第400話 伝説の工匠、イーヴァルディ
――ミーティングが終わってすぐに、俺達はドワーフの鍛冶工房を見学させてもらうために現地へ足を運んだ。
工房の所在地は、冒険者の駐屯地として用意された場所と同じく、アスロポリス本島からほんの少しだけ隙間を空けた小さな島だ。
位置はちょうど駐屯地の正反対。
これまで足を踏み入れたことのなかった地区を通り抜け、短い橋を渡った先に広がっていたのは、土と石で組み上げられたドワーフサイズの建築物が建ち並ぶ光景であった。
「驚いた。ここだけ完全にドワーフの村になってるじゃねぇか」
興味深げに周囲を見渡すガーネット。
アスロポリスの建物は、基本的に大きな樹木の内部を作り変えたような様式をしているが、この島の建物は『魔王城領域』こと第一階層のドワーフの家と同じ造りをしていた。
「火を扱う場所だから、火災の心配がない材料で建てたのかもな。あるいはドワーフの体格に合った部屋を作れなかったか」
「単純にドワーフ連中の趣味かもしれねぇぞ?」
俺とガーネットに少し遅れて、勇者エゼルとエディの姉弟もドワーフの居住区へと入ってくる。
「わっ! ここだけ魔王城の城下町! 何だか懐かしい!」
「住人が住人ですから当然ですよ。懐かしむほど日数は経っていませんし。それよりルーク団長、見学を受け入れてくれるという工房はどちらでしたか?」
「ええと、確か目印は……」
金槌の音と煙の臭いに満たされた狭い道を歩き続け、評議会から紹介された職人の工房まで辿り着く。
屈まなければ中の様子を伺うこともできない入口を潜り、奥で鍛冶に勤しむドワーフに声を掛ける。
「すいません」
返事はない。
金属を叩く音が大きすぎて聞こえなかったのだろうか。
仕方がないのでもっと声を張り上げてみる。
「すいませーん!」
「うるさい! 聞こえとるわ!」
……理不尽に怒鳴りつけられてしまった。
工房の親方と思しきドワーフは、人間の半分程度ながらもがっちりと筋肉で固められた体を揺すり、肩を怒らせながら俺達の方へと寄ってきた。
「まずは外に出ろ! 狭っ苦しくてしょうがねぇ!」
俺が中腰のまま後ずさりをして工房の外に戻ると、親方のドワーフも一緒に外へ出てきた。
「評議会が紹介したっていう人間だな。本当はんなことしたくもねぇんだが、奴さんには借りがあるから仕方がねぇ」
「……『魔王城領域』のドワーフとはだいぶ感じが違うな……?」
ガーネットが親方と睨み合いながら俺に耳打ちをする。
親方は作業の手を止めさせられて不機嫌で、ガーネットはそんな親方の態度で不機嫌になるという、見事なまでの悪循環だ。
「むしろ一般的なドワーフはこういう性格なんだ。頑固で豪胆、自分達のペースを崩されるのがとにかく大嫌い。お前が知ってるドワーフが陰気なのは、それだけ魔王軍の支配が苛烈だったからだろうな」
「こんな焼けた鉄みてぇな連中が覇気を無くしちまうほどの……か」
俺も最初に『魔王城領域』のドワーフを見たときは驚いたものだ。
人並み以上に長く冒険者をやってきたが、あんな惨状のドワーフは見たことがなかった。
「おい、そこの一番でかいの」
「……俺ですか?」
「ああそうだ。聞いた話じゃ、地上で武器屋をやってるそうじゃねぇか」
ドワーフの親方は無遠慮に俺の全身をじろじろと眺めた。
まるでこちらを値踏みしているかのようだ。
「鍛冶をやってる奴の臭いがしねぇな。ひょっとして武器を買い漁って他所に売りつける魂胆か? だったら帰りな。この島の武器は売り物じゃねぇんだ」
「売り物じゃない? それは一体……」
「武器は全て評議会が買い上げて、必要に応じて住人に貸し出すことになってるのさ。他の製品なら個人の依頼も受けちゃいるが、武器は駄目だ。それがここで鍛冶をする条件だからな」
「……なるほど、私闘禁止の中立都市だからこそ、武器の私有にも制限があると」
言われてみれば、町で見かけた魔族達も剣などを持ち歩いてはいなかった。
武器を帯びていたのは警備に当たっていると思しき者だけで、一般市民は完全に丸腰だ。
しかし俺達や冒険者、そして魔将のノルズリとスズリの得物を没収しようという気配が全くないあたり、住民として定住を希望した者以外には適用されないのだろう。
親方の説明に納得する俺の隣で、ガーネットが別の角度からの疑問を投げかける。
「この通り、オレ達は武装解除もされてねぇ余所者だぜ。それでも扱いは変わらねぇのか?」
「さぁな。この条件を飲んだご先祖様も、お前さんのような奴らが来るのは想定してなかったんだろうさ。どうなのかは管理者に聞いてこい」
そして親方は深い髭に覆われた口元を歪めて、鼻で笑うような音を鳴らした。
「だが、俺達の武器を商品としか見ねぇ奴には売れねぇな」
「ルーク卿はそんな輩ではありませんよ。鍛冶師ではなくても立派な職人です」
今度は勇者エゼルが一歩前に進み出ると、腰に下げていた剣を不敵な笑顔で鞘ごと外し、その中程を握って親方の鼻先に突きつけた。
「これを見てください! 第一階層のドワーフが代々受け継いできたという宝剣ですが、長い年月ですっかりボロボロになっていたところを、このルーク卿が見事に修理したんです!」
「ほほう? じゃあ遠慮なく見せてもらおうか。どれどれ……?」
ドワーフの親方は鞘から剣を半分ほど抜いてまじまじと眺め、そして小さな目を驚きに丸く見開いた。
「ま、まさかこいつは……この造りは! 伝説の工匠、イーヴァルディの作か! こんなにも完璧な形で残っているとは……いや、そこの男が直したと言っていたな……信じられん……」
親方の反応を見たガーネットとエゼルが、何故か揃って満足げな反応をする。
その後ろで、俺とエディは『どうしてお前が自慢するんだ』と苦笑してしまっていた。
「(……それにしても、イーヴァルディか……)」
魔獣スコルとの戦いの直前に垣間見た幻影で、アルファズルがフラクシヌスやガンダルフと並んで口にしていた名前。
これまでに得てきた情報を統合すれば、恐らくは古代魔法文明に生きたドワーフなのだろうと想像できたが……。
「イーヴァルディとは? ドワーフの伝説的な人物ですか?」
俺が投げかけた質問に、親方は剣から目を離すことなく答えた。
「ああ、そうだ。遠い遠い昔……ドワーフが人間と同じ国で暮らしていた時代の工匠だと聞いている。武器に限らず様々なものを作ることができた天才でな……むっ!?」
ドワーフの親方は目を見開いて剣身に顔を近付け、驚きに上ずった声を漏らした。
「この色合い……ただの鋼ではないな。最初からこうだったのか? それともお前達が手を加えたのか?」
少し見ただけで違いに気付くとは、さすが熟練の工匠だ。
何らかの能力を使った様子もなかったので、恐らく自前の観察力だけで見抜いたのだろう。
「ルーク卿が修理のときにミスリルとの合金に作り変えたんですよ」
「なにっ! ミスリル!?」
エゼルが何気ない素振りで説明した途端、ドワーフの親方は耳を疑うようなことを言い放った。
「まさかお前達、アガート・ラムとかいう連中と関係があるんじゃないだろうな!」
今回の更新で第400回の節目となりました。皆様応援ありがとうございます。
明日11/29発売のコミック版第1巻と、来月12/10発売の書籍版第3巻もどうぞよろしくお願いします。




