第363話 中立都市アスロポリス
俺はしばし考えを巡らせ、挙げられた三つの条件と質疑応答の内容に落とし穴がないことを念入りに確かめてから、前に進むための返答を返した。
「条件を受諾します。もっと踏み込んだ話は町の中でいたしましょう」
『畏まりました。それでは湖畔へご移動を。アスロポリスへの道をご用意します』
管理者フラクシヌスの分身体と別れて丘を下り、湖畔の指定された場所で立ち止まる。
九人全員が丘を下りきった直後、穏やかだった湖面に異変が起きた。
波打ち盛り上がる湖面。
湖を構成する地下水を押しのけて、異様な太さの樹木の根が何本も鎌首をもたげたかと思うと、規則正しく絡み合ってアスロポリスと湖畔を繋ぐ道と化した。
「これは……樹人の魔法ですね。単独で行使するには大規模ですが、やはり複数人で発動しているのでしょうか」
ヒルドが感心した様子で即席の橋に身を乗り出す。
その辺りも興味関心は尽きないのだが、アスロポリスとうまく関係を築くことができれば、後でいくらでも尋ねることができるだろう。
続いて黄金牙のライオネルも、軍事に携わる人間らしい観点から感想を述べる。
「次からは船を用意した方がいいかもしれません。出入りは自由と言ってもこれでは……いえ、城塞都市の跳ね橋に相当すると考えれば、何の不思議もないのでしょうが」
ライオネルの意見は、前半と後半のどちらも正論に感じられた。
町の外に出たくても橋を出してもらえなければ閉じ込められてしまうが、それは『城壁に囲まれていて唯一の出入り口が跳ね橋』という形の地上の町と何も変わらず、アスロポリスが特別怪しいわけではない。
とにかく、まずは樹木の橋を渡って町の中に……と考えて第一歩を踏み出そうとした矢先、勇者エゼルの従者であり弟でもあるエディが意を決したように口を開いた。
「待ってください。本当に今すぐ行くんですか? あまりに今更ではありますし、差し出がましいとは分かっていますが、罠の可能性も捨てきれないと思います」
「エディ! いきなり何を言って……」
「確かにそうかもしれないな」
弟の唐突な発言を遮ろうとするエゼルを制し、橋の前で足を止めてエディの懸念に向かい合う。
「俺は姉さんを……勇者エゼルを見守るようあのお方から命じられました。ですから露骨な罠に踏み込むのを看過するわけにはいきません」
「君の立場なら考慮して当然の可能性だ。けれどもしも俺達を罠に誘い込むつもりなら、さっきみたいなやり取りをする意味はなかったんじゃないか?」
さっきのやり取りとは、もちろん丘の上で交わした管理者フラクシヌスとの対話である。
「冒険者を通して『直接話がしたい』と伝えて、俺達はそのつもりでここまで来た。罠に嵌めたいなら、俺達の接近に気付いた時点でこの橋を出しておけばいいだけだ。後は放っておいても勝手に渡ってくるんだろうからな」
「それは……そうかもれませんが……」
「もちろん裏の裏をかいていると考えることはできるけど、橋を渡るのを渋っているわけじゃないのに、そんな裏をかいても意味はない。俺はこう考えてるんだが、納得はしてもらえないかな」
何かしらの罠に俺達を嵌めようとしているなら、ここまで誘き寄せた時点で既に充分。
三つの条件を突きつけて『やっぱり考え直そう』と思わせる余地を作る意味はない。
信用させて油断を誘うためにあえて……というのも不自然だ。
そういう手段はターゲットが思い通りに動きそうにない場合に打つべきものであって、最初から橋を渡るつもりだった相手に使っても意味がないのだから。
また、先程のやり取りに魔法的な罠が、という線も限りなくゼロに近いと考えていい。
仮にそんな干渉をしてきたなら、ノワールやヒルドがたちどころに気付いているだろうし、彼女達ですら看破できないほどの実力なら、ここに来た時点で既に詰んでいたようなものなのだ。
エディはしばらく押し黙って考え込んでから、アスロポリスに踏み込むのを取りやめる提案を撤回した。
「そうですね……自分の過剰反応だったようです。そもそも白狼騎士団の公務内容を考慮すれば、管理者フラクシヌスと接触しない選択肢はありませんでしたね」
「納得してもらえたようでなにより。だけど『差し出がましい』だなんて思う必要はないからな?」
俺が正直な気持ちを伝えると、エディは意外そうに目を丸くした。
「気になることがあったらいつでも遠慮なく言ってくれ。俺も団長としては素人同然だから忌憚のない意見は大歓迎だ。できれば今度は、今更なんて思わないくらい早くにな」
「……はい、ありがとうございます」
そう答えるエディの表情は、どことなく緊張が解れたように見えるものだった。
樹木の橋を渡った先に広がるアスロポリスの町並みは、地上の市街地とはまるで違う建築様式の建物に満たされていた。
――いや、果たしてこれを建築と呼んでいいものかどうか。
樹木と木造建築が融合したかのようなモノが立ち並び……あるいは生い茂り、それらの合間合間に入り組んだ道が広がっている。
あえてその形状を言葉にするなら、いわゆるバンガローのような小屋が大樹の幹の高い位置にめり込み、取り込まれるようにして、繋ぎ目も分からないほどに一体となっている。
高さは通常の家屋の二階か三階相当で、幹に沿って波打った階段で上り下りする構造のようだ。
地表の高さには住居がなく、代わりに店舗らしきものが軒を連ねている。
住宅樹木――仮にそう呼ぼう――も普通の木々と同じく緑の枝葉を拡げているが、それらの間にはロープのようなものが張り巡らされており、吊り下げられた無数の魔力照明が町を照らしあげていた。
どうやら外から見えたアスロポリスの輝きは、これらの宙吊りの街灯によるものだったらしい。
「凄ぇな……マジで魔族ばっかりだぜ……」
ガーネットは橋の袂から町を見渡しながら、小さく声を漏らした。
不意の襲撃を警戒していたサクラとライオネルも、様々な姿形をした魔族がごく普通の生活を送っている様子に驚きを隠しきれていない。
「……まるで、私達が異物のように感じてしまいますね……」
「同感だ。最近までダークエルフ共と殺し合っていた身としては、常識だの何だのが揺らぎそうになってくるな」
一方、勇者エゼルとエディは彼らほど驚いてはおらず、大都市にやってきた余所者くらいの反応を見せている。
「ほんとに色んな種族がいるなぁ。色んなダンジョンのこと思い出しそうで、ちょっと懐かしいかも」
「ですけど、これほど多くの種族が一堂に会しているのは見たことがありませんね。団長殿も同じ感想ですか?」
「平和的な魔族には何度か会ってきたけど、大抵は一つの集落に一種族だったからな。こういうのは俺も初めてだよ」
俺達は冒険者として、あるいは勇者として幾つものダンジョンに潜ってきた立場だ。
人生のほとんどを地上で過ごしてきて、グリーンホロウで初めてダンジョンに潜ったガーネット達と比べ、魔族そのものに対する物珍しさはあまり感じない。
だがそれでも、この多種族ぶりには探究心をくすぐられずにはいられなかった。
「まずは任務を済ませないとな。町を見て回るのはその後だ。ノワール、ヒルド、管理者の魔力の気配なんかは感じ……あれ?」
「奴らなら向こうだ」
二人の姿が見当たらずに戸惑う俺に、ダスティンが冷静な態度で町の中を示した。
見れば、俺達がいる橋の袂よりも少しばかり踏み込んだ辺りで、ノワールとヒルドが二人揃って周囲をきょろきょろと見渡している。
まるで子供のように好奇心に目を輝かせながら。
「……おーい! 気持ちは分かるけど、後にしてくれ! 頼むから! な!」




