第386話 ここに至るまでの全て
今回の内容はだいたいこれまでのおさらいです。
長くなってきたので定期的にやらないと、書いている方も忘れそうになってしまうので。
「急に集まってもらって悪かったな。すぐにでも話しておきたいことがあるんだ。具体的には……アスロポリスの人間の評議員についてだ」
無論、議題とはキングスウェル公爵とアルジャーノン評議員の件である。
しかし店員でも団員でもない面々も――具体的にはエゼル姉弟とダスティンだ――同席しているので、まずは基本的な情報から再確認をしておくことにする。
――事の始まりは、ウェストランド王国による大陸統一の前にまで遡る。
現在『奈落の千年回廊』の正規入口がある場所は、陛下が直接治める王宮直轄領になっているが、統一に伴う領地再編成の前は歴代キングスウェル公爵の領地に属していた。
当時から難易度が高いだけで得るものがないダンジョンと認識され、知恵者と呼ばれる神格を信仰する人々以外からは重視されなかったその迷宮に、どういうわけか現公爵の兄が……即ちアルジャーノン評議員が魅せられてしまったのだ。
アルジャーノンは家を継ぐことよりも迷宮の独自調査に熱中し、そのために先代公爵から見限られてしまい、家督は弟の現公爵が継ぐことになった。
その後もアルジャーノンは研究を続け、大陸統一や領地替えといった事件も無視してただひたすらに没頭し、遂には『奈落の千年回廊』の探索中に消息を絶ってしまった――
「これと前後して、『奈落の千年回廊』の奥からウェストランド王国に救援要請が届いたんだ」
「魔王ガンダルフの脅威を訴えるドワーフの要請……ルーク殿が勇者ファルコンに雇われて迷宮に潜った理由ですね」
「ああ。それから色々あって迷宮の奥で置き去りにされて、どういうわけか【修復】スキルが進化したおかげで生還したんだが……公爵にとって、俺の生還はとても無視できる案件じゃなかったそうだ」
――アルジャーノンは大量の研究資料と荒唐無稽な仮説を残して消息を絶ったが、公爵家はそのどちらも重要視せず、適当に保管するだけで王宮に報告することもなかった。
その仮説があまりにも常識外れで、真面目に公表すれば逆に正気を疑われかねない内容だったからだ。
ところが、迷宮から生還した俺のスキルが進化していたという事実は、アルジャーノンの荒唐無稽な仮説の一部を裏付けてしまう可能性があった。
公表が躊躇われる仮説ではあるものの、もしも報告しなかったことが王国の不利益に繋がれば、それはそれで政敵に攻撃の大義名分を与えてしまう。
そこで公爵は、どちらに転んでもいいように備えることにした。
俺に適当な容疑を掛けて銀翼騎士団の監視対象にし、兄の研究については誰にも打ち明けることなく、何かがあっても迅速に対応できる態勢を人知れず整えさせたのだ。
もちろん俺にとっては迷惑千万この上ない行為だったが、結果的には魔王軍の企みを早期発見することに繋がり、被害を最小限に食い留める結果になったのである――
「ここまではいいんだ。公爵の自己保身が怪我の功名でいい方向に転がっただけだからな。問題はそれと同時期に起きていた事件……王都における連続バラバラ殺人、夜の切り裂き魔事件の真相が繋がってしまったことにあるんだ」
――夜の切り裂き魔事件。王都を騒がせた連続猟奇殺人。
国王陛下のお膝元での残虐事件ということもあり、捜査は自ずと大規模なものとなって、冒険者ギルドからもAランク冒険者の百獣平原のロイが派遣されるほどだった。
結局、俺とガーネットも巻き込まれた大騒動の末に、真犯人は人間に偽装された高度な自律人形であったと判明した。
人間と見分けがつかない振る舞いをする自律人形だなんて、どう考えても現代の人間の技術を凌駕する代物だ。
これだけでもかなりの驚きであったのだが、後にもっと信じられない事実が明らかになった。
夜の切り裂き魔事件の犠牲者全員が、実はアルジャーノンに雇われて『奈落の千年回廊』に潜ったことがある冒険者ばかりだったのである――
「ここに至るまでの様々な情報を統合すれば、夜の切り裂き魔を送り込んだ黒幕と、かつて魔王軍を敗走させた『真なる敵』は同一勢力の可能性が高い。そして……」
「つまりこういうことだろう」
これまで静かに説明を聞いていたダスティンが、鋭い声で途中で口を挟んでくる。
「冒険者の情報を『真なる敵』に与えたのは、他ならぬアルジャーノン本人の可能性がある。かの人物はダンジョン探索中に『真なる敵』に捕らえられ、情報を吐かされたのではないかと考えられていた……違うか?」
「……さすがに理解が早いな。それとも最初から知ってたのか?」
ダスティンからの返答は特になかったので、俺はとりあえず説明を再開させることにした。
――白狼騎士団が任務を引き継いだ段階で、最も有力視されていた仮説はこうだ。
いわゆる『真なる敵』は『奈落の千年回廊』に隠された何らかの秘密を守りたがっていたが、手前に広がる『魔王城領域』を魔王軍に抑えられていて様子が掴めず、やむなく別ルートから地上に手勢を送り込んで情報収集をしていた。
その最中に、自力で『魔王城領域』を突破したアルジャーノンを捕らえ、彼が『奈落の千年回廊』を調査していた事実を把握。
口封じのため、彼から聞き出した冒険者達を夜の切り裂き魔に殺害させていた……という仮説である――
「ところが肝心のアルジャーノンは、囚われの身どころか中立都市の評議員に収まっていたというわけだ。しかもノワールが言うには、死んだと思われていた白魔法使いのブランを従えているかもしれないらしい」
「これまでの前提がひっくり返っちゃうかもしれないわけだ。そりゃあ緊急招集もされちゃうよね」
勇者エゼルが納得顔でしきりに頷く。
従者のエディも真剣な態度で自分の意見を口にした。
「今後はアルジャーノン評議員の追及を活動の主軸にするのですか?」
「いや、最優先事項は人間の活動拠点をこの町に作ることだ。現状、俺達は何の足場も後ろ盾もない根無し草も同然なのに、相手は評議員という活動の土台をしっかり作っているわけだからな」
はっきり言って、今の俺達はアルジャーノンと比べてかなり不安定な状態にある。
真相の追及も必要不可欠だが、まずは足場固めを終わらせてからでなければ、まともに立ち回ることすら難しいだろう。
「合流予定の冒険者達と協力して拠点を発足させることを第一目標に据えつつ、並行してやれる程度の情報収集を進めよう。それに管理者フラクシヌスへの情報提供も済ませておかないとな」
アルジャーノンが自分に不利な情報を、管理者フラクシヌスに包み隠さず伝えているとは考えにくい。
俺達が別視点からの情報を……特に『真なる敵』との関係が疑われるという事実を伝えれば、フラクシヌスもアルジャーノンの扱いを変えることがあるかもしれない。
「ルーク殿。ブランに関しては如何しましょう。こちらも情報収集に留めるのでしょうか」
サクラが遠慮気味に、ノワールのことを気にかけながら質問を投げかけてくる。
「ああ、そうだな。肉親がいる前でこんなことを言うのは配慮に欠けるかもしれないが……ブランの姿をして、ブランの名前を名乗る奴がいたとしても、それが本当にブランであるとは言い切れないだろう?」
「……確かにその通りですね。たとえ肉体がブランのものだとしても、人格がブランのものだとは限りません」
「予断はできる限り排したいところだ。真贋も、生死も、なるべく先入観を持たないように情報を収集しよう」
質問をしたサクラだけではなく、ノワールも俺の発言をきちんと理解してくれたらしく、沈痛な面持ちで顔を伏せた。
外側と内側が一致しない――俺達はこれまでに、何度もそんな事例と出くわしてきた。
例えば、魔将ノルズリ。
奴は元々の屈強な肉体を戦争の中で失い、性別すら異なるダークエルフの肉体を代用品に使っている。
例えば、サクラの父親。
こちらもノルズリの仮初の肉体と同様、魔将スズリの器として利用されてしまっている。
例えば、夜の切り裂き魔。
あの人形達は実在する人間に似せた外装を施され、その人間に成り代わることで人間社会に潜伏していた。
アルジャーノンが従えているという『ブランを名乗る何者か』が本当にブランである保証はどこにもなく、死体を偽装のために利用されている可能性すら否定できない。
かと言って、生きているはずがないと思い込んで行動するのもまた危険だ。
なるべく先入観を持たず、ブランの名前と外見を持つ『何者か』の情報を集めるのが最善だろうというのが、この件に対する俺の考えである。
「最後にもう一つ。当面の間は最低でも二人以上で外出するようにしてくれ。俺達は腰を据えて準備を進めるつもりでも、向こうが焦って強硬手段に訴えないとも限らないからな」
念のための用心をしておくよう皆に伝え、俺は今回の会議の終わりを告げることにしたのだった。




