「ああ、そうだ。連中は『アスロポリスの攻撃に協力するなら第三階層に連れて行ってやる』っていう条件を持ちかけてきたのさ」
アルジャーノンは少々早口になりながら、期待していた以上の情報を矢継ぎ早にまくし立てた。
父に対する負い目からくる自己弁護なのか、それとも奴らに義理立てしようという気持ちが最初から薄かったのか。
どちらとも取れ、またどちらでもないように感じてしまう。
「攻撃の目的は色々あったが、一番重要だと言っていたのは、ご覧の通り管理者フラクシヌスの暗殺だったみてぇだな。どうして殺したかったのかまでは知らねぇぜ? 断ればどうなるか分かったもんじゃなかったが……」
サクラは険しい顔でアルジャーノンを睨みつけた。
父はこんな真似をさせるために命を擲ったのではない。
現場に居合わせたわけではなくとも断言できる。
拒絶する気は起こらなかったのか――その疑問をぶつけるよりも前に、アルジャーノンが自分から返答を口にした。
「断る理由はなかったさ! あいつとも約束したからな! なんとしてでも夢を叶えるってよ!」
「だが! 父上の犠牲を踏み台にしてフラクシヌスを殺した! これは事実だ!」
両者の叫びが炎の中でぶつかり合う。
怒りを堪えるだけでやっとのサクラとは対照的に、アルジャーノンは平時の余裕を少しずつ取り戻しつつあった。
「まぁ落ち着けよ。フラクシヌスはまだ死んじゃいない」
「何っ……!?」
「こうしてムスペルの炎を送り込み続けても、一向にくたばる気配がないくらいなんだぜ。町一つ灰にできるだけの熱量は注いだってのに、大議事堂にいた連中まで守り抜く余裕っぷりだ」
アルジャーノンが大仰な手振りで、周囲の床に生じた不可解な樹木の瘤を指し示した。
木の床が変形し盛り上がったかのような形状のそれは、倒れた人間を丸ごと収められるほどの大きさで、なおかつ不規則な配置でそこら中に点在していた。
「せっかくだから評議員共も巻き添えにしてやろうかと思ったんだが、一人残らずこの通りだ。まぁ、奴がくたばれば防護も解除されるんで、我慢比べでもするしかねぇなと思ってたんだが……」
「……そんなものは結果論だ。誰も彼も殺すつもりで事に及んだんだろう!」
「否定はしねぇよ。こうまでしても叶えたい夢があった。それだけのことだ!」
アルジャーノンが吼えた瞬間、大議事堂の入口から冷徹な声が割って入る。
「お喋りは大概にしなさい。しかも未だに仕留めきれていないようじゃないの。らしくないわね」
炎を越えたその先に佇んでいたのは、人間の居住区で遭遇した少女。
あのときとはまるで違う気配を感じ、サクラは武者震いを覚えながら薄紅色の刀を固く握り直した。
気付けば累計ポイントが12万の大台に乗っていました。
文字数も120万を越え、まさかここまで来るとはという気持ちでいっぱいです。
皆様応援ありがとうございます。それと新刊もよろしくおねがいします(便乗)




