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第397話 この手を汚すことに躊躇はなく

 ――ミーティングが終わって間もなく、ノワールとサクラは冒険者の駐屯地を後にした。


 目的地は事前に調べておいた人間の居住区。


 アルジャーノンが面会を拒んでいるとはいえ、人間達がどこで暮らしているのかという情報自体は、アスロポリス全体に包み隠すことなく明らかにされた公開情報だった。


 この町では人間も他の魔族と何ら変わることなく、数ある住人の一部に過ぎないので、特別扱いも差別的な扱いもなく居住区が公の地図に記載されているのだ。


 ノワールとサクラは入手した地図を頼りとして、森と町が溶け合ったかのようなアスロポリスの裏通りを歩いていく。


「何となくですが、周囲から向けられる視線が減ってきた気がしますね。人間の居住区が近くなると、私達の姿も見慣れたものになってくるのでしょうか」


 サクラは歩きながら周囲を見渡している。


 大通りを進んでいたときは、四方八方から好奇と興味の眼差しを向けられていたが、居住区が近付くにつれて薄まってきていた。


 単純に人通りが少ないというのもあるだろうが、それを差し引いてもこちらに興味を示さない魔族の比率が増えている。


「……ええと、これは決して深刻な質問ではないのですが」


 黙々と歩き続けるノワールに対し、サクラは歩幅を合わせながら気遣うように話しかけた。


「もしも白魔法使いのブランが生きていたとしたら……そのとき、ノワール殿はどうなさるおつもりなのですか?」

「…………」

「ああ、いえ、もちろん他意はありません。こういうことはすべきではない、といったことを口走るつもりもありませんとも。ただ……私にも何かお手伝いできればと思いまして」

「……あ、ありが、とう……」


 ノワールは伏せ気味の視線を泳がせ、サクラの方を見ようとして躊躇しながら、問いかけへの返答を口にした。


「もしも……ブランが、生きていて……何も、変わって、なかったら……その、ときは……もう一度、私が……私が、決着を……」


 脚の前に回されたノワールの手がぐっと拳を握り締める。


「で、ですが、さすがに反省した可能性もありますよ! 人間、強いきっかけがあれば考えを改めるものです!」


 サクラは想定以上の返答を引き出してしまったことに焦りを覚え、あえて楽観的な意見を持ち出した。


 かつてノワールは、ブランが生き残るために魔王軍の軍門に降ったことに責任を感じ、自分の手で討ち果たすという使命を自らに課し――そして冒険者の霧隠(なぎ)の力を借りて完遂した。


 本人は当然の責任だと考えているようだったが、ブランの被害者ともいえるルークを始めとして、多くの者が双子の姉妹が殺し合うという結末に心を痛めたのも事実だ。


 サクラもまた例外ではなく、二度目の妹殺しをさせることに忌避感を覚えずにはいられなかった。


 ――だから、口に出して伝えることをしなかったものの、内心では自分が刃を振るうべきではないかと考えていた。


 もしもブランが以前と何一つ変わっておらず、ノワールを含む地上の人間との敵対を止めないようなら、そのときは自分が手を汚そうと。


 適任はきっと自分だ。サクラはそう確信していた。


 ノワールとは幾度となく戦いを共にした間柄だったが、普段の活動内容は冒険者と武器屋のスタッフで大きくずれている。


 自分がブランを手に掛けたとしても、日常生活において頻繁に顔を合わせるわけでもない以上、ノワールの心に落とす影も小さくなるだろう。


 それに、いずれは――少なくとも何年か経てば、神降ろしの探求成果を東方大陸へ持ち帰り、この国に後腐れなく別れを告げることになるのだから。


「仮にブランが自らの行いを反省していたなら、そのときは正式な償いを受けさせるために地上へ連れ帰るか……あるいはアスロポリスに身柄を預けておくか、でしょうか」

「え、で……でも……」

「あくまで選択肢の一つです。地上から締め出すのだと言いかえれば、彼女を罰するべきだという意見への回答にもなるでしょう。もちろん私には口出しをする権利などありませんが」


 少しでもノワールの気分が楽になれば……サクラはそう考えて言葉を重ねた。


 異邦人である自分にこの国の罪人の扱いを左右することはできないが、それでも友人が妹を殺める覚悟に心を塗り潰している様は、決して気持ちのいいものではない。


 それならば、代わりにこの手を汚す方がずっと気が楽だ。


「おっと……あれが居住区ですね」


 話し込みながら歩いているうちに、いつの間にか目的地の間近まで辿り着いていた。


 木製の塀――いわゆる生け垣ではなく、木材を組み合わせて作られた人工的な木の壁が、一区画を丸ごと取り囲んで内部を周囲から遮断している。


 壁はそれなりに高いものの、内側に生えている樹木の住居はそれよりも高く、覗き込むまでもなく上半分を目視することができた。


「ううむ、ここからでは建物の上階の窓しか見えませんね」

「……壁に、登る、のは……?」

「実行は余裕ですが間違いなく咎められますよ。諜報禁止以前に不法侵入に問われかねません」


 サクラはきょろきょろと周囲を見渡し、そして居住区から道を挟んで反対側の建物に目をつけた。


「……そうだ! 向かいの建物の窓を使えば、自然と中の様子を窺えるかもしれません! ……いや、でもあちらの建物に入る許可を得る方法が……」


 首を捻りながら策を考えるサクラを尻目に、ノワールは壁の中の樹木をじっと見つめ続けていた。


 そのとき、閉められていた木製の窓扉の一つが内側から開け放たれた。


 換気のためか、それとも採光のためか。

 少なくともあの部屋に誰かがいることは間違いなく、ノワールは僅かな可能性に縋る思いでぐっと目を凝らした。


 ――窓を開けたのは、フードを深々と被った人間らしき姿。


 顔はよく見えないけれど、上着の左袖がだらんと垂れ下がっていて、右手だけで何とか窓扉を固定しようと四苦八苦しているようだ。


 上着の左袖は明らかに空っぽで、ただ腕を通さずに羽織っているわけではなく、袖に通すべきもの自体が存在していないのは明らかだった。


 やがてその人物は、もう少し腕を伸ばそうとして窓の外に身を乗り出した。


 その拍子にフードが僅かにずれて横顔が露わになる。


 ――ああ、分かっていた。

 慎重に動くべきだと頭では理解していた。


 想定外のことがあっても観察に徹し、不用意なことはすべきではないと自分に言い聞かせていた。


 けれど、ノワールは心の底から突き上げてくる叫びを堪えることができなかった。


「ブラン!」


 思わず口をついて出た言葉。血を分けた双子の妹の名前。


 サクラが驚き振り返り、窓の人影もハッと路上に目を向ける。


 その顔は――ノワールとよく似た色白の顔は、言いしれない驚きと恐怖に目を剥き、怯え竦んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲットーですか? 街中で人間を見ないの理由が気になる。 そして、何もかもブランぽくないのが更に気になる
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