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第370話 悩める乙女達

「……口下手、だから……伝わら、ない、かも……しれない、けど。私、は……ノルズリ、を……敵、としか、思えな……かった……」


 ぽつりぽつりと、ノワールが本音を包み隠さずに語っていく。


「人食い、の……魔物が……隣に……いる、ような……そんな、気が、して……だから、怖か……った、んだ……恨んでる、とも、言える……かも……」


 恐ろしい記憶が蘇ったからというだけではなく、今まさに目の前にいる存在が信用できず恐ろしい。


 これは当然の感情だ。

 ノワールを含む勇者パーティを捕らえ苦しめ、魔王戦争でも猛威を奮った魔将ノルズリに対し、あっさりと手の平を返して仲良くなるなんて至難の業だろう。


「俺だってあいつに心を許す気はないさ。だけどこの町の中立主義と、魔王軍がそれを遵守しようとしていることは信じていいと思う。そうでもないと説明できないことが山ほどあるからな」


 これまでの管理者フラクシヌスと魔将達の行動を見る限り、この点についてはほぼ間違いないと言えそうだった。


 魔王軍がアスロポリスに対して強硬手段に打って出ない理由は分からないが、ルールに従った方が多くのメリットを得られるからか、もしくは敵対した場合の損害が大きすぎるかのどちらかだろう。


「だから、今はノルズリを怖がらなくてもいいんだ。万が一の場合にはダスティンを頼ればいい。あの代用品の体を使ってる間は、多分ノルズリよりもダスティンの方が強いはずだからな」

「……それは、分かってる……分かって、るんだ……」


 ノワールは先程よりも激しく首を横に振り、俺の服をぎゅうっと握り締めながら、唇をきつく引き結んだ。


「ルークは……私を、受け入れて、くれた……。恨んでた、はずの……勇者、とも……すぐに、一緒に、戦えた……。私、も……そう、しなきゃ、いけない……のに……できない……んだ……」


 それはまるで、自分自身を責め(さいな)むかのような吐露(とろ)であった。


「どう、したら……ルーク、みたい、に……できる……? 割り切って……頑張れる……? 教えて、くれ、ないか……」

「……言っておくけど、俺は別に割り切ってお前と接してるわけじゃないからな。最初はともかく、今はもう大事な仲間の一人だ」


 俺はノワールの肩をそっと掴んで適度な距離まで離れさせ、少し考え込んでから、真摯な問いかけへの返答を言葉にした。


「ひょっとしたら、お前がいる場所で話したことがあるかもしれないけど。俺はただ、俺のことを大切に思ってくれている人に、胸を張って報告できないことはしたくないだけなんだ」

「……大事な、人に……?」

「ガーネットに、シルヴィアに、サクラに……ああくそ、いちいち数え上げるのは何だかアレだな。とにかく皆のことだ」


 気恥ずかしいことを言っていると自覚しつつ、それでも言わなければならないと決意して、偽らざる本音を語り続ける。


「格好つけと言えばその通りだ。過ぎた話を掘り返して、色んな人達に(かえ)って迷惑を掛けましただなんて、とてもじゃないけど格好悪くて胸を張れたもんじゃない」

「そう……言えば……前にも、どこかで……聞いた、ような……」

「だろ? 別に大袈裟なことじゃない、ただそれだけのことなんだ。もちろん、最終的には時と場合によるから、いつも同じ対応ができるとは限らないけどな」


 俺は善人だとか聖人君子だとかを自称できる人間じゃない。

 少なくとも自分自身ではそう思っている。


 だけど……いや、だからこそ大事な人達の信頼だけは裏切りたくないのだ。


「……私を……大切に……思って……」


 小声で何度も繰り返し、そして胸の前でぎゅっと拳を握る。


「あ、ありが、とう……頑張れ、る、気が……する……」

「そうか、ならよかった。それじゃあ俺達も出発の準備をするとしようか」


 ノワールはかすかに微笑みながら小さく頷いて、小走りに部屋を後にした。


 俺は他に誰もいなくなった部屋をぐるりと見渡してから、最後に部屋を出ようとする。


 そのとき廊下の壁際から、聞き慣れた声が不意打ちで投げかけられた。


「胸を張って……か。テメェらしいな」

「……ちょっと前にもこんなことがなかったか? あのときはシルヴィアが相手だったけどさ」


 何となく既視感があると思ったら、内容こそ全く別物だったものの、シルヴィアから悩みを打ち明けられたときとよく似た状況になっている。


 誰しも個人的な悩みくらい抱えているものだろうし、店長だの団長だのといった肩書を背負った年長者ともなれば、必然的に相談を持ちかけられる機会が増えるものだ。


 奇妙な偶然だと感じることがあるとするなら、それは両方の現場にガーネット(こいつ)が居合わせていることだ。


「何言ってやがんだ。護衛役が勝手にどっか行く方が問題だろ。邪魔しねぇように気ぃ付けながら見守ってやってたんだよ」

「まぁ、それは確かにそうなんだが」


 俺は頭を軽く掻きつつ、壁にもたれかかって俺を待っていたガーネットに目を向けた。


 ……そこにいたのは眉根を寄せたガーネットと、口元がにやけるのを抑えきれていない勇者エゼルの二人だった。


「なになに? あのときって何? ところで知ってる? ガーネットったら、ルーク卿が女の人と二人っきりになったって気付くなり、大慌てで引き返して……」

「違うつってんだろ? ノワール(あいつ)は色々不安定だし、魔将と出くわしてすぐに護衛対象ほっぽりだしとかできるかよ」


 ガーネットはエゼルと正面から手と手を組み合って壁際に追いやり、力比べでもするかのような体勢で顔を覗き込んで睨みつけた。


 引きつった笑みのような凄みのある睨み顔は、本気で激怒しているわけではなく気の置けない関係だからこその表情で、エゼルもそれを理解している様子でそういう遊びのように抵抗を続けている。


 少年の友人同士なら割とありそうな光景ではあるが、まさかそれを器量の良い少女同士で見せつけられることになるとは。


 ガーネットが性別を偽り始める前からの友人だと聞いていたが、昔は一体どんな関係だったのだろうか――できればこんな組み合いをする間柄ではなかったと信じたいところである。


「まぁその、何だ、ガーネット。そういう意味じゃないってのは分かってるんだが、近頃はお前だけに時間を割くことが減ってきた感はあるよな。無事に地上へ戻ったら、埋め合わせはそのときにするよ」

「お、おう……全然関係ねぇ話だけどな……」


 微かにガーネットの頬が赤らむ。


 それを目ざとく見逃さなかったエゼルが、何やらからかうようなことを言おうとした瞬間、その反応を読み切っていたガーネットが至近距離から頭突きを見舞った。


「痛ったぁ!?」

「おい白狼の。こいつの言うことは気にしなくていいからな」


 額を抑えて悶えるエゼルを尻目に、すたすたと歩き出すガーネット。


 俺は何とも言い難い苦笑を浮かべることしかできなかった。

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