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第371話 巨狼の屍の山を抜けて

 ――出発の準備を整えてすぐに、俺達はアスロポリスを発って目的地の塔へと向かった。


 道中は特に問題らしきことは起こらず、むしろ『魔王城領域』からアスロポリスまでの道中よりも平穏で、魔物との戦闘すらほとんど発生しなかった。


 一体どうしたことだろうと疑問に思う俺達の前に、その原因を示す動かぬ証拠が姿を現した。


「おい、白狼の。見ろよアレ……」

「……間違いない、ノルズリがやったんだな」


 塔の輪郭がはっきりと見える距離まで来たところで、経路から少しばかり外れたところに、フェンリルウルフの無残な死体が放置されていた。


 平均をやや上回る巨体が、地面から突き出した氷の杭によって、腹部から顎にかけてを刺し貫かれて息絶えている。


 俺達とは別行動で塔に向かうノルズリが、一足先にここを通過してフェンリルウルフの斥候を瞬殺したのだ。


「私が戦った相手よりも大きい……しかも他に外傷がないってことは、まさか一撃必殺……?」

「魔将なら不思議でもなんでもないさ。とりあえず先を急ごう。競争ってわけじゃないが、ノルズリに全て任せるのは良い予感がしない」


 塔へ向かって駆けていくに従って、氷と刃で仕留められたフェンリルウルフの死体が着実に増えていく。


 ドラゴンに匹敵するとされる大魔獣の群れが、まるで刈り取られた雑草のごとく無造作に打ち捨てられている様は、内心で肝を冷やすには十分すぎる光景であった。


「間抜け面で呆けている場合か。生き残りどもが待ち構えているぞ」


 ダスティンの相変わらずな発言に気を取り直して、目前に迫った塔の袂を見やる。


 そこでは十頭以上のフェンリルウルフがうろつきながら、絶え間なく周囲を警戒していた。


「生き残りと言うよりは、遅れて戻ってきた斥候って感じだな」

「同じことだ。恐らく魔将は既に塔の中だろう。手始めにあれを片付けるぞ」

「簡単に言ってくれるなよ。お前だけならともかく、今回は俺みたいな足手まといもいるんだぞ」

「不相応な身分になっても自己評価は的確でなによりだ。さて……どうやら気付かれたらしい。駆け寄る手間は省けそうだな」


 聴覚か嗅覚のどちらかで感知されてしまったらしく、塔の周辺を取り囲んでいたフェンリルウルフの群れが、俺達のいる高台めがけて一斉に駆け出してくる。


 即座に全員が臨戦態勢を整え、最前列にいた勇者エゼルが更に一歩前へ踏み出す。


「あのときみたいにはいかないから! いくよ! 天剣招来ッ!」


 エゼルがドワーフ製の剣を振り上げてスキルを発動させる。


 いわゆる【召喚】系スキルの一種である【武装召喚】スキル――銀翼騎士団のブラッドフォードが使う縛鎖招来と同じ系統に属する、魔力で編み上げられた武器を繰り出す攻撃スキル。


 本来なら、十数本の拵えのない剥き出しの剣を周囲に展開し、それらの一斉投射による範囲攻撃を行うのだが――


「……あ、あれっ……?」


 目も眩むほどの光輝の帯が頭上に広がる。


 普段の十倍以上はあろうかという数の魔力の剣が、眩い光を纏いながら切っ先をフェンリルウルフの群れに向けていた。


「な、何……何これーっ!?」


 困惑に叫ぶエゼル。


 まさかあれが、ニューラーズから譲り受けたドワーフの宝剣の力なのか。


 攻撃スキルを強化する機能があるとは聞いていたが、まさかこれほどの効果を発揮するだなんて。


「構うな、撃て!」

「い……いっけぇー!」


 俺が思わず声を上げたのを受け、エゼルが剣を振り下ろして魔力の刃を一斉掃射する。


 台地を駆け上がるフェンリルウルフの一群に百を超える刃が注ぎ、掘り返された地面と血飛沫の粉塵が爆発のように巻き起こる。


 土煙を割って数体の巨狼が疾走するも、その数はほんの一握りにまで減っていた。


 先頭のひときわ巨大なフェンリルウルフが咆哮する。

 エゼルの魔力刃の雨の直撃を受けてもなお、分厚い毛皮と屈強な肉体で耐え抜いた、紛れもなくこの群れで最強クラスの一頭だ。


 次の瞬間、その首元に魔槍の穂先が突き刺さった。


 投げつけられたのではない。

 使い手であるダスティンがいつの間にか肉薄し、その手に握ったまま飛びかかって突き立てたのだ。


「吼えろ、雷鳴(サンダー)


 魔槍、雷鳴(サンダー)。本来は投擲によって無数の魔力の棘を放出するその穂先が、フェンリルウルフの体内で弾けて巨体をずたずたに引き裂いた。


(はし)れ、雷光(ライトニング)


 即死したフェンリルウルフの巨体が地面を転がっていくのを足場に、ダスティンはもう一振りの魔槍を投擲した。


 落雷の如き複雑な軌道を描きながら、魔槍は地面すれすれを駆け巡って、残ったフェンリルウルフの脚を次々に切り裂いていく。


 致命傷には程遠いが、全力疾走の最中(さなか)に何の前触れもなく脚を斬りつけられてしまっては、安定を失って派手に地面へ激突するより他にない。


 相変わらず戦闘センスがずば抜けた男だ。


 想定外の強化を得たエゼルの天剣招来でも倒し切れない個体がいると、恐らくは一斉掃射よりも前に素早く判断し、最強と思われる個体が粉塵を突破してくるのにタイミングを合わせて肉薄。


 単に雷鳴(サンダー)を投じただけではエゼルと同様に倒しきれないと読み切り、力尽くで表皮を穿った上での内部破壊に打って出たのだ。


 そして残る個体に対しても、最初から撃破ではなく転倒と足止めを狙って雷光(ライトニング)を投じ、あっさりと目的を達してしまった。


 ガーネットとサクラ――のみならず、勇者エゼルとライオネルも、ダスティンの手際の鮮やかさに言葉を失っていた。


 単純な身体能力、スキルによる強化も含めたスペックだけを比べれば、ダスティンといえど彼女達と極端に大きな違いがあるわけではない。


 圧倒的性能差が生じるのはトラヴィスと比較した場合。

 ダスティンの強さは身体能力よりもむしろ、戦いの(うま)さにこそ裏打ちされているのだ。


「見物している場合か? まだ息がある、さっさと仕留めろ」

「い、言われるまでもねぇ!」


 フェンリルウルフの群れの疾走は押し留めたが、戦闘はまだ終わったわけではない。


 なおも立ち上がり再生を図るフェンリルウルフの残存戦力を仕留めるべく、俺達は高台の坂道を駆け下りていった。


 ――そうして一方的な掃討戦を終え、俺達は遂に目的地である塔の袂へと辿り着く。


 中空の塔の内側に反響する咆哮と轟音は、魔将ノルズリが交戦中だという事実を何よりも如実に表していた。

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