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第379話 蘇る朝の日差し

 俺達が螺旋階段の塔を下りきった頃には、これまでずっと光を失っていた地下空間の天井(そら)がほのかに(しら)み始めていた。


 魔獣スコルによって奪われていた魔力の経路が取り戻され、地上の空を再現した発光現象がようやく復活したのだ。


 ……という理屈っぽい話はともかく。


 死闘を終え、暗い塔を出た先で目の当たりにする朝の日差しは、張り詰めた心と全身の疲労感を優しくほぐしてくれる暖かさに満ちていた。


 それは文字通りの意味の熱量だけではなく、視界が光に満ちていることの喜びも大きいように感じられる。


「(……何だか懐かしい気分だな)」


 俺は以前にも似た感情を抱いた覚えがあった。


 あれは忘れもしない昨年のこと。

 グリーンホロウ・タウンに住み着いて武器屋を始めるきっかけになった出来事。


 魔王の企みを調べるため『奈落の千年回廊』に挑む勇者パーティに雇われ、勇者のミスの帳尻合わせのために置き去りにされた後、命からがら脱出したときに見上げた光――


 その眩しさと暖かさは、きっと一生忘れることができないだろう。


「(まさか、あれが思い出話に感じる日が来るなんてな……)」


 当時はダンジョンに踏み込むだけでも苦痛だったのに、今となってはこうして奥深くの未踏の領域にまで潜っている。


 平気になった理由を一つに絞るのは難しい。


 時間が経つにつれて精神的な傷が癒えたおかげかもしれないし、武器屋を始めて責任感のようなものが強まったのかもしれない。


 そして一番大きな変化といえば、やはり()()()の存在になるのだろうか。


「……ん? どうかしたか?」


 念願の朝を迎えたばかりの暖かな光と、夜の残滓を帯びた冷たい風を浴びながら、ガーネットがぐっと伸びをしている。


 短い金髪が陽光を受けて風にそよぐ様は、大袈裟ではなく本当に、いつまでも見ていられるような気がしてしまう。


「やっぱ、ずっと夜ってのは落ち着かねぇよな。空ってのはこうじゃねぇと」

「だな。人間、真っ暗闇じゃ心が持たないもんだ」


 横からガーネットに笑いかけられながら、何気なく周囲に視線を巡らせる。


 他の皆――サクラとノワールも、ヒルドとライオネルも、エゼルとエディも、光を取り戻した天井(そら)を見上げながら表情を緩めている。


 ただ一人、ダスティンだけを除いて。


「ルーク。俺はもうしばらく周囲を探ってから帰還する。構わないな」

「……ノルズリを追うつもりか? そいつは管理者が提示した条件に抵触するんじゃないのか」

「たとえ魔王軍と遭遇しても交戦するつもりはない。あくまで偵察だ。ノルズリが何かしらの手がかりを残している可能性も否定できんからな」


 俺は小さく首を振り、手振りで『好きにしろ』と促した。


 この男の考えを変えさせるのは容易なことではないし、そもそもダスティンは白狼騎士団の団員でもなければ契約を結んだ冒険者でもない。


 あくまで厚意から名乗り出てくれた外部協力者、というのが公式での扱いだ。


 つまり最初から、俺はダスティンに命令できる立場ではない。


 もちろんダスティンの独断専行が中立都市(アスロポリス)との関係を悪化させるなら、白狼騎士団に与えられた権限でどうこうすることは可能だが、そうはならないという信頼があるのも事実だった。


 プライベートでの言動はともかく、ダスティンはこの手の取り決めを踏み躙る冒険者ではない。


 かつて、今よりもずっと魔王に――もちろんガンダルフとは別の存在だ――肉薄したときも、様々なしがらみを理由にギルドから討伐延長の指示が出されたのだが、ダスティンはそれを律儀に遵守したうえで魔王を討ち取ったという過去もある。


 なりふり構わず最短最速で魔王を討つことしか考えないのなら、魔王狩りの肩書を得るどころか、最初の一体に挑んだときに命を落としていたに違いない。


「理解が早くて助かるよ、団長殿」


 ダスティンは皮肉っぽい響きが籠もった声でそう言いながら踵を返し、最後に妙なことを口にした。


「今すぐ帰還しても、すぐに休めるとは思わないことだ。もう一仕事残っているつもりで動くがいい」

「……? それはどういう……って、もう行っちまったか」


 もう一仕事残っているという発言の意図を理解できないまま、俺達はアスロポリスへの帰路についた。


 光に包まれた自然あふれる風景は、暗く肌寒い往路とは全く違う雰囲気を纏っていて、違う階層に踏み込んでしまったのではと思ってしまうほどだ。


 夜行性の魔獣がおとなしくなったからか、それとも往路でフェンリルウルフの群れを蹂躙したことが威嚇になったのか、俺達は何の妨害も受けずにアスロポリスまで辿り着くことができた。


 既に用意されていた大樹の根の橋を渡って、安全が保証されたアスロポリスの町へと入っていく。


「あー、疲れた! 結局オレら、一晩中動きまくってたことになるんだよな。管理者に報告する前に休んでも(バチ)は当たらねぇんじゃね?」

「いけませんよ、ガーネット卿。報告が最優先です。管理者フラクシヌスも首を長くして吉報を待っているはずですから」

「分かってるって。言ってみただけに決まってるだろ」


 ヒルドがガーネットの全く本気ではない冗談を真に受けて足を止めたのとほぼ同時に、樹木と一体化した家々の窓という窓、路地という路地から魔族が次々に顔を出し、一斉に俺達の方へ視線を向けてきた。


 何事かと思う間もなく飛び出してくる大勢の魔族。


 獣人、魚人、蜥蜴人(リザードマン)、エルフにドワーフに名前も分からない種族の一団。


 誰も彼もが一様に興奮を露わにしていて、揃って強烈な感情を顔に浮かべている。


「な、なんだぁ!?」


 ガーネットが慌てて俺を庇うように飛び出すも、群衆はそんなことなどお構いなしに周りを取り囲んだ。


 口々に飛び交う歓声の半分は一単語も聞き取れない魔族の言葉で、残り半分は人間にも理解できる言語だった。


 そう――彼らは心の底から歓喜し、興奮のままに俺達を迎え入れてくれているのだ。


「ちょ、ちょっと落ち着いて……! ありがたいけど、俺達は管理者に報告を……うわわっ!?」


 大柄な鬼人(オーガ)が俺の体を掴み、群衆からよく見えるように高々と掲げてしまう。


 ガーネットが混乱しながら引きずり降ろそうとしている姿も、サクラが【縮地】で離脱した先でも囲まれもみくちゃになっている様子も、ここからならよく見えてしまう。


 称賛されて照れ笑いを浮かべるエゼル。

 姉に群衆が接触しないよう気を張るも力負けするエディ。


 向こうでは人混みに溺れそうになっているヒルドを、ライオネルが片腕で引っ張り上げていた。


 長く待ち望んだ朝の復活を喜ぶ魔族達――その姿を眺めながら、俺はさっきダスティンが言っていた言葉を思い出し、苦笑気味に破顔してしまった。


「あの野郎、こうなるって気付いたから逃げやがったな? 後で覚えてろよ」

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https://manga-park.com/app
https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[一言] ダスティンは登場するたびにいつも 哀しいですね。 この先に救いがあるのかどうかを気にしながら読み進めます。 終点、遠いなあ。
[良い点] ダスティンふけやがった。 いい性格してますね
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