第410話 団長なき共同戦線 中編
戦いの音を頼りに次の敵を探しながら、サクラは襲撃が起きてからずっと考えていたことをぽつりと呟いた。
「……高性能な自動人形。やはりルーク殿が言っていたとおり、ダンジョン深部に潜んでいるという、魔王軍の『真なる敵』とやらなのでしょうか……」
「王都で人を殺しまくってたっていうアレ? だったら襲撃の目的は魔王軍の残党で、ここを襲っているのはただの陽動とか?」
ここにいる二人は白狼騎士団の正規団員ではないが、必要になるであろう情報は予め提供されている。
ダンジョンで遭遇する可能性があった『真なる敵』についての情報は、その最たるものといえるだろう。
人間と変わりなく振る舞う高性能な自動人形――そんな代物が全く無関係に二種類も存在するなんて、とてもじゃないが現実的とは思えない。
もっとも、このダンジョンの奥底では珍しくない普及品という可能性も捨てきれず、絶対にそうであると言い切ることもできなかった。
具体的には、第二階層よりも更に深い領域に自動人形を製造販売している何者かが存在し、今回の襲撃者も魔王軍の敵も同じ販売元から自動人形を手に入れたという可能性だ。
しかし、これも現状では何の根拠もない想像止まりである。
「奴らの正体が何であるにせよ、襲撃が陽動に過ぎない可能性は高いと思います。先程から交戦してきた人形は全て単独行動でしたし、あちらこちらで暴れまわって『本命』から目を逸らさせるつもりなのでしょうが……」
問題は、その『本命』が何であるのかだ。
「……少なくとも魔王軍ではないと思います。陽動の必要がありません。戦力を集めて襲いかかれば、二人の魔将は仕留めきれずとも、敗残兵を殲滅することは容易なはずです」
「言われてみれば確かに。一体一体があんなに強いんだもの。でも、だったら何が本命なのかな……」
「考え方を逆にしましょう。大規模な陽動作戦を展開してまで攻略したいもの……それほどの価値があるのは何なのか……」
アスロポリスの住人は様々な理由で住処を失った者達であり、まとまった集団として一気に移住してきた場合は、人間や魔王軍がそうであるように居住区が設けられる。
いずれかの住民層を狙ったという可能性は、魔王軍が本命ではないというのと同じ理由で低いと言える。
住民ではないとしたら施設や産業か?
それも怪しい。アスロポリスの産業は中立と自給を支えるためのものが中心で、襲撃のために陽動作戦を仕掛ける価値があると思えるものは見当たらない。
住民、施設、産業……どれも『普通に攻撃すれば事足りる』ものばかりで、こんなにも大規模な策を講じる必要があるとは思えなかった。
大規模陽動作戦を仕掛けるほどの価値と、そうしなければならないほどの攻略難易度を併せ持つ存在。
それが襲撃者達の『本命』のはずだ。
サクラとエゼルは駆け足を続けながら押し黙って考え込み、そして二人揃って同じ結論に至った。
「……管理者フラクシヌス!」
足を突き出して急停止し顔を見合わせる。
彼女達が知る限り、アスロポリスにおいて最も価値のある存在はあの樹人だ。
そして市政の中心たる大議事堂と一体化していることもあり、周辺に配置された警備はアスロポリス内において飛び抜けて強固。
ひとたび思いついてしまえば、これまで頭を悩ませていた意味が分からないほどに有力な候補である。
「で、でもさっき聞いた話なんだけど、フラクシヌスがいる大議事堂は評議員の集会が始まっていて、魔族の精鋭が守りを固めているから、人形達を全く寄せ付けていないって……!」
エゼルは自分達の発言に驚きと焦りを露わにしながら、サクラとの合流前に得た情報を忙しなく口にする。
それを聞いたサクラは、顔色を変えて叫びにも似た声を上げた。
「評議員の集会……!? そうか! ルーク殿が仰っていた仮説が的中していたとしたら!」
「仮説って、魔将ノルズリから証拠を引き出したいとか言ってた……まさか……!」
「アスロポリスにただ一人! 襲撃が始まる前であれば、怪しまれることなく警備の内側に踏み込める男がいる!」
根拠のない想像に過ぎないと前置きされて伝えられた仮説。
とある男が真なる敵と結託し、アスロポリスに引き込んでいるのではないかという、その時点では妄想にも等しかった想像。
確認に向かったルークは未だ戻らず、魔族も騎士団も混乱の只中にあったが、もはやそれを待っている暇はない。
「評議員、アルジャーノン! 最も怪しいのはあの男だ! 大議事堂に急ぐぞ、エゼル!」
――時間は少しばかり遡る。
評議員のおよそ半数を集めての会議が執り行われていた大議事堂に、詳細不明の襲撃者による同時攻撃の急報が飛び込んできた。
襲撃対象はアスロポリス全域。
この大議事堂を擁する大樹にも攻撃の手が及び、警備部隊と白狼騎士団が共同で迎撃に臨んでいるという。
「正体不明の襲撃者だと! 早く情報を集めろ!」
「様子を見てこい! ……なに? 危険なのは分かっている!」
「ええい、我々の居住区はどうなっている! 敵の目的は一体何なんだ!」
瞬く間に混乱の坩堝と化す大議事堂。
怒号が飛び交い、自分達の種族の安全を確認せよという指示が四方八方から投げられる。
しかし大議事堂を守る警備部隊は、評議員やその配下が外に出ることを許さず、外部からの連絡を待つようにと繰り返した。
なおも混乱と不安が悪化する中、大議事堂の扉が開かれて、警備部隊の魔族とフードを目深に被った地上人が入ってくる。
「白狼騎士団のヒルド・アーミーフィールド、団を代表してご報告に上がりました! 町を襲う襲撃者は、高度な自我を持つ自動人形の一群です!」
ヒルドと名乗った騎士の発言を受けて、複数の評議員がすぐさま怒りの声を上げる。
「何だと!? そうか、ガンダルフの軍勢を追い落としたという軍勢か!」
「つまり襲撃者共の標的はガンダルフ軍の残党だな! 疫病神め! 我が同胞を連れ去ったのみならず、町に災厄を招き入れるか!」
とりわけ激情を露わにしたのはダークエルフの評議員だ。
ガンダルフの軍勢が第一階層へ移動するにあたって、戦力として徴用されるのを免れた一部のダークエルフを率いる立場であり、ガンダルフに強い恨みを抱いている人物でもある。
彼の煽動によって大議事堂内の空気が『元凶はガンダルフ軍』という形で纏まりかけた矢先、騎士ヒルドが鋭い声で割って入る。
「お待ち下さい! 報告には続きがあります!」
『説明をお願いします、ヒルド卿。皆の者も、しかと耳を傾けるように』
管理者フラクシヌスの一言で、大議事堂が水を打ったように静まり返る。
騎士ヒルドは早足で前に進み出ると、管理者フラクシヌスが一体化した壁を背にする形で、評議員達の方へと向き直った。
「アルジャーノン評議員。地上では『貴方が魔王軍の真なる敵と手を組んでいるのでは』という疑いが持ち上がっています」
大議事堂にどよめきが満ちる。
落ち着きを保っているのは、発言者である騎士ヒルドと槍玉に挙げられたアルジャーノン本人、そして事前に話を通されていたであろう管理者フラクシヌスのみだった。
「かつて貴方に雇われ、このダンジョン……『元素の方舟』の第一階層を探索した冒険者が、立て続けに殺害されるという事件がありました」
騎士ヒルドは評議員全てに語りかける体裁を取りながら、アルジャーノンただ一人をまっすぐに見据えている。
「実行犯は今回の襲撃者と同系統の自動人形……そして被害者達の情報を『真なる敵』に与えることができたのは……アルジャーノン評議員、貴方だけです」
『アルジャーノン評議員。私はこの情報を事前にルーク卿から伺っていました。具体的な対応に取り掛かるよりも早く、このような事態になったのは想定外でしたが、いずれは貴方からも話を聞くつもりでいたのですよ』
大議事堂内の視線が一点に――アルジャーノン評議員へと集まる。
彼らの驚きと疑いは瞬く間に膨れ上がり、ガンダルフの軍勢に向けられつつあった激情の矛先が、アルジャーノンという一個人へと切り替わろうとする。
「そ、それは本当か! だとしたらまさか……!」
「前々から怪しいと思っていたんだ! さては居住区にいたという人間共は偽物だな!」
「警備兵! 何をしている、あの男を捕らえろ! 弁明は後で聞けばいい!」
しかしそれでもなお、アルジャーノンが余裕ある態度を崩すことはなかった。
落ち着いた素振りで懐に手を持っていくと、何かを掴んでゆっくりと引き抜いていく。
「はぁー……いくらなんでも早すぎるだろ。予定が台無しだぜ。なぁ、白狼騎士団。疫病神なのは魔王軍じゃなくて、お前さん達の方だよ。俺達にとってはな」
その手に握られていたのは、魔獣スコルを討伐した際に発見したものとよく似た、手の平大のメダルのような平たい金属塊であった。
「ちぃと早いが出番だぜ。目覚めな、ムスペル」




