第405話 嵐のような初顔合わせ
「マーク! な、何なんだこれは! どうしてお前が!?」
「し、死ぬかと思った……」
魔力で編まれた船体から転がり落ちたマークは、目を回した様子でふらふらと立ち上がってその辺の木にもたれかかり、そこでようやく俺の存在に気が付いた。
「あっ……! 団長! 何なんですかこの騒ぎ! そこら中から火柱やら水柱やら!」
「それはこっちの台詞だ! お前、どうしてこの階層に!」
右手を目元に翳して『叡智の右眼』を解除しつつ、同じ主旨の問いを重ねて投げかける。
いくら『右眼』を発動させていたとしても、理解できるのはあれが勇者エゼルの攻撃手段のように、スキルで召喚された産物であるということだけ。
アスロポリスに飛び込んだ経緯はさっぱり分からないので、実際に乗ってきた奴から聞き出すしかなかった。
お互いに現状を理解できず喚きあっていたところ、俺とガーネットの近くに見知った冒険者が――東方人のナギと元素魔法使いのメリッサの二人組が着地する。
ただし、メリッサは小柄なナギに抱きかかえられていて、俺達とは違う意味で混乱しているようだったが。
「白狼騎士団に派遣された新しい騎士だそうです」
「ナギ! お前達まで!?」
「俺達はこの階層までの道案内ですよ。詳しいことはマーク卿に聞いてください」
抱き上げられていることに慌てふためくメリッサを下ろしてから、ナギはスキルを発動させて高速移動し、高所に陣取って周囲を警戒し始めた。
とにかく、どんな経緯でこんなことになったのかを聞き出すため、船体に削られた地表の窪みを越えてマークのところへ駆け寄っていく。
「状況は凪が言ったとおりです。追加の騎士が二人……いえ、三人ほど到着しました。それから色々と事情があって、団長達が戻るのを待たずに挨拶へ伺うことになったんですよ」
「事情? 一体何があったんだ」
もっと詳しい話を聞き出そうとしたタイミングで、船体の消滅に伴って立ち上っていた魔力の残滓の向こうから、よく日焼けした壮年の西方人と褐色肌の青年が姿を現した。
「大袈裟だなぁ。死んだりしないってちゃんと説明したじゃないの。船内は保護されてるんだってば」
「ははは! 結構スリルあったな! 下っ腹がヒヤッとしたぜ!」
「……藍鮫騎士団のユリシーズと赤羽騎士団のチャンドラーです。さっきの船はユリシーズのスキルで喚び出したものですね」
前に目を通した資料によると、確か藍鮫は大陸西方の海を渡る重要貿易航路を警護する騎士団だったか。
船舶に関係するスキルが身に付くのも納得の所属だ。
「いやぁ、目的地の湖まで到着したはよかったんですが、島は大騒ぎだし橋はないしでどうしたものかと思いまして。 ……ところでこれ、不法入国とかになったりしませんよね? もしものときは弁護頼みますよ、ほんと」
そして赤羽騎士団は南方諸島に対する警戒と、南回り航路の警護を担当する騎士団であり――ここにいるメリッサの親類が幹部を務めていたのだったか。
「私の方を見られても、その騎士とは面識ありませんからね?」
「俺も同じく。アカバネ一族の本家ならいつも世話になってるが、分家筋となると顔を合わせたことも……っと、そんなことよりあんたが団長さんか?」
チャンドラーと呼ばれた褐色肌の青年は、一瞬だけメリッサに視線をやってから、すぐに人好きのする笑みを俺に向けてきた。
その手には波打った長い棒のようなものが握られている。
一見すると、弦を外した弓にも思える形状だが、その両端には片刃の刃物が取り付けられており、刃も含めるとチャンドラー自身の背丈にも迫る長さになっている。
「本当にマークそっくりだな! いやまぁ、兄弟だから当然か? マークとはあいつが訓練生だった頃からの付き合いで……」
「白狼の! まだ終わってねぇぞ!」
ガーネットが叫び駆け出したのと同時に、船体の衝突で崩れた壁の破片の山が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、半壊した少女型の人形が俺めがけて飛び掛かった。
船体に潰され引きずられたことで、半身が砕けて内部構造まで露わになったというのに、その動きは微塵も鈍ってはいない。
「くそがっ!」
俺を庇うようにガーネットが身を躍らせる。
回避不能かと思われた二振りの短剣を、円を描くように振るわれた槍のような弓が弾き返した。
「なんだなんだ? こいつが敵か!?」
俺とガーネットに対する攻撃を防ぎ止めたのは、好戦的に笑うチャンドラーであった。
チャンドラーは正確な戦況を把握できていないにもかかわらず、半壊した自動人形を即座に敵と見定めて、よく撓る独特の形状の槍弓で短剣の連撃を凌ぎ切っていく。
「ヤバイ、イッタン離脱ヲ……!」
増援の出現で不利を悟ったのか、少女型の自動人形は半壊した顔から壊れた焦りの声を漏らしながら、素早い動きで大きく後方に跳躍した。
そして獣じみた身のこなしで瞬く間に戦線を離脱しようとする。
「逃がすかよッ!」
チャンドラーがスキルを発動させ、魔力で編み上げた糸を槍弓に張って両端に刃のついた大弓に変える。
更にスキルで出現させた矢を番え、素早く引き絞って射ち放つ。
轟音を立てて飛翔する矢。
立体的に飛び交って逃走する自動人形が振り返った瞬間、人間離れした速度の一矢が頭の上半分を吹き飛ばした。
「ガッ……!」
自動人形が即座に機能を停止して樹上から落下する。
チャンドラーは遠方で撃ち落とされた自動人形が動かなくなったのを確かめてから、にいっと笑って俺に向き直った。
「よしっ! ……さてと、団長さん。次はどうすりゃいい? つーか敵はどこのどいつだ? 俺は戦うしか能がねぇんで、いい感じに命令してくれや」
「……敵は人間に偽装した自動人形。魔王軍が真なる敵と呼んでいる奴だ。冒険者と騎士団のメンバー以外の人間は全員敵だと考えていい」
「そいつは分かりやすいな! まだ暴れまわってやがるみてぇだし、片っ端から片付けに行こうぜ!」
拳で手の平を叩いて気合を入れるチャンドラー。
しかし、マークとユリシーズがすかさず反対意見を口にする。
「待った! 俺や団長は戦力にならないからな! 乗り込んでも足手まといだ!」
「おじさんも陸じゃあんまり役に立てそうにないなぁ。島の外の湖でやれる仕事にしてもらえないかい? そこの魔族のお嬢さんも鉄火場には連れていけないでしょ」
ユリシーズは幼い見た目をしたポプルスの安全を案じたようだったが、それに対してポプルス本人から反論が飛んでくる。
「私はフラクシヌス様の御使いです。御許に戻らないわけにはいきません。この身の危険など一考にも値しない事案です」
「あー……参ったなぁ。地上の常識は通じないかぁ。すまないね、団長さん。判断は丸投げしちゃっても構わないかな?」
「やっぱりそうなりますか。曲がりなりにも団長ですからね」
現状を頭の中で可能な限り迅速にまとめ上げ、最適と思われる選択を考える。
状況からして猶予時間はほとんどない。
この判断が戦局を変えるであろうことは、誰に尋ねるまでもなく明白であった。
本当は次回の前半部分も今回の更新に加えたかったのですが、長くなりすぎるのでまた次回に。




