第380話 白狼騎士団の大きな一歩
それから俺はどうにかこうにか群衆の輪を抜け出して、管理者フラクシヌスが待つ大議事堂へと足を運んだ。
同行者はサクラとガーネットの二人だけ。
ノワールが人混みに揉まれて気分を悪くしてしまったので休ませる必要があったのと、しつこく食い下がってくるごく一部の住人に対応する必要も生じたからだ。
分担としては、ヒルドがノワールに付き添い、残るエゼルとエディ、ライオネルの三人に住民達の相手をしてもらっている。
俺達が大議事堂に足を踏み入れると、最奥の壁の内側から淡い光が漏れ、どこからともなくフラクシヌスの声が響いてきた。
『ありがとうございます。あなた方のおかげでこの地に光が取り戻されました。アスロポリスの全住民を代表してお礼を申し上げます』
「……既にノルズリから聞いているかもしれませんが、原因は魔物があの場所に巣食っていることでした。本来なら光を生むために使われる魔力が、魔物の肉体を再生させるために奪われていたんです」
月並みな言い回しの称賛を受け流し、魔獣スコルの核であったメダル型のアーティファクトを取り出してみせる。
「管理者フラクシヌス。こちらに見覚えはありませんか」
『それは……まさか……』
「ノルズリはあれを魔獣スコル……かつて世界を滅ぼしかけた大魔獣フェンリルの眷属だと言っていました。もしかして貴方は、最初からスコルが原因だと知っていたんじゃないですか?」
しばしの沈黙が生じる。
物理的な肉体を持たないフラクシヌスは、対峙していても表情を読むこと自体できず、内心で何を思っているのかを判断する基準が声色くらいしか存在しない。
それだけに、俺は自然と次の発言に意識を集中させていた。
『可能性を思い浮かべていなかったといえば嘘になります。しかしそれは、フェンリルウルフが現地で群れを成しているからという、薄弱な根拠に基いたものでしかありませんでした』
「だから俺達には教えなかったと」
『同程度の可能性を持つ仮説は数え切れないほどにあり、全てを事前にお伝えすることは現実的ではなかった……この説明で納得いただけないでしょうか』
想定の範囲内の返答だ。
フラクシヌスとアスロポリスが明けない夜に悩んでいたのは本当なのだから、原因が絞り込めているなら事前に伝えておかないはずがない。
「つまり、貴方はフェンリルやスコルの存在を知っていたわけですね」
『……ええ、否定はいたしません』
「ノルズリはこうも言っていました。古代魔法文明に関する過去の出来事を知りたければ、後でフラクシヌスにでも聞けばいいと……教えていただけますか?」
白狼騎士団に与えられた任務を考慮すれば、フラクシヌスがスコルの存在を知った上で俺達を送り込んだかどうかは、大して重要な問題ではない。
フェンリルとスコル、古代魔法文明について知っているかどうか。
それらについて情報を聞き出すことができるかどうか。
俺達が気にするべきなのはこれらの点であり、これまでのやり取りも本命のこの質問のための前振りである。
『……もちろんお話します。意図した事態ではないとはいえ、スコルと戦わせてしまうことになった以上、あなた方を無関係と扱うわけにはまいりません』
「それじゃあ……!」
『ですが、どうかもうしばらくお待ちいただけないでしょうか』
大議事堂に響くフラクシヌスの声色は不思議なくらいに落ち着いていて、どこか物寂しさを感じさせる響きを帯びていた。
まるで過ぎ去った遠い昔を思い返しているかのように。
『私にとってもあの時代は遥かな過去。今ここで思い出しながらお伝えしたとしても、不完全な情報提供になってしまう恐れがあります。記憶を思い起こし、資料を改めて確認し、整然とした情報をご提供したいのです』
「……分かりました、そういうことでしたら。こちらとしても専門家達を同席させておきたいですからね」
ひとまずフラクシヌスの提案を受け入れることにして、メダル型のアーティファクトをしまい込む。
首尾よくここまで来たのだから焦る必要はない。
情報の正確性を上げて貰えるのはむしろありがたいくらいだし、少なくともヒルドが一緒にいる状態で聞きたいところだ。
そうして立ち去ろうとした俺達の背中に、フラクシヌスの穏やかな声が投げかけられる。
『改めて心からの感謝を。白狼騎士団のご活躍は、間違いなく私達の未来を切り開いてくださいました。人類も魔族も光なくして生きてはいけないのですから――』
「いやぁ、何だかんだあったけど、終わってみりゃ大収穫だったな。冒険者連中の滞在許可も取り付けたし、古代文明の情報まで手に入るんだぜ」
大議事堂からの帰り道、ガーネットは心の底から満足気に笑いながら頷いた。
「しかも意味ありげなアーティファクトまで手に入りやがった。冒険者ってのはこういう達成感っつーの? そういうのが中毒になっちまうのかね」
「どこにハマるのかは人それぞれだけどな。まぁ……確かにこの手の成果を上げるのも醍醐味の一つだ」
以前の俺なら間違いなく狂喜乱舞していたに違いない状況だ。
こうして落ち着いていられるのは、一介の木っ端冒険者という立場ではなく、曲がりなりにも責任ある立場に就いているからだろう。
責任に囚われず東奔西走して率直な喜びに浸るのと、出世して責任を果たす達成感に浸ること……果たしてどちらがより幸せなのかは俺にも分からない。
だが、今の生き方を心から楽しんでいるということだけは、一切の躊躇なく断言できる。
「成果もそうですが、先程の管理者を前にした立ち振舞いも実に見事なものでした。騎士団長の肩書もすっかり板に付いておりまして、僭越ながら惚れ直してしまいました」
「んなっ……! おいサクラ、お前いつの間にそんな……!?」
「……? ああいや、今のはただの慣用句だ。妹君の婚約者に粉を掛けるなど、この私がするわけないだろう」
サクラは泡を食って反応するガーネットをきょとんと見やり、すぐに誤解を招いてしまったことに気がついてくすくすと笑った。
真相を知らないサクラにしてみれば、ガーネットは俺の婚約者候補の双子の兄に当たるわけで、そのせいで横恋慕を疑われたと解釈したのだろう。
実際のところはもっと直接的な誤解なのだが、サクラはそんなことを知る由もないはずだ。
……まぁ正直に言ってしまえば、俺も同じような誤解をしかけて声を上げそうになっていたのだけれど。
俺は内心の動揺を抑え込んで平静を取り戻しつつ、改めて二人に向き直った。
「確かに収穫は大きかったが、本番はこれからだ。二人とも、よろしく頼むぞ」
頷き微笑むガーネットとサクラを順に見やり、俺も思わず笑みを浮かべる。
これから先、幾つもの大きな困難が待ち受けていることだろう。
しかし、仲間達と一緒ならどんな壁も乗り越えていけるに違いない――そんな確信が胸の奥から湧き上がってきていた。
第九章はこれにて完結です。応援ありがとうございました。
次回更新からは第十章の更新となります。




