第389話 赤裸々な本音
その後、俺達は駐屯地の樹木の中に入り、急ぎ用意してもらったシャワーで体を温めることになった。
欲を言えば熱い風呂に浸かりたいところだったが、そのための設備がまだ用意されていないので、個別の部屋に備え付けの既存のシャワーを利用することになったのだ。
脱いだ服をヒーティングのスペルスクロールで乾かしている間に、木の香りに満ちた個室に入ってお湯を出す準備をする。
「ええと、こっちが水でこっちが熱湯、量を調節していい具合に……っと」
二種類の水流の比率を弄り、適度な温度に近付けていく。
そうして準備を終えたちょうどそのとき、個室のドアが外から開けられて、さも当然のように裸体のガーネットが入り込んできた。
「邪魔するぜ。おっ、いい感じじゃねーか」
「のわあっ!? 何考えてんだお前!?」
「まぁまぁ、落ち着けって。ちゃんと理由はあんだよ」
ガーネットは頭一つ分よりも更に高い位置にある俺の顔を見上げながら、お互いに一糸まとわぬ姿である現状を、全く気にしてないと言わんばかりの素振りで笑っている。
しかし、その白い肌は頬どころか耳までしっかりと赤らんでいた。
「オレも最初は別の部屋で浴びようと思ったんだけどよ、そこら中の部屋で一斉に熱いシャワーを使い始めたせいで、お湯の供給が間に合わねぇからしばらく待ってくれって言われちまったんだ」
「……順番待ちが嫌だから俺のとこに来たと」
「そういうこと。ほらこっちにもよこせよな」
シャワーを向けろと腕を引っ張られたので、望み通りに顔面から浴びせかけてやる。
最初は両目をぎゅっと瞑って顔をしかめたガーネットだったが、すぐに慣れてきた様子で自分から首を動かし、まるで撫でられる猫のように浴びる角度を変え始めた。
いや、猫は水が苦手だから、この場合は犬に喩えるべきだろうか。
大勢が一度に利用するとお湯が足りなくなってしまうのは、この駐屯地の給湯システムの都合上、どうしても避けられない問題である。
それぞれの建物で個別に水を加熱しているわけではなく、一ヶ所で大量の湯を沸かして各所に分配しているので、大勢が同時に使えば現時点で用意できているお湯が一気に無くなってしまうのだ。
外部から熱湯を引き込んでいるという点ではグリーンホロウの温泉宿と同じだが、天然の源泉を擁するあちらとは貯蔵量があまりにも違いすぎる。
……さて、俺がさっきからこんなどうでもいい考察に思考を割いているのは、他の思考を頭から追い出すためでもある。
ガーネットが至近距離で俺を見上げているということは、俺がこいつの方を見れば至近距離で見下ろしてしまうことになる。
お互いの格好を考えれば、婉曲的に言って非常によろしくない角度だ。
視線をさり気なく逸らし、思考を意図的に逸らし、これ以上妙な方向に行かないよう踏み留まり続ける。
「もういいな、交代だ」
「あっ! もう少しいいだろ」
「俺だってさっきから寒いんだよ」
今度は俺が頭から湯を浴びて体を温める。
冷たい夜風と湖水で冷え切った体に、シャワーから吐き出されるお湯の温かさがじんわりと染み込んでいく。
これはこれで悪くないのだが、やはりグリーンホロウの温泉が恋しくなってしまう。
浴槽にたっぷりと張られたお湯に肩まで沈め、全身をくまなく温めていく感覚は言いしれない幸福感があるものだ。
一年と少しの在住でここまで染まりきってしまう辺り、温泉にも何らかの魔力が秘められているんじゃないかと、半ば本気で考えてしまいそうになる。
「……んー……」
ガーネットがこっそり距離を詰めてくる気配がしたので、目を瞑ったまま頭のありそうなところに左手をかざして、がしっと掴んで防ぎ止める。
「ふぎゅっ」
「同時に浴びるとかは無しだぞ。色々とまずい」
「色々ってなんだよ、色々って」
わざとらしく聞き返してくるガーネットを黙らせるため、金色の頭にお湯を浴びせながら、髪をわしわしと軽くかき乱す。
柔らかい髪に細い体。
普段の振る舞いからは想像もつかない素顔のガーネット。
お湯を浴びせる位置を首より下に移して、俺は何気なくその頬に片手を添えた。
「……なぁ、ルーク。お前、最近ちょっと疲れてるだろ」
ガーネットは頬に手を添えられたまま、不意に深く切り込んでくるようなことを口にした。
ここで嘘をつく理由はないし、誤魔化したところでこの碧い瞳にはすぐ見抜かれてしまいそうだ。
「さすがに少しな。でも大したことじゃないさ。慣れない仕事ってのは普段以上に疲れるもんだ。武器屋の仕事だって最初はそうだったんだ」
「ん、ならいいけどよ。あんまり無茶はすんなよ。適度に休まねぇとぶっ倒れちまうぜ? 疲労には【修復】も【分解】も意味がねぇんだろ」
ガーネットは頬に触れた俺の手にそっと自分の手を重ね、柔らかく微笑みながら目を閉じた。
「今回の案件が一段落したら、地下のことはロイに任せて、当面は武器屋の仕事に専念しようか。あんまり長引くとエリカやアレクシアに悪いしな」
「ん? この状況で他の女の話か?」
冗談めかした口調でそんなことを言いながら、ガーネットは愉快そうな笑みを零す。
本気で咎めているわけでは決してないのだろうが、言われた方としては思わず身構えてしまう。
「まぁまぁ……それと、お前にも何かしてやりたいところだな。あんまりそれらしいことができてないし、ひょっとしたらお前の目的の邪魔になってるかもしれないから……」
「あん? お前の何がオレの邪魔だって?」
全く身に覚えがないと言いたげに、ガーネットは片目だけ開いて俺を見上げた。
「……アガート・ラム。母親の仇探しだよ。こっちの事情に専念させっぱなしで、そっちの方は全く進んでないんだろ」
「何だ、んなこと気にしてやがったのか」
ガーネットは頬に添えられていた俺の手を握って顔から離すと、碧い双眸で俺の目をしっかりと見上げ、口の端をにっと釣り上げて笑った。
「あいつらは今も銀翼騎士団が追いかけてるんだ。俺が加わらなくたって、いつか進展はあるに決まってるだろ。それまではこのままでいいんだよ」
言葉にして告げられることはなかったが、この発言の裏には、もしも進展があればそちらを優先したいという思いがあるように感じられた。
だが、それに対する俺の反応は、ずっと前から変わらず決まっている。
「そのときは俺にも協力させてくれ。やれることは何でもやるからさ。いずれは赤の他人じゃなくなるんだからな」
「……へへっ、ありがとな。そうこなくっちゃ」
ガーネットは元から近かった距離を密着寸前まで詰めてきて、俺の胸板にこつんと額を当て、心の底から嬉しそうにそう言ったのだった。




