第383話 怒涛の如き新事実
「ええと、それでは次の質問を。アスロポリスには様々な種族が集まっているそうなのですが、彼らは元々どこで暮らしていたのでしょうか」
アスロポリスという名前は、地上の言語では避難所の町を意味すると聞いている。
町に住む多様な種族が、他の場所からの避難民や移住者で構成されているのなら、彼らが元々暮らしていた土地がどこか別にあるはずだ。
「『魔王城領域』……第一階層を下りてからここまで来る間に、魔族の集落らしいものは一度も目にしませんでした。魔獣が多い場所はともかく、そうではない丘の周囲も無人というのは、どうにも不思議でして」
「ふぅむ。貴殿らがやって来た経路というと……そういうことか」
エヴェルソルは鱗に覆われた蜥蜴頭の下顎を爪で軽く掻きながら、頭の中の知識を思い起こすように天井を仰いだ。
「順を追って話そう。この第二階層は、古来より様々な魔族の住まう土地であった。例外は二つ。まず、水に溢れた土地柄が肌に合わぬと言って、荒涼とした第一階層に住処を変えたドワーフの一団だ」
その一団が『魔王城領域』のドワーフの先祖であることは、改めて説明されるまでもなく明らかだった。
「無論、全てのドワーフが上に行ったわけではなく、同意しなかった一部は第二階層に残ってアスロポリスに移り住んだという。この町のドワーフは彼らの末裔だな」
「第一階層にドワーフ以外の魔族がいなかったのは、そんな理由があったんですね。侵略してきたという魔王軍は別としてですが」
ドワーフが後からの移住者だとすると、第一階層こと『魔王城領域』に最初からあったのは、豊富な地下資源と古代文明のゴーレムということになる。
ひょっとしたら、あそこはゴーレムの製造と材料の採掘を一手に担う、巨大な兵器工場のようなエリアだったのかもしれない。
その役割が意味を成さなくなって長い時間が過ぎ、乾燥した環境を好む魔物がそれと知らずに移住した――それなりに辻褄が合う推測ではないだろうか。
「貴殿らが通ってきた経路は、かつてドワーフ達が住んでいた場所。住居も引き払って移住したため何もない土地となり、その後も再度の開発はされず今に至るのだ」
「なるほど、納得です。魔族の集落が存在しないのではなく、かつて存在した跡地だったというわけですか」
疑問が綺麗に解消されて、心の底からすっきりとした気分になる。
それならアスロポリスに到達するまで、集落はおろか魔族の姿も見当たらなかったのも納得だ。
本来そこで暮らしていた住人達とは、とっくの昔に『魔王城領域』で遭遇していたのだから。
「さて、もう一つの例外なのだが……これも説明しておかぬわけにはいくまい。例外とは第三階層に住まうと伝えられる特別な集団のことだ」
「特別な集団……それは、具体的にどのような種族なのですか?」
「種族ではない。『王』である」
エヴェルソルの低く響く声に乗せて、決して聞き流すことができない単語が耳に届く。
「第二階層の各種族を支配するそれぞれの王。彼らはこの階層から隔絶された第三階層を居城とし、定期的に使者を派遣しては、統治の指示と徴税を行ってきた」
「まさか、魔王ガンダルフもその一人だと」
「然り。ダークエルフ自体は第二階層にも数多く住まう種族である。ガンダルフ王はその支配者だと言えば分かりやすいか」
地上で例えるならば、一昔前の無数の王侯貴族が大陸を分割統治していた時代のように、大きな城に住む領主が離れた土地の庶民に命令を下し、税をかき集めていたようなものか。
もしもダスティンがこの場にいたら、ガンダルフ以外にも魔族の王……即ち『魔王』がいることにどんな反応をしていたのだろう。
「本来、アスロポリスは諸王の支配からの逃亡を望む者達を受け入れた『避難所』であったのだ。フラクシヌス様は本来なら諸王と肩を並べられるお方であり、その後ろ盾あってこその聖域なのだが……全ては遠い過去の話だ」
「……どういうことですか?」
重々しく息を吐くエヴェルソル。
その仕草を見るだけでも、この話の裏に重大な問題が潜んでいることが伝わってくる。
「ある時を境に、諸王からの干渉が途絶えた。そして消耗したガンダルフ王の軍勢がこの階層に現れたかと思うと、大勢のダークエルフを徴兵して第一階層に向かっていった」
「…………」
「以来、諸王が我らに命令を下すことも、徴税を執行することもなくなった。いくつかのコミュニティは自治の確立に成功したが、多くは王を失って衰退し、大勢の難民がアスロポリスへと逃れてきた……某もその一人だ」
あまりにも壮絶で予想外の事実を告げられてしまい、俺は言葉を失ってガーネットと顔を見合わせた。
「魔王ガンダルフは、深層に潜む『真なる敵』とやらとの戦いに破れ、本拠地を失ったために第一階層へ逃れたと主張していました。もしや諸王も『真なる敵』とやらの犠牲に……」
「詳細は某らにも分からぬ。フラクシヌス様ならあるいはといったところだが……そもそも第三階層のことは、某のような下々の魔族の知るところではなかったのでな」
ダンジョン深層の情勢は想定以上に荒れている。
情報収集という意味では大収穫だが、これを踏まえてどうするべきかと聞かれたら、俺の一存ですぐさま決定するのは難しいと言わざるを得ない。
このままの勢いで深層まで急ぐのではなく、冒険者ギルドや他の騎士団、ひいては王宮とも意見を交換しなければならないだろう。
「なぁ、白狼の。オレからも一つ聞いていいか?」
「あ、ああ……エヴェルソル評議員も構いませんか」
「無論だとも。何なりと聞いてくれたまえ」
エヴェルソルの承諾を得たガーネットは、珍しく余所行きの口調で質問を投げかけた。
「話を聞く限りでは、ドワーフの移住は諸王からの連絡途絶よりも前のようですが、ドワーフの王が移住を許したということなのでしょうか」
「……少々奇妙な事情があってな。どういうわけかは知らぬが、ドワーフの王は例の一件よりも前から統治に対する関心を失っていたたらしく、ドワーフ達は事実上の放任状態にあったのだ」
だからこそドワーフ達は自己判断で移住することができ、移住に反対した者達は王を頼ることができずにアスロポリスへ逃げ込んだ……。
納得はできるが複雑怪奇。
話を聞いて理解するだけでも心と体が疲労困憊だ。
エヴェルソルは俺達の疲労感を読み取ったのか、気遣うような態度で一時中断を提案してきた。
「急にあれこれと知識を詰め込まれても疲れるだけであろう。続きはしばらく間を置いてからにしては如何か。それに、もうじき人間の評議員もアスロポリスへ戻ってくる頃合い。同胞と話す方が気安いかもしれぬな」
「ありがとうございます。では……いえ、ちょっと待ってください! 今、誰が戻ってくると!?」
「な、何の評議員が戻るって!?」
俺とガーネットは揃って驚きを露わにして身を乗り出した。
エヴェルソルは爬虫類的な両目を丸く見開き、困惑を隠しきれない様子で俺達を交互に見やった。
「人間の評議員だが……それがどうかしたのかね……?」




