第396話 運命の夜に向けて
――日没後にもう一度来るように。
管理者フラクシヌスからの伝言を聞いた俺は、冒険者パーティの職務があるロイと別れ、白狼騎士団側のメンバーに改めて招集を掛けた。
集合場所は駐屯地の一部屋。
仕事を終えて地上に帰るまでの間だが、今後は俺達もこちらで寝泊まりすることになる。
皆に先程のアルジャーノンの発言とフラクシヌスからの伝言を伝え、それから本題の質問を投げかける。
「というわけで、日が沈んだら希望者を連れてフラクシヌスに会いに行くつもりだ。希望者は……」
「は、はいっ!」
「……だよな。むしろこちらから要請したいくらいだったよ」
真っ先に手を挙げたのは、当然というか虹霓鱗騎士団のヒルドであった。
ヒルドは北方のダンジョンに住むエルフだったが、古代魔法文明滅亡以前の秘密を解き明かそうとしたものの、その秘密を隠そうとするハイエルフの不興を買ってウェストランド王国に亡命した……という経歴の持ち主だ。
虹霓鱗本来の公務は王国各地の神殿の管理と警備だが、同時に神々への信仰とスキルの関係を調査研究する団体でもあり、ヒルドはそれらと古代魔法文明の繋がりをテーマとして活動しているらしい。
そんな彼女にとって、古代魔法文明を生きたと覚しきフラクシヌスの言葉は、何が何でも聴き逃がせない情報に違いなかった。
「他には誰かいるか?」
しばらく待ってみると、ノワールがおずおずと肩の高さに手を挙げ、次いで勇者エゼルが弟のエディに目配せをしてから挙手をした。
エゼルが参加するとあっては自分もとばかりにエディも加わり、これで俺とガーネットを合わせて六人。
そして最後に、サクラも参加希望の意志を露わにした。
「私の神降ろしによって現世に顕れた神性、火之炫日女……あれもまた古代魔法文明との関わりが疑われていると聞いています。ならば臨席するのは私の責任だと思うのです」
俺は無言で頷いてサクラの判断を受け入れた。
以前に俺が垣間見た光景が真実なら、火之炫日女は若かりし頃のアルファズルやガンダルフと浅からぬ関わりがある。
改めて言うまでもなく、サクラもこの件の重要な関係者なのだ。
「ダスティンとライオネルはどうする?」
「……俺はロイと話がある。奴は夜まで手が空くまい」
「自分は冒険者達と警備体制の打ち合わせをするつもりです。小難しいことは分かりかねますから、自分に最も適した形で貢献をしたいと思っています」
「そうか、なら仕方ないな」
ロイと会って一体何を話すつもりなのかは、あえて聞かないことにした。
聞いたところで答えてくれるとは思えなかったし、万が一俺が把握していないとまずいことなら自分から説明しているはずだ。
少なくとも、その必要が生じるまでには。
「よし、二人以外は日没までに現地集合でいいな? それともう一つ、参加予定の皆に質問だ。これは別に深刻な問題じゃないんだが……念のため、日没までの間はどこで何をする予定なのか教えておいてくれ。もしものときには迎えに行きたいからな」
室内の空気がにわかに緩む気配がする。
慣れない町での行動は予想外の事態が付き物だ。
誰かがもし集合時間までに現れなかったとき、フラクシヌスかその従者にどこそこで何々をしているはずだと伝えれば、きっと有益な助言が得られるだろう。
このときに『どこで何をしているか分かりません』と告げたところで、あちらも困るだけに決まっている。
「とりあえず、私とガーネットはドワーフの鍛冶工房の見学だよね」
「俺とルーク団長もですよ」
エゼルとエディの予定は昨日の時点で既に把握している。
本業を武器屋とする者として足を運んでおきたいと思っていたところに、ちょうどエゼルも同じ誘いを持ちかけてきたのだ。
……そのときに、ガーネットと同じ部屋で寛いでるところを目撃されてしまい、あらぬ誤解を受けそうになってしまったが。
「私は管理者との対面に備えて準備をしておきます。情報を改めて整理しておいた方が良さそうなので」
そう答えたのはヒルドだった。
彼女にとっては今夜の予定こそが本番、今回のダンジョン探索において最も力を入れるべき瞬間なのだ。
「ふむ、私はどうしましょう。個人的な予定を考えていませんでした。部屋に引きこもって無為に時間を潰すのも勿体ないですし、ルーク殿に同行でも……」
「あっ……そ、それ、なら……お願いが……」
不意にノワールが声を絞り出してサクラに話しかけた。
「に、人間の……居住区、を……見に、行きたい、んだ……単独、行動は、駄目……だから……一緒に……」
「人間の居住区ですか? 私は構いませんが、それは大丈夫なのでしょうか」
サクラが俺に向き直って確認を求める。
恐らく、サクラが気にかけている問題点は二つあるはずだ。
一つはアスロポリスのルール。
この町の内部では、無許可の私闘と諜報活動が禁じられている。
他人に質問をすること自体や情報収集全てが許されないわけではなく、あれこれと細かい基準があるようだが、人間の居住区を見に行くのが抵触しないか心配なのだろう。
もう一つはアルジャーノンのスタンスだ。
真偽はともかく、奴は人間の先住者達が俺達との面会を望んでいないと主張していた。
にもかかわらず偵察紛いのことをすれば、あちらに糾弾の口実を与えやしないかと考えているのだろう。
俺は少しばかり考え込んで、これまでにフラクシヌスから仕入れた諸々の情報を頭の中で再確認した。
「……遠巻きに様子を見るだけなら問題ないはずだ。でも使い魔は飛ばさない方がいいかもな。アルジャーノンも散策の途中で偶然立ち寄った程度なら文句は付けられないだろ」
「ほ、本当、か……?」
「念のために後で御使いの誰かに確認しておくよ。それはそうと……やっぱりブランのことが気になるのか?」
強く息を呑んで口籠るノワール。
彼女がアスロポリスの人間の居住区を見に行きたいと思う理由など、それくらいしか思い浮かばない。
アルジャーノンが従えているという『ブランを名乗る、ノワールに似た外見の何者か』――それが本当にブランなのか、もしも本物ならどんな状態になっているのか。
一刻も早く把握したいことだらけで気が気でないに違いない。
「ご……ごめん……や、やっぱり、ルーク、に……こんな、こと……言う、のは……」
「構うものか。肉親が気になるのは当たり前だろ? それにお前やファルコンのときにも言ったかもしれないけど、生きて償わせることができるなら、それに越したことはないんだ」
俺が率直にそう伝えると、ノワールは前髪の下で目を丸くしながら顔を上げた。
「怪我の功名とはいえ丸く収まった恨み辛みに、いつまでも拘っていられるほど暇じゃないしな。あいつが健在なら、捕まえて銀翼に引き渡さないとなとは考えちゃいるけど、個人的にどうこうするつもりはないね」
ちょっと皮肉っぽく言ってみたところ、最後列で静観していたダスティンが、失笑だとばかりに鼻で笑ってきた。
俺には分かる。
あいつは今、発言内容そのものじゃなくて、俺の気取り損ねた喋り方を小馬鹿にしたのだ。
こういう場面でちょっと格好をつけて何が悪い。
お前なんかと違って、こっちは息をするような自然さで斜に構えたりはできないんだ。
思わずムッとしてしまったのを押し隠しながら、嬉しさと困惑と驚きに戸惑うノワールにもう一度言葉を向ける。
「だけど一つだけ約束してくれ。勝手に先走ったりは絶対にしないこと。行動を起こすときは俺達に相談して、皆で解決しよう。いいな?」




