第409話 団長なき共同戦線 前編
――夜が迫り天井の光が薄れていく最中、大議事堂を擁する大樹が赤い炎に照らし上げられている。
激しい戦闘の音と様々な悲鳴が絶え間なく響き、血飛沫と人形の破片が至るところで飛び散る地獄絵図。
サクラは規格外の大樹の内部を巡る回廊を駆け回りながら、侵入した自動人形との交戦を繰り返していた。
何の前触れもなく、大議事堂を含むアスロポリス市街を襲撃した自動人形の集団。
魔将ノルズリとの対面のために発ったルーク・ホワイトウルフは未だ戻らず、敵の正体も目的も不明のまま、団長なき白狼騎士団は現場判断でアスロポリスの魔族との共同戦線を展開していた。
「はあっ!」
廊下の奥に人影を目視するや否や、サクラは【縮地】を発動させて一瞬のうちに距離を詰め、弧を描くように薄紅色の刃を振り抜いた。
相手が常人であれば一太刀のうちに決着していたであろう斬撃。
しかし、その人影――壮年の男に偽装された自動人形は、文字通り人間離れした反射で斬撃の軌跡上に右腕をかざし、微動だにせず刃を受け止めた。
切り込むことができたのは指先ほどの深さだけ。
人形の表層素材を断つこと自体は容易だが、腕の中に金属質の何かが仕込まれている。
それはいわゆる骨格などではなく、体内に隠された凶器の類。
「くっ……!」
刀を防いだ前腕部の側面から、板撥条が弾けるような勢いで片刃の刀身が出現して、サクラの刀と鍔迫り合いを始める。
「……ミスリル合金か! 道理で硬い……!」
「卑怯と思うな」
自動人形が左手を大きく開けた次の瞬間、手の平を構成する繋ぎ目が広がるように変形し、空いた穴から凄まじい光と熱が溢れ出ようとする。
サクラは鍔迫り合いをしていた刃を素早く滑らせ、緋緋色金合金の刀身の腹を熱線の射線に横切らせた。
放たれる灼熱。
だがその膨大な熱量は、刀身を構成する緋緋色金の成分に吸収され、サクラの刀の破壊力を増大させる結果となる。
「おおおおおっ!」
サクラは至近の間合いから更に力強く踏み込み、ミスリル合金製の仕込み刃を、灼熱を帯びた刀身で自動人形の腕ごと押し斬った。
返す刀で繰り出した追撃を、自動人形のもう一方の腕が迎え討つ。
受け止めようとするかのように突き出された左腕に、灼熱の刀身はやすやすと切り込んでいき、肘関節を通過した辺りで勢いを鈍らせた。
「(左腕に仕込まれた武器は灼熱を放つ機巧……高熱に晒される前提の造りなら、熱による溶断は効果が薄いか……!)」
しかしこれで両腕を奪ったのもまた事実。
刀身を迅速に引き抜いて攻撃を再開しようとした刹那、自動人形の着衣の腹部が内側から引き裂かれた。
「なっ……!」
「甘いっ!」
出現したのは一対の隠し腕。
人間ならば内臓が詰まっている空間に、三本目と四本目の腕が折り畳まれて隠されていた。
五指それぞれに細身の刃、都合十本の切っ先が凄まじい速度でサクラを襲う。
「天剣招来ッ!」
まさにその瞬間、後方からサクラの脇腹を掠めるようにして、魔力で編まれた拵えのない剣が飛来し、一対の隠し腕を深々と刺し貫いた。
サクラは一瞬の隙を見逃さず、勢いよく体を回転させて自動人形の腹部に横蹴りを見舞った。
隠し腕を秘匿する代償として異様に細くなっていた胴体が、強化された脚力に蹴り砕かれて二つにへし折れ、上半身と下半身に分断されて回廊に転がる。
即座に四本の腕で逃走を図る上半身。
その首に勇者エゼルの剣が突き立てられ、運動機能を完全に沈黙させた。
「ごめん、サクラ。妙なところで足止め食らっちゃった」
「感謝します、勇者エゼル。正直、かなり危ういところでした。同行していた蜥蜴人の魔族が負傷で離脱してしまいまして」
サクラは額に滲んだ汗を袖で拭い、疲労感の込もった息を吐いた。
「緋緋色金の特性で灼熱の攻撃を封殺してもなお、一対一ではこちらが大幅に不利だと言わざるを得ません。基本的な身体能力で遅れを取っている感すらあります」
「一体ごとに仕込まれてる武器が違うっていうのも、本当にやり辛いよね……次に何が飛び出してくるか分かったものじゃないよ」
これまでに何体かの自動人形と戦ったが、こちらが単独の実力で圧倒できた戦いはただの一度もなかった。
魔族を含む味方と共闘して撃破するか、緋緋色金の特性を活用して不意を突くかのどちらかで、それすらも一歩間違えば命を落としかねない綱渡りの連続だ。
神降ろしを使えばあるいは――サクラは頭に浮かんだ考えをすぐに振り払った。
確かに自動人形すら圧倒できるかもしれないが、神降ろしの発動に伴ってばら撒かれる熱気のせいで、今度は自分が火災の発生源となりかねない。
ルークに預けたままの総緋緋色金造の刀が手元にあったとしても、今回ばかりは神降ろしの行使は問題外だ。
「ところで、弟君はどちらに?」
「エドワードなら消火に回ってもらってる。使えそうな魔道具がいくらか残ってたから」
「それでしたら、今頃はノワールと合流しているかもしれませんね。彼女も消火活動に助力すると言っていました」
簡潔に情報を交換しながら、サクラとエゼルは次の敵を探して大樹の内側の回廊を走り続けた。
時折、窓のように大きく開いた穴から外の様子が窺える。
大樹の外では、黄金牙騎士団のライオネルが部隊指揮の能力を発揮し、即席で集めた魔族達に指示を出して的確に現状へ対応させている。
軍事活動を司る騎士団の一員らしい、個人の戦闘能力を越えた活躍の仕方である。
次の窓の外を見れば、自動人形との戦いに倒れた魔族の亡骸が、何体も無造作に転がっているのが目に入った。
そして更に次の窓の前を通り過ぎようとしたところ、大樹の枝の上で二体の自動人形が同時に粉砕されるという、衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。
「な、なんという……」
「……うそー……」
絶句するサクラとエゼル。
あまりにも一方的な破壊の中心にいたのは、Aランク冒険者の二槍使いのダスティンだ。
投擲から戻ってきた二振りの魔槍を同時に掴み取り、次の標的を求めて高く跳躍して視界から消えていく。
「さすがにあれは参考にならない! 『魔王狩り』の真似なんかしたら逆に痛い目見るよ!」
「承知しています! 命がいくつあっても足りません!」
サクラとエゼルは外をライオネルとダスティンに任せることを心に決め、大樹の内部に侵入してきた人形の迎撃を継続することにした。
今は自分にできることをするだけだ。
一人でも戦力が欲しいこの状況で、無理をして手傷を負い、戦力にならなくなってしまうほど愚かなことはないのだから。




