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第364話 常闇がもたらすもの

「……ご、ごめん。照明、に……魔力を、送る、手段……が、気になって……」

「専門外ではあるのですけど、学術的な興味がですね……」


 恥ずかしそうにしている二人をひとまず落ち着かせ、九人揃ってこれからの行動方針を話し合うことにする。


 管理者フラクシヌスが提示した三つの条件を受け入れると宣言し、魔族の町こと中立都市アスロポリスに踏み入れたわけだが、これだけではまだ用件の半分も済んでいない。


 少なくとも管理者に直接会って細かい条件を詰めていきたいところだったが、フラクシヌスからの干渉はすっかり途切れてしまった。


「あちらから何の対応もないということは、自分達で管理者を探すしかないってことか」

「待て」


 ダスティンは短い言葉で口を挟むと、島の奥へと続く道に視線を投げた。


 その先から一人の魔族がまっすぐ歩いてくるのが見えた。


 若い樹人(ドライアド)だ。

 植物的な質感の緑髪を長く伸ばし、体の一部であるという花弁や枝葉を装身具のようにして着飾り、末端に蔦の絡んだ四肢を振って悠然と歩を進めている。


 顔立ちはまるで人形のよう。

 ただし整っているという意味だけではなく、表情がぎこちなく不自然であるという意味も含めての表現だ。


 これなら前に遭遇した夜の切り裂き魔(ナイトリッパー)――人間を模倣した人形型ゴーレムの方が、比較にならないほどに表情豊かで人間的である。


 そういえば、樹人(ドライアド)の体に人間的な部位が多いのは若年の証だと、前にどこかで聞いたことがある。


 だとすれば、あれは相当若い。

 植物でいう新芽のような存在かもしれない。


「お待ちしておりました、ルーク・ホワイトウルフ様。私、フラクシヌス様の御使(みつか)いのポプルスと申します。皆様をフラクシヌス様のところへお連れするように仰せつかりました」


 人間の感覚では奇妙な名前をした樹人(ドライアド)の発言を受け、俺は近くにいたガーネットと顔を見合わせた。


 思い返せば管理者フラクシヌスも俺のフルネームを知っていた。


 恐らく冒険者から紹介を受けたときに聞いたのだろうが、彼らが対面したのは管理者の分身体だけだったというから、この若い樹人(ドライアド)は後からその情報を伝えられたことになる。


 それを考えると、管理者の御使いという名乗りにも一定の信頼感がある。


(あと)について行けばいいんですね?」

「はい。ただ、住人の方々はあなた方の存在に慣れておりませんので、私の後ろから離れないようにしてください」


 未知の都市をあてもなく彷徨うくらいなら、この誘導に乗って案内された方が良さそうだ。


 樹人(ドライアド)らしく性別が分かりにくい外見のポプルスの誘導で、アスロポリスの大通りをゆっくり歩いていく。


 大樹と混ざりあった住宅の間。

 枝葉に張り巡らされた照明の下。


 魔族がごく普通の住人として過ごす町並みを眺めているうちに、俺の注意はいつしか町の造りではなく住人達の方へと移っていた。


 何だかんだで見慣れてきたダークエルフとドワーフが、屋台のカウンターを挟んで金銭絡みと思しき言い争いを繰り広げている。


 一つ上の階層の『魔王城領域』では、侵略や支配、虐殺といった目を覆いたくなるような関係性が続いていた二つの種族が、ここでは極めて俗な接し方をする間柄なのだ。


 通りの反対側に目をやれば、住宅樹木の真下の地上部分に設けられた店舗の軒先のベンチで、刺々しい鱗の蜥蜴人(リザードマン)がどっかりと座り込んで煙を吐いている。


 もちろん蜥蜴人(リザードマン)が煙を吐く魔族というわけではない。


 細長い壺に似た容器の中で毒草を燻し、その刺激的な煙を容器内の水で冷やしながら、細長い管を通して吸い込んでいるのだ。


 一部の魔族が愛好する嗜好品だが、体質が合わないほとんどの種族にとっては不快なだけだ。


 現に、たまたま通りかかった犬型の獣人が――口吻(マズル)がある非人間的な頭部のタイプだ――刺激臭に怒って歯を剥いて威嚇し、蜥蜴人(リザードマン)はしぶしぶ容器を抱えて店の中へ引っ込んでしまった。


 視線を前に戻すと、魚が詰まった箱を背負った商人らしき魚人が向こうから走ってきていて、危うくぶつかりそうになってしまう。


「おっと、悪い」

「■■■■――■■!?」


 魚人は彼らにしか通じない言語で怒鳴り声らしき言葉を口走ったが、ぶつかりかけた相手の姿を視界に納めるや否や、全身の(ひれ)を広げて慌てふためきながら走り去ってしまった。


 様々な種族が混ざりあった不思議な町――人によっては融和的な理想郷とでも映るのかもしれないが、俺はどうしようもない違和感を覚えずにはいられなかった。


 これほどの規模の集落、否、都市と呼べる規模ならば、深層領域の探索を進めて魔王軍を追うにあたり、申し分ないほどの補給拠点として機能するに違いない。


 今後を考えると是非とも交渉を成功させたいところではあるが、それと同時に、この違和感は絶対に解消しておかなければならないという直感があった。


「……ポプルスさん、一つ質問をしてもいいですか?」

「どうぞ」


 ポプルスは振り返ることもなく答えた。


「ここの住民達は妙に気が立っているように見えます。言い争って、威嚇して、怒鳴り散らして……やはり異なる種族が集まると、争いの種が耐えないのでしょうか」

「いいえ。皆様の心が荒れ始めたのはごく最近のことです。そう……この階層から光が失われたその日から。いつ復旧するとも知れない暗闇の中で平静を保つのは難しいでしょう」


 何気なく放たれたその発言は、とてもじゃないが聞き流せるものではなかった。


「待ってください。この階層の夜が明けないのは、やはり異常事態なのですか」

「当たり前でしょう? 光なくして緑なし。こんな天井(そら)の下で樹人(ドライアド)は長く生きていけません。アスロポリスはフラクシヌス様のご加護があるので例外ですけど」


 首だけを動かして振り返りながら、ポプルスはきょとんとした顔で返答した。


 やはりそうか。

 夜の明けない階層において緑の木々が生い茂っているのは、木々の方が特別だからではなく、発光機能(よあけ)が失われてさほど時間が経っていないからだったのだ。


 現状が続けばいずれ植物が育たなくなるだろうし、食料を失った魔獣達も次々に死んでしまうだろう。


 永劫の暗闇に適応できない者は、別の階層へ移動するか死を待つか――この町が名前の通りの避難所(アサイラム)であると仮定するなら、前者を選ぶことができなかった者達が逃げ込んでいたとしてもおかしくはない。


 そもそも上の階層は魔王軍が支配しているのだから、少なくとも上へ逃げるということは不可能である。


「夜が明けなくなった理由は分かっているのですか?」


 俺は背中にノワールの視線を感じながら質問を重ねた。


 ノワールは聞きたいことが山ほどあるのに、人見知りをして会話に入ってこれていないのが明白だ。


「私からお教えできることはありません。必要があるのなら、この後でフラクシヌス様がお伝えするはずです」


 そんな話をしているうちに、俺達はアスロポリスの中央広場とでも呼ぶべき場所にたどり着き、そこにそびえ立つ島一番の大樹の()()へと入っていった。


 この大樹もまた建築物と半ば融合した形をしていた。


 ただし住居とは規模が明らかに異なり、屋敷や城のような威容を誇っている。


 暗い廊下を抜けたその先に広がっていたのは、眩いばかりの魔力照明に照らし上げられた大議事堂のような空間であった。


「フラクシヌス様。白狼騎士団の御一行をお連れしました」

『ご苦労様。貴方は下がりなさい』

「はい、失礼いたします」


 ポプルスが恭しく頭を下げた相手は、人でもなければ生物でもない。


 大議事堂の奥の壁、その内側から淡い光を漏れさせる巨大な魔力の塊であった。


『見苦しいと思わせてしまったなら謝罪します。この通り、今の私はここから動くことができない体――先程、不躾にも分身体でご挨拶をした理由、分かっていただけましたか?』

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