第407話 君と肩を並べて
「アガート・ラムが地上で流通させた不正ミスリル。夜の切り裂き魔が用いていたミスリル製凶器――そして、あの人が殺められた現場の遺留品。それら全てのミスリルに、同じ不純物が混ざっていることが判明したのさ」
その発言が意味するものを誰よりも早く理解したのは、他ならぬガーネットであった。
見開いた目は驚愕を通り越して激情に染まり、両肩と握り締めた拳が小刻みに戦慄いている。
ヴァレンタインはガーネットの憤りなど構いもせず、淡々と事実を語り続けた。
「ミスリルの不純物は、精製技術の未熟によるものじゃあない。性能を適度に落として売るための意図的なもので、夜の切り裂き魔の場合は顧客を脅して作らせたからこそだ。けれど人為的な不純物の成分が一致したということは……」
「全ての黒幕は同じ組織だった。そう言いてぇんだろ。ノルズリの野郎を締め上げる手間が省けたぜ」
ガーネットが殺気すら込もった声を絞り出す。
魔将ノルズリから聞き出すつもりだった、複雑なパズルの最後の一欠片――それが今、ヴァレンタインの口から語られた。
禁制品であるミスリルを不法に流通させていた組織と、ガーネットの母親を殺めた組織がどちらも『アガート・ラム』であることは最初から分かっていた。
かつて魔王軍を敗走させてダンジョン上層へ追いやった『真なる敵』と、王都で殺人を繰り返した夜の切り裂き魔の背後にある存在が同一であることも、これまでに判明した様々な情報からほぼ間違いないと目されていた。
――『ミスリル』という希少金属を共通点とする二つの存在。
両者が同じ組織であるという仮説は、誰でも容易に思いつくことができる想像だろう。
だが、これまでは根拠がなかった。
俺もガーネットも頭の中で思い浮かべてはいたものの、単なる妄想以上に引き上げることができず、数ある仮説の一つに埋没させてしまっていた。
けれどヴァレンタインが提示した証言は、二つを繋ぐに足る明確な根拠だ。
加工の過程で混ぜられた物質の成分が一致したなら、それらは同じ場所で、あるいは同じ組織によって加工されたと考えるべきだろう。
ミスリルには『この不純物を入れるべき』という共通の基準など存在しないのだから。
「母上を殺した奴らが、町を焼いてヒトを殺そうとしてるんだろ? ……オレの前で! ああそうだ! オレの目の前でだ! あのときと同じように!」
ガーネットが喉も裂けんばかりに叫び、整った顔立ちを威嚇する獣のように歪め、服の胸元に爪を立てて握り締める。
そこにあるのは小さな古傷。
幼いガーネットを庇った母親を刺し貫いた刃の切っ先が、か弱い血肉を掠めて引き裂いた忘れ得ぬ痕跡。
「……クソ野郎が……!」
激しい憎悪に心を掻き立てられながらも、ガーネットはこの場から走り去って戦いに身を投じるようなことはしなかった。
――オレには無理だな。いよいよ目的を果たせるぞってなったら、たぶん他の連中の迷惑なんざ考えられなくなっちまうぜ――
あんなことを言っておきながら、歯を食いしばり拳を握りしめ、腹の底から突き上げてくるであろう衝動に耐えている。
その理由を問う権利など俺にはない。
彼女をこの場に繋ぎ止めてしまっているのは、他ならぬ俺自身。
守るべき義務を負う相手の存在が、固い足枷と化してしまっているに違いないのだから。
「白狼の……オレは……!」
「ガーネット」
震える肩にそっと手を置く。
たったそれだけで、ガーネットの細い体に籠もっていた力が抜けていくのが分かった。
「行こう。あいつらを止めるぞ」
「……ルーク」
自然と口を突いて出た言葉は、俺に構わず行動しろというものではなく、一緒に戦おうという一言であった。
我ながら身の程知らずな本音を抱えていたものだ。
戦力にならないので後方にいるべきだと語った舌の根も乾かぬうちに、自分から危険の只中に飛び込もうと言い出したのだから。
ガーネットは最初こそ理解が追いつかない様子だったが、すぐに拳をぐっと握り、戦意に満ちた表情で力強く頷いた。
先程の憎悪と憤怒に満ちた顔ではなく、これまでに何度も俺と共に危険や脅威と立ち向かったときと同じ、不敵で素敵な笑顔を浮かべて。
「ああ! 行こうぜ!」
しかし当然というべきか、マークが大慌てで口を挟んでくる。
「だ、団長! 何を言ってるんですか! 危険ですよ!」
「悪い、マーク! ユリシーズ卿の手伝いはお前に任せた! 危ないと思ったらすぐに逃げてくれ!」
偽りのない本音を口走ってしまったせいか、不思議なくらいに心と体が軽くなっていた。
何ということはない。
俺自身も心の奥底で、ガーネットの願いを叶える力になりたいと思っていたのである。
すぐに湖畔へ行くようマークに指示を飛ばしてから、俺はガーネットと肩を並べて大議事堂に向かって駆け出した。
「何なんだよ、ほんと! 昔から我儘ばっかりだな、あいつは!」
マークは二人が走り去っていった方角に全力の罵声を飛ばし、鬱憤をある程度晴らしてから、指示通りにこの場を離れることにした。
命令がなくてもこんな場所にはいたくない。
たとえ周囲の敵が掃討済みだとしてもだ。
ユリシーズの船があればいつでも湖に逃げられるわけだから、どう考えても湖畔に赴くのが安全である。
「そうだ。ええと……ヴァレンタイン卿」
「卿は不要だよ。騎士の肩書は、ろくに動けない体になってすぐに返上したからね」
「……詳しい事情は知りませんけど、貴方が火に油を注いだのは分かります。俺達を騙してまでやりたかったのは、あんな風にガーネット卿を煽ることだったんですか?」
湖畔への撤収を遅らせてでも尋ねる価値がある。
否、必要がある。マークはそう確信していた。
あれを伝えたいだけなら、本物のアンブローズ卿に任せておいても何ら支障はなかったはずだ。
つまりこの男の目的は別にある。
アンブローズ卿に成りすまし、自分達の目を欺いてでもこの地を踏みたかった理由が。
「そうだなぁ、簡潔に説明するのは難しいんだけど……」
ヴァレンタインはまるで世間話でもするかのような気楽さで、フードと前垂れに隠された頭を動かし、視線を上げるような仕草をした。
「後でガーネットにこう伝えるといい。あの日、あの場所にいたのはお前達だけではない……とね。アレが話してもいいと思ったなら、きっと詳しい話が聞けるはずさ」
全く答えになっていないことを一方的に語り聞かせたかと思うと、ヴァレンタインは地表を蹴って跳躍した。
すると、まるで人形が糸に引っ張られて浮き上がるかのような軽やかさで、重厚な着衣に覆われた肉体が大樹の枝に着地する。
その跳躍を立て続けに何度か繰り返し、ヴァレンタインはあっという間に黒煙くすぶる町の奥へと姿を消してしまった。
「……ろくに動けない体とか、絶対嘘だろ……」
時間にしてわずか十秒足らず。
ただ一人この場に残されたマークは、もはや呆然と呟くことしかできなかった。




