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第368話 ミッション開始直前

 明くる日の朝、俺達は大議事堂付近の一室で、出立に向けた作戦会議を開いていた。


「改めて、遭遇が予想されるフェンリルウルフに関する知識を共有しておこう。奴らは陸のドラゴンとも称される大型の魔獣だ。空は飛べないがまるで飛ぶように大地を駆ける」


 どこぞの学園の講師か何かのように、椅子に腰を下ろした面々を前に魔獣の知識を解説する。


 ダスティンあたりは当然のごとく熟知している領分だが、他の面々はそうではないので、俺がこんな役割を担う必要が出てきたというわけだ。


「体格はドラゴンと同様に個体差が大きいが、俺の頭の高さに鼻先が来る奴も全く珍しくない。エゼルが遭遇した個体はどうだった?」

「ええと、確かそれぐらいだったかな。いきなり暗闇から飛び出してきたから、はっきりとは覚えてないけど。剣を弾かれて、とっさにスキルで反撃して、後はまぁどうにかこうにか追い払ったけど」


 つい最近フェンリルウルフと交戦した経験があるエゼルは、苦々しい記憶を思い出したような顔で天井を仰いだ。


 そんな状況で遭遇して無事に帰還できたあたりは、さすがに勇者の肩書は伊達ではないということか。


「ドラゴン並みの強さ。それならこのメンバーで戦えば安定して勝てるんじゃないか……何人かはそう思っていると思うし、正直ダスティン一人でお釣りが出る。ただし、相手が単独ならな」

「管理者は『フェンリルウルフの巣窟』だと言っていました。やはり群れを成している可能性が高いのでしょうか」

「少なくとも、これから俺達が向かう予定の場所はそうなっているらしい」


 サクラの発言に頷き返して肯定する。


「俺が耳に入れたことがある遭遇事例は、ほとんど全てが文字通りの一匹狼だった。そのせいで『フェンリルウルフは群れを成さない』と考える奴もいるんだが……」

「一匹だったから生還できただけで、群れと出くわした場合は情報を持ち帰ることすらできなかった可能性もありますね」

「その通り。エゼルはそういう意味でも運が良かったし、追い払ってすぐに離脱したのもいい判断だったな」


 生存者の証言が必ずしも全てを表しているとは限らない。

 ごく一握りの生存者の裏には、往々にして数多くの犠牲者が隠れているものだ。


 もしもフェンリルウルフを追い払った後も、失くした剣の回収に拘ってその場に残っていたら、本隊がやって来て大変なことになっていたかもしれない。


「……あ、あの……」


 珍しく、ノワールが遠慮気味に手を上げて発言の許可を求める。


「そんな……魔物、が、いた、ら……食べ物、が……いくら、あっても、足りない……ような……」

「良いところに気付いたな。実際、その辺りは冒険者業界でも未解明の謎とされているんだ」


 戦闘する分には関係ないことなので説明を省く予定だったが、せっかく気付いてくれたのだから答えないわけにはいかないだろう。


「体格から想定される餌の量と、現地に棲息している獲物の数が釣り合わないのは、ドラゴンを始めとした大型の魔物全体に言えることなんだが、フェンリルウルフはその傾向がとりわけ強いらしい」

「食事、だけじゃ……なくて……他の、何かで……体を維持……して……?」

「かもしれないな。正直、魔物の生態は分からないことだらけだ」


 地上に棲むごく普通の野生動物ですら、生態の全貌が明らかになっているとは言い難い。


 ダンジョン内に棲息する魔獣なら尚更である。

 現地へ赴く難易度も調査の難しさも半端ではないのだから。


「俺の故郷の近くにある白狼の森も、名前の由来になっている伝説上の白い狼の正体がフェンリルウルフじゃないかという説もあるんだが……いや、これはいいか。何でもかんでも喋っていたら時間が足りないな」


 雑談を続けたがっていそうな何人かの視線を受け流し、議題をこれから向かう予定の場所の説明へと切り替える。


 フェンリルウルフの情報と同じく、これも既に伝えてある内容ではあるが、万全を期して再確認しておくのは大事な工程だ。


「念の為、地図の上で場所を確認しておいてくれ。目標地点は俺達が下りてきた塔と同じタイプの、地下空間の天井まで届く中空の塔だ」


 管理者フラクシヌス直々の要請というだけあり、役目を遂行するためのお膳立ては十分に整えられている。


 場所も明確で地図も準備済み。

 どこが問題なのかを探してさまよい歩く必要はなく、安全性と移動時間の短さを両立した経路も選定済みだった。


 フラクシヌスにとって、地下空間の発光の喪失は死活問題であり、俺達の来訪とは無関係に解決のための準備を進めていたはずである。


 その遂行役が俺達に任された理由は、恐らくはただ単にちょうどいいタイミングでやって来たからだろう。


「だが、この塔は『魔王城領域』まで繋がっているわけじゃない。二つの階層の中間に位置する行き止まりの空間で、ここにある何かが不調をきたしたのが原因らしい」

「ここがフェンリルウルフの巣窟になっているということは、やはり侵入した魔物による意図せぬ破壊が原因でしょうか」


 ライオネルが的確な仮説を立て、更に踏み込んだ質問を繰り返す。


「ところで、管理者フラクシヌスはこの町からも戦力を派遣すると言っていましたね。それについては、団長もまだ何も聞かされていないのですか?」

「ああ……今日の会合には説得を間に合わせると言っていたんだが……」

「失礼いたします」


 話題がアスロポリスからの追加人員の件に移ろうとした矢先、管理者フラクシヌスの御使いである年若い樹人(ドライアド)のポプルスが部屋に入ってきた。


「ちょうどいいお話をされていたようですね。今回の疑似陽光復元作戦に加わっていただく方をお連れしました」

「やっとですか。待ちくたびれ――」

「申し訳ありません。説得にかなりの時間を要してしまいましたが、実力は間違いなく最高峰ですよ」


 ごく自然な態度で振る舞うポプルスとは対照的に、俺は完全に言葉を失って目を見開いていた。


 ポプルス自身の姿はもはや視界に入っていない。

 それどころか、発せられる言葉の意味を頭が理解しようとしていない。


 物理的には視覚の範囲に収めているのだろうが、その存在を意識に入れる余裕が全くなかったのだ。


「お前は、まさか」


 尖った耳、濃い色合いをした艷やかな肌、長身で細身の肉体。

 金属鎧で胴体を覆ったそのダークエルフの女の姿形を、俺は嫌というほど強烈に記憶していた。


「――因果なものだな、白狼の森のルーク」

「魔王軍四魔将……氷のノルズリ――!」

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