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第358話 聖域を名乗る者

 ――ギルドからの報告が上がってきたその日の夜、俺を含めた白狼騎士団の全構成員と二人の『外部協力者』は、内装が仕上がったばかりの会議室に集まっていた。


 俺とガーネット、虹霓鱗(ヒルド)紫蛟(マーク)青孔雀(ソフィア)黄金牙(ライオネル)

 そしてサクラとノワール、エゼルとエディの四人の協力者。


 全員が全員、揃って地下に潜ることはまずないのだろうが、それでも情報はできる限り共有しておかなければ。


「それでは、深層領域を探索中の冒険者からの報告書を読み上げさせていただきます」


 青孔雀騎士団のソフィアが席を立ち、手にした資料の束の内容を声に出して読んでいく。


「彼らが発見した魔族の町は、魔王城よりも更に下層、深層領域の森林地帯の只中……地底湖に浮かぶ孤島の上に位置しています。湖の岸辺から遠巻きに観察を試みていたところ、逆に存在を感知されて接触を受けたという経緯のようですね」


 以前、魔王城地下の迷宮の突破に成功したとの報告を受け、騎士団として現地に赴いたときのことを思い出す。


 広大な地下空間。緑豊かな森林地帯。

 随所から流れ込む地下水が生む、幾筋もの川と複数の地底湖。


 天井の発光機能に問題があるのか知らないが、どういうわけか常に環境が『夜』で固定され、これまでに確認された限り一度も朝を迎えていない謎の階層。


 ……あのときは人体を蝕む黒い『瘴気』の対応に追われたうえ、魔王軍四魔将の一人である火のスズリと遭遇し……とまぁ、かなり大変なことになってしまったわけだが。


「町の名はアスロポリス(Asulopolis)。地上風に訳すならアサイラム・シティといったところでしょうか」

避難所(アサイラム)ねぇ……どっかから逃げてきた連中でも保護してんのか? アスロ何とかってのも、ダークエルフやドワーフの言葉とは違う響きだけどよ」

「実際、どちらに関してもその通りのようです」


 ガーネットが溢した発言を、ソフィアは全面的に肯定した。


「アスロポリスはフラクシヌスと名乗る樹人(ドライアド)の管理下にあるそうですが、この管理者は市街全体を『中立地帯』と宣言し、あらゆる種族、あらゆる勢力に対して非戦闘地域として振る舞っている……と自称しています」


 冒険者が遠巻きに観察した限り、アスロポリスの市街にはダークエルフやドワーフ、樹人(ドライアド)蜥蜴人(リザードマン)、果ては淡水性の魚人らしき姿もあったという。


 現時点では、冒険者達はアスロポリスへの立ち入りを許可されていないので、間近で観察することはできていないようなのだが。


「人類側と交渉しているのは、管理者フラクシヌス……厳密にはその分身、端末、あるいは複製……ともかくその(たぐい)の存在です。そして管理者は、人類側の()()()との直接対話を望んでいるそうで……」


 ソフィアがちらりとこちらに視線を向ける。


「……俺のことか。国王陛下を呼び出そうってわけでもないんだろ?」

「はい。冒険者による協力要請および、地上情勢の説明を受けた管理者フラクシヌスは、ルーク団長を責任者と認識して対話を希望したそうです。そして交渉が纏まるまで人間の立ち入りを拒絶すると」

「中立や非戦の条件を飲むかどうかの話し合いってところだろうな……」


 まったく、想像するだけで胃が痛くなりそうな案件だ。


 魔族との交渉の経験がないわけではない。

 ダンジョン攻略中に、非敵対的な魔族の集落と交渉をして補給を受けたりするのは、冒険者業界ではごく当たり前の行為である。


 しかも現在探索が進められている深層領域は、Aランク率いるパーティでも一筋縄ではいかない高難易度。


 現地の魔族から補給や情報提供を受けられるようにするか、あるいは協力を求めず冒険者達だけで探索を続けるかで比較すれば、どう考えても前者の方が望ましい。


 お互いに条件の折り合いが付くのなら、是非とも探索拠点として利用できるようにしたいところだ。


 けれど俺がこれまでに経験してきた事例は、どちらかというと個人間の商取引に近く、今回のように政治的な交渉事の色は付いていなかった。


 改めて騎士団長の肩書の重さを実感していると、会議室の扉が軽くノックされ、シルヴィアの明るく朗らかな声が飛び込んできた。


「失礼します。紅茶とお茶菓子の用意ができました」

「ちょうどよかった、ここいらで一息入れようか」


 次から次に飛び込んでくる情報を整理する時間も欲しい。


 シルヴィアがお茶を持ってきてくれたのに合わせて、ひとまず会議に休憩を挟むことにしたのだった。











 最終的に、この日の会議では今後の大まかな方針が決定された。


 最も重要なのはやはり日程だ。


 フラクシヌスと名乗る管理者の樹人(ドライアド)は、他の魔族に関わる用件が立て込んでいるということで、直接対話の日取りを少しばかり後に指定していた。


 こちらとしても様々な下準備が必要となるので、日程に余裕があるのは正直かなりありがたい。


 強行軍で今すぐ潜らなければならないのは避けたいところだ。


 そしてもう一つ、地下に潜るメンバーも確定した。


 団長の俺と護衛のガーネット、戦闘を得意とするライオネル、魔族にも詳しいヒルド、そして四人の外部協力者。


 つまり団員の中ではマークとソフィアが本部の留守を守ることになる。


「悪いな、留守番なんかさせることになって」


 会議を終えた直後に、俺は議事録を取りまとめていたソフィアに声を掛けた。


「いえ、団長殿。むしろ安心しております。荒事は決して得意な方ではありませんので」


 ソフィアは相変わらずの落ち着いた態度で返事をして、しばしの間を置いてから、作業の手を止めて不思議そうに俺を見やった。


「むしろ私としましては、団長殿がご自分からその指示を出されたことが驚きです」

「……お前に『残ってくれ』と言ったことか? それのどこが不思議なんだ」


 俺の疑問に答えたのは、横合いから話に割り込んできたマークだった。


「青孔雀は騎士団監査担当ですからね。普通は留守を任せたいと思わないでしょう。せっかく隠していたものを、ここぞとばかりに掘り出されかねませんから」

「……ああ、そういうことか」


 確かに青孔雀騎士団の役割は()()だ。


 新人騎士だけを残して青孔雀の団員に本部を預けるなんて、普通の騎士団なら避けたいところだろう……普通の騎士団なら。


「発足したばかりで引っ越しすら終わって間もないのに、見られて困るような情報なんかないだろ。これまでの経理の資料も全部見せてるんだしな」

「む……それはそうですけど」

「俺にとって、ソフィアは純粋に心強い仲間だよ」


 何気なく素直な感想を口にしたところ、ソフィアが少しだけ――ほんの少しだけ表情を綻ばせたような気がした。


「信頼していただいている以上、それにお応えしないわけにはいきませんね。差し当たっては、留守の間に弟君のマーク卿に事務仕事の基本を叩き込んでさしあげます。きっと今後の役に立つはずですから」

「え……? えええっ!?」

「それでは失礼いたします」


 資料を抱えて涼しい顔で会議室を出ていくソフィア。


 完全に藪をつついて蛇を出してしまったマークから恨めしげな視線を向けられながら、俺はソフィアの後ろ姿を最後まで見送った。


「……恨むぞ、兄さん」

「本人の前であんな言い方する方が悪い」

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