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第392話 その頃のグリーンホロウ 中編

 その後、マークは依頼用の書類を納めた封筒を手に、グリーンホロウ・タウンのギルドハウスへと足を運ぶことにした。


 日没が近い夕暮れ時の町を歩いていると、町の住民や冒険者、そして旅行者達に混ざって、警邏中の銀翼騎士団の構成員の姿も目に入る。


 グリーンホロウ・タウンは、ダークエルフの魔王ガンダルフ率いる魔王軍との戦争の最前線付近に位置し、現在も魔王軍の追撃やダンジョンの探索を行う者達をバックアップする重要拠点として認識されている。


 しかも最寄りのダンジョンが古代魔法文明との関連を指摘されており、その重要性は右肩上がりを続けていた。


 このため、銀翼騎士団もそれなりの規模の人員を派遣し、現地の治安維持に努めているのだ。


「さてと……確かあそこだったか」


 ギルドハウスは町の酒場に併設されており、夕食時というのもあってか、冒険者のみならず一般人の客の姿も目立っている。


 それゆえか、マークが店内に入っても先客達は気に留めず、にぎやかな夕飯を楽しみ続けていた。


 この建物を訪問したのはいつ以来だっただろうか。


 ギルドに個人的な依頼を出すことはなかったし、食事も騎士団本部を含めた他の場所で済ませてきたので、着任直後に町の主要施設の案内を受けたときが最後かもしれない。


 とりあえず依頼の受付カウンターに行こうとしたところ、その近くのカウンター席で、見知った女性陣が夕食を取っている場面に出くわした。


「あ、マークじゃん。ここで会うなんて珍しいな」

「エリカ? それとホワイトウルフ商店のスタッフと、後は……こっちこそ珍しいと言いたくなる顔が」


 マークから見てまず手前にいたのは、薬師のエリカだった。


 年齢や立場の差はある相手だが、以前の任務で地下に潜ったときに多少なりとも打ち解け、それからは仕事のときを除いて砕けた態度で接し合うようになっていた。


 その隣に座っているのは、ホワイトウルフ商店の店員ではない。


 町で最も大きな宿屋にして、白狼騎士団の厨房や清掃などを取り仕切る、春の若葉亭の看板娘であるシルヴィアだ。


 マークが『ここで会うのが珍しい』と思ったのは彼女のことだ。


 普段顔を合わせるのは騎士団本部であり、また春の若葉亭は評判のいい食事処でもあるので、そんな宿の看板娘が別の店で食事を取っていることに妙な違和感があった。


「あれ? マークさん、エリカと仲いいんですか?」

「仕事のついでに交流を持つ機会がありましたからね。それ以上でもそれ以下でもないですが。ところで、春の若葉亭の看板娘も酒場に来たりするんですか」


 本部で色々と世話をしてくれる外注業者でもあるためか、マークはエリカと同い年であるシルヴィアに対して、自然と業務的な口調を取っていた。


 質問をしながら、視線をさり気なく隣の席へと動かしていく。


 そこにいるのは機巧技師のアレクシア。

 各騎士団にとっては、ホワイトウルフ商店の従業員であるという以上に、腕利きの機巧技師として仕事を依頼することが多い相手だ。


 また、今ここにいる女性陣の中で唯一年齢が二十歳を越え、保護責任者といっても差し支えない立場にある人物でもある。


「え? 嫌だなぁ、何ですかその視線は。別に悪い遊びを教えてるわけじゃないですよ?」

「……ここまで酔ってなかったら説得力もあったんですがね」


 アレクシアは酔いに顔を赤くして、陽気な態度でひらひらと手を振っていた。


 片手に持っているグラスの中身は度数の高い蒸留酒か。


 このウェストランド王国では、一般的に十五歳から社会に出るようになり、度数の低い酒を飲むことも認められるが、この段階ではまだ未熟者、子供と大人の中間の扱いを受けることが多い。


 蒸留酒など、いわゆる強い酒が許されるのは十七歳からで、この辺りからだんだんと一人前の大人と認識されることが多くなっていくものだ。


「違います。こっちで食べたいって言ったのは私ですよ」


 シルヴィアが困ったように笑いながら、マークの邪推を否定した。


「うちの料理の評判が高いのは嬉しいんですけど、毎日ずっと食べてると飽きが来ちゃいますから。たまには違うところで食べたくなるんです」

「なるほど、そういうものですか」

「それに、ここの看板娘は私の友達ですし。たまには売上に貢献してあげなきゃって思いまして」


 わざとらしく真面目ぶったシルヴィアの発言を受けて、カウンターの向こうにいた女性がころころと笑った。


「あはは! ちゃんと繁盛してるって。むしろお客が多すぎて大変なくらいだってば」

「まぁ、そうだよね。冒険者の人達が増えてきて、観光客も回復してきて。戦争が終わったときはそろそろ落ち着くのかなって思ってたのに」

「最初の頃に、できるだけ長続きしてほしいなぁとか思ったのが嘘みたいだよねぇ。ダンジョンもどんどん深いところが見つかってるっていうし」


 友人同士の少女達の会話とは思えない内容のやり取りだ。


 何というか、これはただの偏見かもしれないが、実に()()()()()色気がある女性である。


 前に紫蛟(しこう)の先輩騎士から()()に誘われたときにも、こういう雰囲気の女性が接客をしていたのを覚えている。


「正直、意外ですね。シルヴィアさんにこういう歳上の友人がいるとは」

「……? マリーダは同い年ですよ?」

「そうだよー?」


 小首を傾げるシルヴィア。

 マークは失言と読み違いを察して視線を逸らした。


 しまった、人並み外れて大人びた雰囲気の少女だったか。

 シルヴィアと同い年ということはエリカとも歳が同じということだが、にわかには信じられない事実である。


「ところで」


 アレクシアよりも更に奥の席から、ほろ酔いすら感じさせない冷静な声が投げかけられる。


紫蛟(しこう)騎士団のマーク卿がお一人でどうしたんですか?」


 発言の主は黒髪に特徴的な赤い瞳を持つ少女だった。


 この瞳について知らぬ騎士はほとんどいない。

 近衛兵団たる竜王騎士団を構成する一族――その血を受け継ぐ者の証である身体的特徴だ。


 彼女は確かベアトリクス・レイラ・ハインドマン。

 ハインドマン姓のベアトリクスという女騎士が別にいるので、ここではミドルネームのレイラで通しているのだったか。


「騎士団本部の雑務を依頼しにきただけです。それとついでに食事も済ませてしまおうかと思ったのですが……」

「あっ、じゃあここで受付しちゃおっか。移動してもらうのも手間だしね」

「席ならここ空いてるぞ。他はだいたい埋まってるんじゃないか?」


 本来の用件を切り出した途端、依頼書類はあっさりと看板娘のマリーダの手に渡ってしまい、エリカからは隣の席に座るよう促されてしまった。


 女ばかりの食事に混ざる勇気はなかったが、かといって同席を勧められて断る勇気はもっと持ち合わせていない。


 マークはしばらく逡巡した後、諦めてエリカの隣の椅子に腰を下ろすことにした。


 料理を注文して完成を待っていると、露骨に酩酊したアレクシアがエリカの肩に腕を置き、その頭越しに話しかけてきた。


「そういえば、マーク卿はルーク君の弟なんですよね? 名字がホワイトウルフじゃなくてイーストンなのは、やっぱり別々に叙任されたからですか?」


 アレクシアの重みに押されたエリカがマークの側に傾いてきて、マークがそこから距離を保とうとしたことで、三人揃って妙な角度になっていく。


「……ええ、ですね。一般人出身の騎士は新たに家名を賜りますが、兄と自分はそれぞれ個別の扱いです。自分は騎士団長から家名を頂きました」

「てことは騎士団長の養子に?」

「いえ、同じ家名を名乗る許可を頂いただけで、養子に入ったわけでは……この辺りの説明は少々長くなるのですが……」


 これはいわゆる紫蛟(しこう)騎士団特有の風習という奴なので、部外者に詳しい説明をするのは少々面倒だ。


 とにかく態勢を元に戻そうとしていると、酒場の扉が開かれて、新たな客が入ってきた。


 マークは何気なくそちらに視線を向け――そして察した。


 やって来たのは一般人でもなければ冒険者でもなく、ましてや町に駐屯した銀翼の騎士ですらなく、本来ならこの地に訪れるはずのない騎士団の一員であると。

https://kadokawabooks.jp/product/syuuhukusukirugabannnou/321908000169.html

11/20付で書籍版第3巻の書影が公開されました。

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https://manga-park.com/app
https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[良い点] マークが何か大人の階段登ってる感。 彼は養子に入ってたわけではないんですね。 擬似家族、家父長制の任侠一家みたいな騎士団かとも思ってましたが
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