第393話 その頃のグリーンホロウ 後編
「いやぁ、随分と賑やかじゃねぇか! 山ん中の町だっていうから正直不安だったけどよ、これなら退屈しそうにねぇな!」
「あんたは単純でいいなぁ。酒さえあれば満足なのかね。おじさんは海がないだけで気が滅入るっていうのに」
ギルドハウス兼酒場に入ってきた二人の男は、正反対のリアクションを見せながらカウンターの方へと歩いてきた。
騒がしい方は生まれつきと思しき濃褐色の肌をした男で、筋肉質な体を誇示するかのように、服の前を開け放った格好をしている。
もう一方の憂鬱そうな方は、元々色白だが日焼けをして色が濃くなったといった雰囲気で、少なくともマークより一回りは歳を食った容貌をしていて、どことなく疲れ切った空気を漂わせている。
どちらも色の濃い肌をしているが、前者と比べると後者の色合いはかなり薄めだ。
騒がしい男はマリーダの姿を認めると、ひときわ上機嫌になって駆け寄ってきたが、カウンター席のマークの存在に気がつくとそちらに意識を振り向けた。
「おおっ! マークじゃねぇか! お前マジでこっちに来てたんだな! 知った顔があるのは嬉しいぜ! だけどお前が東方を離れるってことは……まさかヘマでもやらかして追い出されたか?」
「チャンドラー……そんなわけないだろ。というか、ひょっとして赤羽からの派遣はお前か? 誰の人選か知らないけど、後で抗議を入れとかないとな」
勝手知ったる態度で遠慮のない言葉をぶつけ合うマークと褐色肌の男を前に、エリカは怪訝な顔をしてひそひそとマークに囁きかけた。
「えっと、知り合い?」
「一応は」
不本意な面識であるという響きをたっぷり込めながら、マークは先程から騒がしいこの男をエリカ達に紹介することにした。
「赤羽騎士団のチャンドラーだ。信じられないかもしれないけど、それなりに格のある家柄の騎士なんだ。本当に信じられないことにな」
「それって確か、メリッサの親戚の東方系が所属してるっていう? 全然それっぽくないような……」
「当然。赤羽騎士団の任務は南方鎮護。ウェストランド大陸の南にある南方諸島に対する警戒や、その辺りを通過する貿易船の護衛が仕事だ。南方系の構成員の比率もかなり高いんだよ」
エリカの言う通り、東方大陸に起源を持つアカバネ一族は赤羽騎士団の創始者ともいえる家系だ。
しかし団員を身内だけに限定している竜王騎士団とは異なり、他の騎士団と同様に団員を広く募っているので、東方大陸系の構成員はごく一部に過ぎない。
比率としてはむしろ、南方諸島の血を引く南方系や、移住してきた南方人が最も大きいとすら言えるだろう。
「でもさ、知り合いなんだよな? 東方担当の紫蛟と南方担当じゃ、物理的に管轄が離れすぎてないか?」
「そうでもないんだ。東方大陸と取引する船は、大陸を南回りに半周する海路を通って、王都の周りと向こうの大陸を行き来するからな」
「あー……任務の内容的にはお隣さんなわけだ……そりゃ顔見知りになってもおかしくないよな」
歯に衣着せぬ言い方をすれば、この大陸の東方はウェストランド王国の中でも辺境にあたる。
道路網は貧弱で大きな町も少ないため、物資の流通は陸路よりも南回りの海路の方が重視されてしまう。
結果として、大陸の東端を担当する紫蛟騎士団と、南端を担当する赤羽騎士団は、貿易船の警護という任務を互いに引き継ぎ合う密接な関係になっているのだ。
ちなみに残る西端を担当する騎士団は藍鮫騎士団という。
王国を支える南回り航路は三つの騎士団の連携で守られているのだ……と言えば聞こえはいいのだが、実際は西に行くほど重要度が高く、騎士団の規模もそれに比例しているのが現実であった。
「おいおい、蚊帳の外とは寂しいじゃねぇか」
そんな会話をひそひそと交わしていると、話題から置き去りにされていたチャンドラーが自分から割り込んできた。
「つーか、お前も隅におけねぇな。こんなに大勢の綺麗所、どうやって知り合ったんだ? 羨ましいぜ、まったく」
軽薄なチャンドラーの発言に、エリカは明らかに不慣れな様子で警戒心を露わにし、客商売の看板娘であるシルヴィアとマリーダは慣れた態度で受け流している。
酔ったアレクシアはそんなこともありますよと惚けた返事をして笑い、そして生真面目なレイラは完全に聞かなかったことにして食事を続けていた。
「……新団長が武器屋を本業にしてることは知ってるだろ? そちら側の関係者だよ。今日はたまたま出くわしただけだ」
「げっ、それじゃ声を掛けるのは諦めるしかねぇな。団長の女に手を出して飛ばされたとかいう、そこのおっさんの二の舞にはなりたくねぇわ」
チャンドラーの視線の先では、一緒に入ってきたもう一人の騎士が、店の隅でちびちびと酒を飲んでいるところだった。
「ちょっと待った。濡れ衣だって言ってるじゃないのさ。おじさんはそんなことしてないし、懲罰で派遣されたわけじゃないからね? だいたい、島流し先みたいに扱ったらこっちの団長さんにも失礼でしょ」
マークは何も言わずにチャンドラーへ目を向け、詳しい説明を求めた。
「こっちに来る馬車の中で愚痴ってるのを聞いたんだよ。あっと、そこのおっさんも白狼騎士団に派遣される騎士だ。藍鮫騎士団のユリシーズだったかな」
「これで南回り航路担当の騎士団が勢揃いか。意外と早く揃ったな」
ユリシーズに対するフォローはプロであるマリーダにお願いして、マークはとりあえずチャンドラーから詳しい話を聞き出すことにした。
「来たのは二人だけなのか。他には?」
「あー……詳しくは知らねぇんだが、やたらと不気味な奴らが乗り合わせてたな。しかも銀翼の騎士の護衛付きだぜ」
「……? どこの誰か聞かなかったのか」
「気味が悪かったからな。目的地がグリーンホロウだってことは自分で言ってたし、銀翼の連中がくっついてんなら、少なくとも危険人物って線はねぇんだ」
確かにそれはそうだ。
治安維持を司る銀翼騎士団は、兄がホワイトウルフの家名を授かる前にされていたように、要人護衛も任務の一部に含まれている。
裏を返せば、チャンドラーが言うところの『不気味な連中』は、銀翼騎士団が護衛の必要を認める人物というわけで、グリーンホロウに害を為す輩であるとは考えにくい。
犯罪者や危険人物の護送であるなら、大型馬車に相乗りしたと思しきチャンドラーが、警備の物々しさやら何やらに気が付かないはずがない。
「護衛されてたのは二人だ。どっちも気色悪いくらいに肌を隠してやがってな。片方はめちゃくちゃ身なりがいいくせに、頭を丸ごと白い覆面で覆っていて――」
チャンドラーがそう説明した途端、これまで会話を聞き流していたレイラが唐突にスプーンを取り落し、赤い目を見開いて驚きに満ちた顔を向けてきた。
「銀翼騎士団……白い覆面……それってまさか……!」
――マーク・イーストンが所用のために立ち去ってしばし。
正規所属の団員として、白狼騎士団本部にただ一人残ったソフィアは、応接室で奇妙な風体の客人に応対していた。
一人は奇怪な飾りの多いローブで全身を覆い、シンプルに図案化された瞳の模様を染め抜いた前垂れで顔を隠した、魔術師然とした人物。
もう一人は、整った身なりに白手袋と白覆面で素肌を覆い隠した貴人。
正規の書式に則った紹介状を受携えていなければ、不審人物として即座に排除されていてもおかしくない二人を前に、ソフィアは落ち着いた態度で会話を切り出した。
「お初にお目にかかります。ヴァレンタイン・アージェンティア様。銀翼騎士団を率いる一族の方がお越しになるとは、想像もしておりませんでした」




