第361話 アスロポリスへの道 後編
二槍使いのダスティンと合流した俺達は、すぐにアスロポリスに向けて移動を開始した。
危険度の高い森林地帯を迂回しているとはいえ、一切の脅威が存在しないわけではなく、事あるごとに様々な魔物が目の前に現れ襲いかかってくる。
しかし今回の一行は明らかに過剰戦力。
冒険者達が比較的安全と判断したルートだけあり、たとえ襲撃を受けても鎧袖一触の勢いで蹴散らせてしまう。
――沼地の側を通れば、手足を持たない有翼有尾の肉食トビカエル、ウォーターリーパーが水を跳ね飛ばしながら次々に宙を舞い、犬や猫すら一呑みにする大口を開けて飛びかかる。
油断すれば人間も頭を咥え込まれて窒息させられ餌食になるが、腕に覚えがあれば簡単に切って捨てることもできる程度だ。
――泥の多い場所を迂回しようとすれば、自然発生したマッドゴーレムもどきのマッドマンが何体も這いずり出て、隙あらば足を掴んで引きずり込もうとしてくる。
もしも単独行動だったなら、周囲の暗さも相まってかなりの注意を要する相手だったかもしれないが、動き自体は遅いのでこの人数だとまるで脅威にはならない。
――必ずしも奇妙な見た目の生物ばかりではなく、牛のような動物が群れをなしてざぶざぶと川を渡っているが、あれもウォーターブルと呼ばれる魔物の一種だ。
あれに至ってはこちらから手出しをするか、あるいは何らかの原因で興奮していない限り襲ってくることはなく、地上で野生の牛を見かけたときと同じく遠巻きに見守れば特に害はない。
――戦闘らしい戦闘が発生したのは、魚に手足が生えたような魚人の群れとの遭遇が最初だった。
資料に記載されていなかったのと、あちらも驚き動揺している様子だったことから考えて、狩りか何かのために移動していたところに出くわしてしまったのだろう。
幸いというか、最初の一体か二体を斬り伏せたところで蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったので、深追いはせずに先を急ぐことにする。
――そして今日一日で遭遇した魔物のうち、最も強敵だったのは――
「ルーク殿、ご無事ですか?」
サクラは水棲馬の首を斬り落とした桜色の刃を振るい、血を払いながら駆け足で戻ってきた。
「ああ、こっちは何ともない。皆も負傷はしてないよな?」
周囲にぐるりと視線を巡らせて、数体のケルピーの死体が転がった水辺を見渡す。
突然の襲撃だったが負傷者はゼロ。
不意打ちの初撃を魔法で防いだ後は、白兵担当の面々が一人一殺の勢いで――ダスティンだけは一手で二体を仕留めていたが――あっという間に蹴散らしてしまった。
「水中に棲む馬……ですか? それにしては強力な水の魔法を使っていましたし、かなり凄まじい殺気を感じましたが」
「ケルピーだ。馬というより、馬の姿にもなれる魔物ってところだな。肉食で、人肉がお気に召す味覚をしているらしい」
「む……人食い魔物ということですか。道理で恐ろしげな牙をしているわけです」
水棲馬、ケルピー。
人間を捕食する魔物はさほど珍しくないが、大抵は『人間も他の動物と区別なく獲物にする』という程度で、積極的に人肉を狙ってくる魔物となると限られてくる。
このケルピーはそういった人間好きな魔物の一種であり、水辺に生息する魔物の中では特に知られた種族である。
「他所のダンジョンだと魔法で姿を誤魔化して騙し討ちにすることが多いって聞くけど、ここのケルピーは妙に攻撃的だったな。人間が現れて間もないから不慣れだったんだろうか」
「何にせよ、神降ろしの助けを借りずに済んだのは僥倖です」
「おいおい……こんな普通の魔物相手に、神降ろしはいくらなんでもオーバーキルだろ。ダスティンがいるだけでも可哀想になってくるのに」
大袈裟に考えすぎなサクラにそう言い聞かせながら、俺は自分の腰に下げたヒヒイロカネ製の真紅の刀に手を置いた。
神降ろしの鍵となる祭具の刀――サクラは以前の戦いで神降ろしを暴走させてしまったことを後悔し、この刀を俺に預けることを選んだ。
しかしこれからの戦いを考えれば、神降ろしの力を完全に手放してしまうのはさすがに惜しい。
そこで折衷案として、俺が神降ろしを使うべきだと考えたときにこの刀を渡すことにし、今回の作戦中はいつでも手渡せるよう身に付けているというわけである。
「……よし、後少しで冒険者達が張ったキャンプに到着するはずだから、そこで一休みしよう。二人ともまだ歩けそうか?」
俺はノワールとヒルドの方に向き直って、二人のコンディションを確認することにした。
二人とも慣れない環境で歩き詰めということもあり、他の面々と比べて疲労が大きいように思える。
「だ、大丈、夫……まだ、何とか……」
「フィールドワークは、おろそかにできませんね……こういうときに、日頃の影響が……」
「もうちょっとだ。頑張ってくれ」
エリカのポーションで水分と栄養の補給をさせながら、残り少しの距離を立ち止まらずに踏破して、冒険者達が拠点としているキャンプ地に到着する。
立地は比較的乾燥していて見晴らしもいい丘の上。
防柵やスキルによる警戒網などがくまなく張り巡らされていて、安心して休息できる状況が整えられている場所だ。
俺は皆に思い思いの形で休息を取るように指示を出してから、防柵で守られた範囲のぎりぎりのところまで足を運んだ。
「……何だか、妙に懐かしい気分になってくるな」
「白狼の森でも思い出してんのか?」
深層領域の夜景を眺めていた俺の隣に、ガーネットがいつの間にかやって来ていた。
まるでそれが当然であるかのように自然な振る舞いだ。
俺自身も、ガーネットがさっきまでそこにいなかったことの方に、強い違和感を覚えそうになってしまう。
「やっぱり分かるか? 別にそこまで似てるわけじゃないと思うんだが、白狼の森も馬鹿でかいティターニア湖の近くにあったからな。水と森が並んでると何となく……な」
実際は大して珍しくもない立地なのだろう。
木々が生い茂るには豊富な水が必要で、森林地帯には川や湖がつきものなのだから、似たような土地は大陸のそこら中に転がっているはずである。
だとしても、無性に懐かしさを感じてしまうのは致し方ないことだ。
「白狼の森といや、最近はマークと上手くやれてんのか?」
「どういう連想なんだよ、それは。まぁ……最初の頃と比べれば、まともに話ができるとは思ってる。身内と認めたくない奴から、駄目な兄貴くらいにはなれたんじゃないか?」
「ならよかった。あいつとも長い付き合いになるだろうし、関係がマシになるに越したことはねぇよな」
真面目な顔でそう言ってしまってから、ガーネットは気恥ずかしそうに笑って誤魔化しを入れてきた。
長い付き合い。確かにそのとおりだ。
白狼騎士団の活動とは関係なく、ガーネットにしてみれば『いずれは家族になる存在』なのだから。
「……そうだ。兄弟といえば、俺もアージェンティア家の他の人達に顔合わせしとかないとな。今のところ会ってるのは、レンブラント卿とカーマイン団長と、お前とアルマと……」
他の誰かに会話が聞かれている可能性を考慮して、表向きの婚約者候補のアルマの名前も挙げておく。
こうしておけば、偶然誰かが立ち聞きをしても、俺とアルマの兄がアルマについての話題で盛り上がっているように思ってくれるだろう。
「あー、くそっ……確かにその問題があったな。ヴァレンタインとスカーレットにもお前を会わせなきゃいけねぇんだ」
「何か問題でもあるのか?」
「色々とな。あんまり意気投合しそうにねぇ連中だよ。ま、その話は後だ。今回はアスロポリスの件に集中しようぜ」
複雑そうな感情を苦々しげに噛み潰しながら、ガーネットは俺の背中をばしばしと叩いてから踵を返した。
俺も浮つきそうになっていた気持ちをしっかりと引き締めて、ガーネットの後に続いてキャンプの方へと戻っていったのだった。
目的地のアスロポリスには次回冒頭で到着予定です。




