第395話 進展の兆し
冒険者のための駐屯地を紹介された翌日、俺は冒険者側のリーダーであるロイを引き連れ、改めて管理者フラクシヌスのところへ赴いた。
ロイの他の同行者は、護衛のガーネットとパーティ内で責任ある立場を担う数名の冒険者だ。
「はじめまして、管理者フラクシヌス。この度は御拝謁の機会を頂きありがとうございます」
俺の紹介を受けたロイがフラクシヌスと形式的な挨拶を交わす間に、さり気なく大議事堂全体に視線を巡らせる。
前に俺達が対面したときとは違い、今回は何人かの評議員も同席していた。
評議員は各種族ごとに一人と聞いていたが、それにしては人数がかなり少ないので、ここにいるのはほんの一握りなのだろう。
問題は、この顔触れの中にアルジャーノン評議員が当然のように混ざっていることだった。
奴も正式な評議員の一員なので、大議事堂で何かをするときに顔を出すのは、ごく当たり前の職務の一環ではあるはずだ。
しかしそれにしてもタイミングが悪い。
できることならこの機会を利用して、約束通りにフラクシヌスから古代魔法文明の情報を教わり、アルジャーノンの動向の怪しさを伝えたことに対する反応を引き出したいと思っていた。
だが、さすがにアルジャーノンがいるところでは避けたいところだ。
後者の用件は問題外だし、前者もこちらの事情や手札を晒してしまうことになりかねない。
あの男と『真なる敵』の関係性がはっきりしない限り、なるべくこちら側の情報は与えたくなかった。
「(自然に人払いしてもらえたら助かるんだが……それも難しいか。秘密の話をしなければならない理由がありますって自白するようなものだ)」
ガーネットと目配せをし合って、お互いに同じ感想であることを確かめる。
フラクシヌスの休眠という致し方ない事情で待たされていた情報提供の機会は、今回もまた先延ばしになりそうだ。
「管理者殿。ちょっとばかり喋ってもいいかい?」
突然、大議事堂の椅子に腰掛けていたアルジャーノンが、挙手をして発言の許可を求めてきた。
『……手短にお願いしますよ』
「ありがてぇ。もう聞いてるかもしれねぇが、一応は自己紹介だ。俺はアルジャーノン。このアスロポリスで人間という種族を代表する評議員をやっている」
「ええ、お話は伺っております」
ロイは至って平静にアルジャーノンの方へ向き直った。
あの男については既に情報共有済みだ。
かつてガンダルフ率いる魔王軍を破った『真なる敵』や、王都を騒がせロイも調査に携わった夜の切り裂き魔との関係が疑われることも教えてある。
だから、ロイがあの男とのやり取りでヘマをする恐れはないだろう。
「じゃあ話が早い。人間代表の評議員として、お前さん達の政治的な手続きだのなんだのっていう面倒事も、代わりに俺が引き受けてやるから、必要になったらいつでも言ってくれ。当然の務めって奴だ」
なるほど、そう来たか。
評議員の立場を利用して、俺達に首輪と手綱を付けて管理下に置きたいのだろう。
「大変ありがたい申し出ですけど、自分達はアスロポリスに定住するわけではありませんから。評議員を介して希望を通すというのは、間接的にアスロポリスの政治に関与するということでしょう? 一時の滞在者には過ぎた行いです」
ロイが辞退の意志を明確にすると、他の評議員の何人かは感心した様子を見せた。
俺達とアルジャーノンの水面下の関係を知らない種族にしてみれば、定住者ではないという立場を理解した謙虚な振る舞いにでも見えたのだろう。
「……そうか。もしも気が変わったらいつでも言ってくれよ」
アルジャーノンが差し障りのない反応を返して退いたところで、ロイがすかさず踏み込んだ問いを投げかける。
「ところで、アスロポリスにご在住の人間の方々は、どのような経緯でここにやって来たのですか? 地上の記録にはないものですから、是非ともお会いしてお話を聞きたいと思っているのですが」
これについては、以前蜥蜴人の評議員のエヴェルソルに尋ね、アルジャーノンがこの第二階層に下りてくるときに連れていた者達だという回答を受けている。
その裏取りを――あるいは言質を本人から直接取ろうというわけだ。
「ああ、俺が引き連れてた連中さ。あんま大きな声じゃ言えねぇんだが……入口の監視が甘いのをいいことに、冒険者じゃねぇ連中を山程連れてこっそり忍び込んだんでな」
アルジャーノンは気まずそうな表情を浮かべ、言葉を選びながら返答を続けた。
「ま、そんな話に乗っかって雇われる奴らは、後ろ暗い事情があるとか脛に傷持つとかいうのが珍しくなくってな。お前さん達が来たことも教えたんだが、会いてぇって答えた奴はまだ一人もいねぇんだよ。その辺の事情も汲んでくれると嬉しいんだが」
「……でしたら、この話はまた今度にしましょう」
本当かどうかはともかくとして、この場でそれ以上の追及をするのは難しい返答だった。
今回のやり取りは、こちらが少々有利な引き分けといったところだろうか。
エヴェルソル評議員からの情報と同じ内容を、アルジャーノンの口から引き出せただけでも収穫だ。
そうしているうちに、冒険者側と管理者フラクシヌスの会話と意見交換が終了する。
『――大変申し訳ありません。そろそろ予定の時間です。大議事堂を別の用途で使わなければなりませんので……』
「分かりました。お時間を割いて頂き、ありがとうございます」
後ろ髪を引かれる思いで大議事堂を後にする。
俺とガーネットは期待した成果がお預けになって残念に思っていたが、ロイはフラクシヌスの神秘的な姿を目の当たりにした興奮が薄れていないようだった。
「お話には聞いていましたけど、実際に見るとやっぱり驚きますね。一体どんな原理で人格を繋いでいるのでしょうか」
「俺達も最初に見たときは驚いたな」
管理者フラクシヌスは種族としては樹人に分類されるそうだが、今は物理的な肉体を持たない存在だ。
大樹の内側をくり抜くように設けられた大議事堂の最奥の壁……その更に奥で光を放つ魔力の塊がフラクシヌスという魔族の自我を保持し、魔法的な手段によって外部を知覚し声を響かせている。
意欲と知的好奇心溢れる冒険者が聞けば、その姿を見たいがために大陸を横切ってグリーンホロウを訪れてもおかしくない代物だ。
失ったのか自ら捨てたのかは分からない。
その辺りも古代文明の昔話と一緒に聞けたかもしれないが、今回もまた我慢の一手だ。
「ルーク・ホワイトウルフ様」
「ガーネット・アージェンティア様」
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、フラクシヌスの御使いである双子のような年若い樹人が行く手を塞いだ。
「フラクシヌス様からの言伝です」
「日没後にもう一度、大議事堂までお越しください」
「約束を果たす時だと仰っておりました」
「返答をする時だと仰っておりました」




