第366話 出立前の一夜 前編
その後、俺達は管理者フラクシヌスの手配で、大議事堂を擁する大樹の内部の部屋を借りることになった。
木造建築というよりも、住居の形に歪められた樹木といった趣の内装ではあるが、住心地は決して悪くないように感じる。
ただしそれぞれの部屋は決して大きくなく、四人部屋を三つ割り振ってもらう形になっていた。
「……ったく、エゼルの奴、わざとらしくニヤニヤしやがって。何が面白いってんだ」
俺と二人で部屋に入ったところで、ガーネットは口元を歪めてエゼルへの愚痴を溢した。
九人に対して部屋が三つ用意されたわけだが、部屋割は三人ずつではなく二人と三人と四人の配分となっていた。
内訳は、俺とガーネットの二人にダスティンとエディとライオネルの男三人、そしてサクラとノワールとエゼルとヒルドの女四人。
こうなった原因は、俺達の男女比が五対四になっていたことだ。
三人ずつで部屋を分けようと思ったら、ガーネットを男として数えたとしても、最低でもどこか一つが男女混合になってしまう。
フラクシヌスの御使いであるポプルスが、それはよろしくないということで割り振りを決めたうえ、勇者エゼルが『せっかくなら女同士で喋りたい』と言い出したことで確定してしまったのだ。
サクラやノワールは、俺とガーネットの同室でも構わないと言ってくれていたのだが、どうやらエゼルは余計な気を回したらしい。
「別にいつもの俺達と変わらないのにな」
「全くだぜ。ここ一年ずっと面突き合わせて暮らしてるっつーのによ」
何か面白いことでも起きることを期待したのか、それとも二人の方が秘密を守るのに苦労しないだろうと気遣ったのか。
どちらにせよ必要な措置ではなかったが、決まってしまったものは仕方がない。
質のいい山小屋といった雰囲気の部屋を見渡しながら、大まかなレイアウトを頭に入れていく。
リビングとベッドルームが一体になったワンルーム。
寝泊まりをするためだけに用意された部屋らしく、食事を始めとする生理的欲求を満たすための設備は、共用のものが別に用意されているようだ。
「なぁ、白狼の。部屋に妙な魔法や仕掛けがないってのは確認済みなんだよな?」
「魔法的にはノワールとヒルドに確かめてもらったし、物理的には俺が【解析】してみたから大丈夫だ」
「んじゃ、せっかくだしゆっくり休ませてもらうと……おっ! シャワーは備え付けなんだな! いいじゃねぇか、さっそく使わせてもらおうぜ」
「……俺は後でいいからな?」
嬉々として簡素なシャワールームに向かうガーネットを見送って、ベッドを椅子代わりに腰掛ける。
しばらくそうやって休息していようかと思った矢先、唐突にガーネットが濁った悲鳴を上げて、あられもない姿で半身を飛び出させてきた。
「やっべぇ! 水しかでねぇぞこれ! 死ぬかと思った!」
「馬鹿っ! 出てくんな! 服着ろ服!」
――その頃、勇者エゼルの従者であるエディことエドワードは、沈黙が続く部屋の中で所在なく視線を泳がせていた。
耳に届くのは武具の手入れをする無機質な音だけで、人間の声は別の部屋から微かに漏れ聞こえてくる程度だ。
同室者は黄金牙騎士団所属騎士のライオネルと、冒険者ギルド公式認定のAランク、魔王狩りのダスティン。
どちらも押しも押されもせぬ武闘派であり、大抵の敵はこの二人だけで何とかなってしまうのではと思えてしまうほどだった。
エドワードは話しかけるきっかけを見いだせないまま、彼らが手入れをしている武器に目を移した。
ライオネルの得物は斧槍。
槍、斧、鉤爪の三種の武器が組み合わさった強力な武装で、高い威力と変幻自在の戦術を両立させているが、習熟難易度はかなり高い部類だと聞いている。
質量はスキルでどうにか対応できるとしても、使いこなすためには純粋に鍛錬を積み続けなければならないのだ。
もう一方、ダスティンの武装は魔槍の呼び名が相応しい禍々しさの二振りの槍だ。
二槍使いの異名のとおり、予備を持ち歩いているわけではなく、左右の手に一振りずつ握って同時に使いこなすのである。
エドワードも噂だけは前々から聞いていたものの、どこかで尾ひれがついているに違いないと思い込んでいたのだが、いざ実戦を目の当たりにするとその考えは一瞬で消し飛んでしまった。
もしも自分が同じ長さの槍を両手で構え、左手だけで槍を振るうダスティンと戦ったとしても、技術と腕力の両方で押し負けて瞬く間に敗北するに違いない。
更に魔槍らしく投擲することで特殊な効果を発揮するとのことで、今のパーティで最も強いのはこの男だろうという確信があった。
だからこそこの機会に言葉を交わしておきたかったのだが、どうしても最初の一言を口にする勇気が湧いてこなかった。
「何の用だ。言いたいことがあるなら、好きに言え」
「えっ……! あ、その……」
ダスティンは視線を槍から外そうともしていないが、聴覚だけはエドワードに振り向けている。
「……聞きたいことがあります。一体どうすれば、貴方達のように強くなれるんですか」
精一杯の勇気を振り絞ってそう尋ねると、ライオネルは作業を中断してエドワードに意識を傾けたが、ダスティンは槍の柄を何らかの霊薬で磨く手を止めようとしなかった。
「意外だな。勇者の小間使いが武力を求めるか。お前の領分ではないだろう」
「いいえ。俺は勇者エゼルの父上から、彼女を頼むと託された身です。今は力不足で従者に甘んじていますが、本来なら護衛も果たさなければならないのです」
「理解に苦しむな」
ダスティンは一振り目の手入れを終え、魔法的な模様が描かれた布で丁寧に包む作業を始めた。
本当に関心を抱いているのかも怪しいその反応に、エドワードは会話を続けるべきか迷ったが、すぐにライオネルが助け舟を出してくれた。
「エゼル嬢はさるやんごとなきお方の御息女だ。守らねばならぬと思うのは当然だろう」
「その程度のことは俺も知っている。魔王を討つにあたっては自然と勇者の情報が耳に入る……勇者エゼルが誰の娘なのかも、お前が勇者エゼルの弟だということも含めてな」
布を巻き終えた魔槍が床に置かれ、もう一振りの魔槍が拾い上げられる。
「戦いに秀でた姉が勇者に、そうではない弟が従者になり、戦闘以外の分野で姉を支えるのならば理解できる。だが、姉を守りたいとはどういう意味だ。筋が通らん」
ダスティンの鋭い指摘を受け、ライオネルは困り顔を浮かべてエドワードを見やった。
ライオネルは黄金牙騎士団の騎士という立場上、勇者エゼルとエドワードの本当の関係性を知っているのだ。
「……俺は、あのお方の子供ではありません。勇者エゼルの正式な弟というわけでもありません。身寄りのない遠縁の子供を、哀れと思って養育していただいた身の上です」
このとき初めて、ダスティンは言葉もなく視線をエドワードに向けた。
「もちろん家督を継ぐ権利はありませんが、欲しいとも思ってはいません。ただ恩を返したいのです。俺を実の子供と変わりなく育ててくださったあの御方に。そして……」
「本当の弟も同然に愛を注いでくれた、勇者エゼルに」
言おうとしていたことをダスティンに先取りされ、エドワードは息を呑んだ。
ただ次の発言を読まれただけならまだしも、愛という言葉を用いられたことに感情が刺激され、意識とは無関係に顔が熱くなるのが分かった。
ダスティンは物憂げに目を伏せ、そしてどこか遠くを見やるように顔を上げてから、呟くように言葉を発した。
「一朝一夕で強さを得る方法はない。地道に己を鍛えるまでだ。俺もそうやってここまできた」
「……やはりそうですか……」
「だが、決して焦るな。強さを焦り、功を焦れば命を失う。それがお前の命ならまだしも……そうでなければ生涯を悔やんで生きることになる」




