第402話 真相に至る欠片を求めて
――当初の予定よりも早く大議事堂の前に戻った俺達だったが、そこには予想外の先客の姿があった。
「サクラ? それにノワールまで! お前達も帰ってたのか」
大議事堂がある大樹の入口で、サクラとノワールが管理者フラクシヌスの従者のポプルスに話しかけている。
確かに二人は俺達よりも先に駐屯地を出て、アルジャーノンの居住区の様子を窺うだけで戻ってくる予定だったので、帰りが早いこと自体は不思議ではない。
……だが、何か様子がおかしい。
二人とも揃って深刻な表情を浮かべ、決して短くない報告をポプルスにしているようだった。
「はっ、ルーク殿!」
サクラとノワールは俺達の存在に気が付くなり、顔色を変えてこちらに駆け寄ってきた。
「いいところにいらっしゃいました! すぐにでもお伝えしたいことがあるのです!」
「お前達もか。こちらも進展というか……想定外の証言が手に入ったところだ」
こうなるともはや、次にするべきことを話し合う必要もない。
俺とサクラはお互いが得た情報を、どちらからともなく報告し合った。
――かつてアスロポリスのドワーフが、第二階層でアガート・ラムの犠牲になったという証言。
――ブランが間違いなく居住区にいたという偵察結果。
――アルジャーノンの気まぐれで居住区に立ち入ることができたものの、大人数が生活しているとは思えない空気を感じたという、サクラとノワールの主観的な感想。
この場の全員が新たな証言に驚く中、俺はこれまでに得てきたいくつもの情報が、頭の中で少しずつ噛み合っていくのを感じていた。
「(後少し……もう少しで決定的な結論が出そうなんだ……最後の一欠片が嵌まれば断言できるはず……)」
かつて第二階層よりも深くに陣取っていた魔王ガンダルフの軍勢を敗走させ、第一階層――地上の人間が『魔王城領域』と名付けた階層まで追いやった真なる敵。
王都において、アルジャーノンに雇われて『奈落の千年回廊』を――ダンジョン内の魔族がいうところの『元素の方舟』の第一迷宮――探索した冒険者を殺害していた猟奇連続殺人鬼、夜の切り裂き魔。
これまでの調査で、夜の切り裂き魔を地上に送り込んだのはダンジョン深くに潜む真なる敵であり、その情報源は『奈落の千年回廊』で消息を絶ったアルジャーノンだったのではないかと考えられるようになった。
そして今回、俺達はアルジャーノンが真なる敵に捕らわれたわけではなく、自由の身で中立都市アスロポリスの評議員の座に収まっていると知ったわけだが……。
「(……俺達よりも先に定住していた人間達……生活感のない居住区……夜の切り裂き魔の武器と正体……)」
もしかして。ひょっとしたら。
その程度で構わないなら九分九厘は考えがまとまっている。
必要なのは断言に足る最後の一押し。
荒唐無稽と言われてもおかしくない仮説を、真相へと至らせるパズルのピース。
「なぁ、白狼の」
立ち尽くしたまま思索に没頭していたところ、ガーネットが不意に話しかけてきた。
力強いようにも弱々しいようにも聞こえる声と、怒りを堪えているようにも泣き出しそうなのを堪えているようにも見える顔で、まっすぐに俺の目を見上げている。
「さっきから頭ん中がぐちゃぐちゃでさ、オレ……どうしたらいいのか分からねぇんだよ。連中がどこにいるのかも分からねぇってのに、どこだろうと構わず突っ込んじまいそうなんだ……」
心の準備をする暇もなく叩きつけられた、母親の仇の手がかりになりうる証言。
相応の前段階があったなら、ガーネットも気持ちを落ち着かせる備えをしたうえで臨んだのだろうが、実際には無防備な状態で煮え滾るような感情を掻き立てられてしまうことになった。
行き場のない怒りが心の中で暴れまわっていて、じっとしていること自体が苦痛なのだろう。
「……フラクシヌスとの約束の時間まではまだ余裕があるな。ポプルス、一つ伝言を頼まれてくれないか? 情報収集と訪問の許可が欲しいんだ」
「構いませんが、どちらに赴かれるのですか?」
「ダークエルフの居住区だ。魔将ノルズリに会いに行く」
評議会の承諾を得てすぐに、俺は大急ぎでダークエルフの居住区へと向かった。
同行者はガーネットと御使いのポプルスの二人。
場所が場所だけに、サクラやエゼルも一緒に行くことを望んでいたが、評議会から大勢での接触は避けるように言われてしまったのだ。
俺達と魔王軍はつい最近まで戦争を繰り広げていた、いわば対立関係にある種族である。
アスロポリス評議会にしてみれば、そんな関係にある相手の居住区に、一定以上の戦闘能力を持つ連中が事前連絡もなく集団で押しかけることは看過できないのだ。
それこそ制御不能の衝突が起こってしまう恐れがある。
なのでメインの訪問者は俺一人とし、最低限の護衛としてガーネットを、先方に事情を説明する伝令としてポプルスを連れて行くことになったのだ。
大急ぎで通りを駆け抜け、ダークエルフの樹木が集まった地区が見えてきたところで、どこからともなく冷徹な声が投げかけられた。
「止まれ。何の用だ、人間」
次の瞬間、路上に氷の壁が出現して俺達の行く手を塞ぐ。
急停止して壁の上を見上げると、そこでは思った通りの相手が仁王立ちで俺達のことを見下ろしていた。
金属鎧を身に纏ったダークエルフの少女――その肉体を器として使う魔王軍四魔将の一人、氷のノルズリ。
「宣戦布告ならば受け取ろう。そちらから武力を行使するのであれば好都合だ」
「待った! そうじゃない! お前に聞きたいことがある! こうして評議会の承諾も取ってきた!」
「評議会の? ほう……」
ノルズリは俺の隣にいるポプルスに目をやり、殺気をわずかに緩ませた。
「だが答える義理があると思うか? 貴様らに知恵を貸したところでこちらに利益などあるまい」
「……それがアルジャーノン評議員のことだとしても?」
その名前を口にした瞬間、警戒心に満ちていたノルズリの目元がピクリと動く。
よし、と心の中で安堵する。
これで食いつかなかったらいよいよ打つ手がないところだった。
アルジャーノンはサクラの父親の助けがあったとはいえ、四魔将を出し抜いて魔王城を突破し、第二階層まで逃れた存在である。
奴らにとって好ましい相手であるはずがない。
「何を聞きたいのか言ってみろ。内容次第では答えてやらんこともない」




