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第369話 魔将との対面

「魔王軍四魔将……氷のノルズリ――!」


 次の瞬間、サクラが【縮地】を発動させて俺の眼前に出現し、ガーネットが椅子を蹴散らしてノルズリに飛びかかる。


 二人が刀剣の柄に手をかけていることに気付き、俺はとっさに声を張り上げた。


「待てっ!」


 しかし二人は鞘から刃を抜き放たず、サクラは俺の前で、そしてガーネットは一息でノルズリに斬りかかることができる間合いで立ち止まっていた。


「分かってるっての、戦闘禁止だろ。だけど反撃ならアリなんだぜ。こいつが妙な気を起こすなら……」

「無意味なことを。今は貴様らと争う気はない」


 激しい殺気の籠もったガーネットの視線を、ノルズリは眉一つ動かすことなく受け流している。


 その隣では、可哀想なことにポプルスが乏しい表情のまま腰を抜かして尻餅をつくという、ノルズリとは全く正反対の反応を見せていた。


 一触即発の睨み合いを中断させたのは、そんなポプルスが放った一言だった。


「フ……フラクシヌス様のお言葉です! これはガンダルフ軍と白狼騎士団の双方に対する試験であると! い、いかなる場合でも、中立不戦を保てるかという……」

「……ちっ」


 ガーネットが強く舌打ちをして剣の柄から手を離す。


 ノルズリはそれを一瞥してから、改めて俺の方に顔を向けた。


「なるほど、飼い犬の躾は得意ではないと見た」

「『命と引き換えにしてでも俺達の足を引っ張れ』とか命令されてるのか? だったら今の台詞は惜しかったな。後一歩だったぞ」


 お互いに嫌味をぶつけ合ってはみたものの、やはりノルズリが戦闘態勢に入る様子はない。


 意外なことに、ノルズリもアスロポリスの中立主義と都市内不戦の取り決めを、律儀に遵守するつもりのようだ。


 魔王軍の一員が町にいること自体は想像していたが、まさかそれが魔将本人で、しかも協定を律儀に守ろうと考えているのは想定外だった。


「顔合わせは終わった。御使い。これでひとまず管理者への義理は果たしたぞ」

「で、でしたら引き続き作戦への参加を……」

「こいつらと行動を共にするつもりはない。私は単独で現地に赴く。それでも不都合はないだろう」

「……待て」


 すぐさま立ち去ろうとしたノルズリを呼び止めたのは、これまで沈黙を保っていたダスティンであった。


「貴様がここにいるということは、魔王ガンダルフもどこかに潜んでいるということか」

「無意味な質問だな。私が『陛下はおられない』と答えれば信じるのか? そんなはずはあるまい。私の顔色を窺って真偽を見抜こうと試みるのも無駄な努力だ」


 ノルズリはおもむろに足を止めて振り返り、口元を皮肉げに歪めてみせた。


「だが、あえて答えよう。陛下はここにはおられない。我らは使い物にならぬ兵をここに置いていくための分隊だ。見返りとして多くの面倒事を押し付けられ、本隊への合流が遅れているだけに過ぎん」


 俺の脳裏に、初めてこの階層へ下りてきたときの出来事が思い浮かぶ。


 冒険者による探索が始まった直後、どこからともなく溢れ出した瘴気による被害が続出し、その対応に追われる最中(さなか)――俺達は魔王軍四魔将の一人である火のスズリと交戦した。


「……そういうことか。スズリが瘴気を焼き払ったのは、フラクシヌスからの要請だったのか……」


 スズリはまるで瘴気の発生源を焼き払うかのようなことをしていたが、もしかして本当にその通りだったのではないだろうか。


 俺が思わず漏らした一言に、ノルズリは忌々しく鼻を鳴らした。


「余計な詮索を繰り返されるのは煩わしい。予め答えておいてやる。私はスズリの居場所を知らん。自分の割当が終わるや否や、勝手にどこかへ姿を晦ましたわ」


 ノルズリは俺と、そしてサクラを睨みつけながらそう言い放つと、宣言通りにそれ以上の問答を拒んで立ち去ってしまった。


 不意打ちで喉元に刃を突きつけられたかのような緊張が解け、一気に疲労感が押し寄せてくる。


 サクラも警戒を緩めつつ、複雑そうな表情を浮かべて小さく首を横に振った。


 自分から何か言う前にスズリの情報を突きつけられたことに対し、一言では言い表せない感情を抱いてしまったのだろう。


 ガーネットもまた臨戦態勢を解き、尻餅をついたままのポプルスに手を伸ばした。


「悪かったな。立てるか?」

「はい、身体的には特に支障ありません」


 ポプルスが助け起こされたのと前後して、黄金牙のライオネルが俺のところに駆け寄ってきた。


「団長殿、申し訳ありません。あまりの出来事に咄嗟の対応が取れず……」

「今のはしょうがないだろ。誰だってそうなるさ」


 実際、即座に行動を起こせなかったのはライオネルだけではない。


 勇者エゼルもエディも、虹霓鱗(こうげいりん)のヒルドも反応が追いつかないうちに睨み合いが始まり、手出しや口出しをする隙がなくなってしまっていた。


「俺達がすぐに反応できたのは、直接あいつと戦ったことがあったからだ。他の皆にしてみれば、見ず知らずのダークエルフが来たようにしか思えなかっただろ?」


 ノルズリは黄金牙の陣地を襲撃して大暴れした魔将だったが、そのときに屈強な肉体を失って、今の女ダークエルフの肉体を使うようになった。


 しかし、それ以降に奴と遭遇したのは、俺とガーネット、サクラの三人だけ。


 可能な限りの情報は共有したつもりだが、口頭での説明や再現図ではやはり限界があり、俺達以外は何の前触れもなく遭遇したときに反応できなかったというわけだ。


「……俺達も現場に向かおう。ノルズリと現地で合流することになるわけだが……今ここで頭を悩ませても仕方ない。とにかく出発の準備をしてくれ」


 皆にそう伝えて、一旦この部屋を出て最後の準備をしてもらうことにする。


 そして俺も外に出ようとした矢先、不意に服の裾を軽く引っ張られる。


 振り返ると、ノワールが俯き気味で俺の裾を握り、小刻みに肩を震わせていた。


「……ル、ルーク……その……ええと……」

「やっぱりノルズリが怖いんだな。それも当然か」


 ノワールは魔王軍によって勇者ともども捕らえられた経験から、ノルズリとの初遭遇のときにも強烈な恐怖心に囚われてしまっていた。


 魔将アウストリとの戦いでは恐怖を振り切れていたように感じたが、事前に覚悟を固められていなかったら耐えきれるものではないのかもしれない。


 だが、ノワールは控えめに首を横に振った。


「怖い……のは、そうだ、けど……。言いたい……こと、は……違うんだ……」


 ノワールは消え入りそうな弱々しい声で、しかし俺の目をまっすぐに見つめている。


 自分自身にとって何か大事なことを言おうとしているのだと察し、俺は少しばかり腰を据えてノワールと向き合うことにした。

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