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第375話 異形なる神代の魔獣

 顔を伏せて眠っていたはずの魔獣スコルが頭を上げている――その光景は未だに歪みの残る俺の視覚でもはっきり捉えることができた。


「これは……まさか……!」

「ま、まだ経路の遮断は試みていません! そもそも方法すら全く……!」

「……分かってる!」


 叫ぶようなヒルドの言葉を肯定し、顔の右半分を鷲掴みにするように覆う。


「原因は右眼(こいつ)だ……親玉のフェンリルを倒したアルファズルの気配(におい)を嗅ぎ取って目を覚ましたんだ……!」


 予測不可能にも程がある。


 まさかこんなことが原因で覚醒させてしまうなんて、一体誰が予想できるというのだ。


 魔獣スコルが床に前脚の爪を立て、開いたあぎとに灼熱の魔力を集積させる。


 まずい――容赦のない先制攻撃の気配を()()直後、誰よりも早く魔将ノルズリが前に走り出た。


「二度も同じ手を食らうものか!」


 空中に展開される分厚く巨大な氷の盾。


 スコルの咆哮と共に放たれた灼熱が氷の盾に防ぎ止められ、加熱された空気と蒸気の渦を巻き起こす。


 爆発的に膨張した気体が大広間を瞬く間に埋め尽くし、破壊力を帯びた暴風が吹き荒れる。


「……! 排気、しますっ……!」


 ヒルドの操作で大広間の構造の一部が動き、高温の蒸気を外部に素早く排出して冷たい外気を取り込んでいく。


 氷の盾はたった一撃で消滅したが、それによって俺達が被害を受けることはなく、全員が無傷で窮地を乗り切ることができた。


「ノルズリ、お前……」

「離脱の判断は貴様がしろ。業腹(ごうはら)だが『右眼』を持つ貴様が適任だ」

「……分かってる。攻撃をさっきの盾で防ぎながら階段に……」


 何も一発勝負で完全に解決する必要はないのだ。


 一旦ここは退いて態勢を整えて――


「待った! 白狼の!」


 ――しかし、そんな悠長に事を構えていられるほど、スコルという魔獣は甘くなかった。


 咆哮と共に前脚が動き、壁と繋がった上半身が()()()と前に動く。


 壁面に接合していた上半身の断面から、無数の生々しい管の束が伸び、その端が壁に繋がったままスコルの上半身が前進する。


 そして壁面を満たしていた灼熱が管の束を通じてスコルに流れ込み、荒々しい毛皮を黄金色に輝かせた。


「ルーク殿! お下がりください!」

「待った! 下がっても逃げられないでしょ!」


 サクラと勇者エゼルが得物を手に進み出る。


 土石流のごとく襲い来る魔獣スコル。

 触れただけでも破壊されかねない巨体を、床面から突き出た数本の巨大な氷の棘が防ぎ止める。


 だが毛皮の分厚さゆえか、それともその身に帯びた灼熱の魔力ゆえか、氷の棘はスコルを傷つけるには至らず、ほんの数秒だけ全身を食い止めるに留まった。


 その隙を突いて肉薄したのは、二振りの魔槍を携えたダスティンであった。


 顔面に跳躍、そして二槍同時の閃撃。

 魔槍の穂先は狙い過たずにスコルの両眼球を破壊した。


 巨体ならば狙うは急所。

 感覚器の破壊はどんな生物にも通用する戦術だ。


 しかしダスティンはきつく眉を潜め、鼻先を蹴って油断なく距離を取った。


「これでは駄目か」


 着地と同時に短く漏らした言葉の通り、眼球への攻撃もさしたる効果がなかったとすぐに理解させられることになった。


 傷口から溢れ出る魔力。

 その輝きが消えた跡では、傷一つない眼球が怒りに満ちた眼光で俺達を見据えていた。


「どうなさいますか、ルーク団長」

「あんな風に動き回られるんじゃ、螺旋階段に逃げ込むのも難儀だな……くそっ……」


 だが状況は、俺達にゆっくり考える時間も与えてはくれなかった。


 スコルと壁を繋ぐ管の数本が途中で切り離されたかと思うと、まるでスコルの尾か何かのようにうごめいて、切断面が床に突き立てられる。


 更に管の先端がちぎれ、のたうつように膨れ上がり、卵が内側から弾け飛ぶかのように数体のフェンリルウルフが飛び出してきた。


「うっげぇ……!」


 ガーネットが吐き気をこらえるように顔を歪める。


「け……眷属、を……生み、出した……のか……」

「あんな作り方、見たことも聞いたこともありませんよ!」


 ノワールの言葉にエディが思わず大声を上げて反応する。


 俺だって同じ気持ちだ。


 冒険者としての経験の中で、いわゆる眷属と呼ばれる関係性の魔物と遭遇したことはあるが、あんな常識外れの増え方で眷属を生み出すなんて、噂話ですら聞いたこともない。


 あいつが不定形の魔物ならまだしも、どこからどう見ても狼と変わりない身体構造をしているはずなのに、体から伸びる管の一部を切り離して眷属に作り変えるだって?


 少し前の俺が聞いたら一笑に付していたに違いない。


「これでフェンリルウルフが大量発生していた原因が分かったな。泣き言は後だ、まずは蹴散らすぞ」


 ダスティンは素早く行動を切り替え、生成されたばかりのフェンリルウルフの撃破に取り掛かった。


 すかさずサクラとエゼル、そして黄金牙のライオネルも後に続いて白兵戦を開始する。


 その間にも、魔獣スコルの本体は俺達への――否、アルファズルの気配を漂わせた俺への攻撃をやめようとはしなかった。


 前進を再開しようとした前脚がノルズリの魔力で凍結し、床に縫い付けられる。


 すると今度は、再び壁から切り離された数本の管が、白兵戦を繰り広げるサクラ達の頭上を超えて襲いかかってきた。


「……させ、ない……!」

「こういうときのために……!」


 ノワールが放った魔法の黒炎と、エディが広げたスペルスクロールの雷撃が、空中で触手のような管を撃ち落とす。


「(くそ、このままじゃジリ貧だ)」


 一応は戦いが成り立っているものの、こちらはじりじりと壁際に追い詰められる一方で、脱出の目処が全く立っていない。


 これまでは床を【分解】して階下に逃れるという手段を多用してきたが、今回ばかりはそうはいかない。


 下手をすれば、地下空間の上空から地面まで真っ逆さまに叩きつけられてしまうだろう。


「……ここでスコルを倒すしかない! 隙を見て逃げ出そうとは考えるな! 俺が何とかして攻略法を見つけ出す!」


 俺が飛ばした指示に、誰一人として驚きも反感も見せはしなかった。


 皆も内心では戦って突破するしかないと確信していたのだろう。


「ヒルド。引き続き、スコルへの魔力供給を遮断する方法を探してくれ。魔力が途切れればあいつも戦えなくなるはずだ」

「……了解です!」

「ガーネット。万が一の場合の防御は任せた。俺はあいつを倒す手段を探ってみる」

「言われるまでもねぇ! 任せとけ!」


 現状で出せる指示を全て出し切って、俺は全神経と魔力を『叡智の右眼』へと集中させていった。

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