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第357話 珍しい提案

「……えー、それでは改めまして……」


 ヒルドはひとまず落ち着きを取り戻し、気を取り直して本題に切り替えた。


「先程もお伝えしたとおり、これは急ぎの用件ではないのですが、地下探索中の冒険者から最新の進捗状況の報告がありました」

「急ぎじゃないなら、俺達は別に今すぐ現場に行かなくてもいいわけか」

「はい。彼らの報告によりますと、深層領域において魔族の集落……それも都市規模の市街を発見。当面は時間を掛けて遠巻きに観察し、内情の把握に務めるとのことです」


 可能性は想定していたが、いよいよ来たかといった感想だ。


 ダークエルフ中心の魔王軍にドワーフの集落ときておきながら、魔族のコミュニティがこの二つだけというのは考えにくい。


 魔王軍に加わらなかったダークエルフ、他の場所に住んでいたドワーフ、あるいは全く別の種族……いずれにせよ、何らかの魔族が深層領域に暮らしていることは想定の範囲内だ。


 そして俺と一緒にヒルドの報告を聞いて、ノワールは長い前髪の下で目を丸くし、ガーネットは驚きと疑問が混ざった顔で片眉を上げていた。


「白狼の。そりゃどう考えてもデカい進展だろ。本当にオレ達は下りなくてもいいのか?」

「今すぐには、な。探索や情報収集は現役冒険者に任せるのが一番だ。俺達はこの前みたいに要請があったときに動けばいいさ」


 十五年も冒険者業界にしがみついていた経験上、他の冒険者にどれくらいのことができるのか、と判断する能力はそれなりに身に付いているつもりだ。


 現時点で探索に携わっている連中なら、少なくとも魔族との接し方を誤ることはないだろう。


 この前の『瘴気』の一件などの想定外の事態は、排除したくてもしきれないもの。


 そんなことまで不安に思っていたら、いくらなんでもきりがない。


「まぁ、お前がそう言うならいいんだけどよ」

「……要請、は……あるん、だろうか……」

「あるに決まってるさ」


 訝しがるノワールに即答する。


「もしも戦闘になれば事後処理のため。平和的な関係を築けそうなら交渉のため。どちらにせよ責任者が出向く必要があるし、そういうときは騎士団を通してくれとギルドに伝えてあるからな」

「な、なる……ほど……」


 ダンジョン内の魔族が必ずしも人間と敵対するとは限らない。


 比率としては、程よい関わりを持って自分達なりに利益を上げようとするケースや、危害を加えられない限りは非干渉を貫くケースが大部分を占めている。


 落ち度もないのに問答無用で敵対するケースに出くわすのは、むしろ仲間内で『運がない奴がいた』と酒の肴にされてしまうような事態なのだ。


 そのことを改めて説明すると、ノワールは何度か小さく頷いてから、やがて珍しく自分から提案を持ちかけてきた。


「もしも……次に、騎士、団が……呼ばれた……ときは。できれば……私、も……連れて、いって、くれ……ないか……?」

「ダンジョンに? サクラと同じように外部協力者ってことでいけるけど、お前がそんなことを言い出すなんて珍しいな」


 本人も普段は考えもしないことを希望した自覚があるらしく、はにかみながら小さく頷いた。


「た、たまに、は……気晴らし……に、なるかな、と……思ったんだ。魔族の、文化、や……技術が……閃き、の、もとに……なる、かも……それに……」


 ノワールは傍らに置きっぱなしだった、勇者エゼルに提供する予定のドワーフの宝剣に目をやった。


「勇者、が……これを、使う、なら……間近、で……様子を、見ながら……の、方が……いい、かなと……」


 挙げられた二、三の動機はどれも充分に納得できるものばかりで、反対しなければならない理由はまるで思い浮かばなかった。


 ここ最近のノワールは、ずっと魔道具商品の製造に掛かりきりだったから、たまには普段と違う仕事をしたいという気持ちはよく分かる。


 魔族の生活に触れることがインスピレーションの源になるのでは、と期待するのも自然な発想だ。


 現に今俺達の手元には、ドワーフが作り出した剣という未知の魔道具があるわけで、魔族の町を訪れることで何か得るものがあるのでは、と期待するのは何もおかしくはない。


 そして、最後に三つ目の理由。

 機能の全貌が分かっていない剣を勇者エゼルに使わせるなら、魔法紋を含めた魔道具の専門家がいた方がいいというのは、確かに納得せざるを得ない提案である。


 むしろ俺の方から頼むべき事柄だったのではと思わなくもなかったが、ノワールが多忙であるという認識が先入観として働いていて、協力を求めるという発想が浮かばなかったのだろう。


「お前が来てくれるなら、俺達としても間違いなく助かるんだが、本当に大丈夫なのか?」

「あ、ああ……今、入ってる、注文は……今日中に、片付く、目処だ……から……」


 ノワールの返答を聞きながら、ガーネットとヒルドにも目配せをして意見を求めてみる。


 二人とも揃って何も言わずに首を縦に振り、ノワールの深層領域への同行に同意を示した。


 ガーネットはノワールが戦闘面でも秀でていると知っているからで、ヒルドは自分と同系統の専門家が増えることを喜んでいるから……といったところだろうか。


 実際の理由は後で聞いてみるとして、騎士団長護衛担当の銀翼(ガーネット)と、調査研究担当の虹霓鱗(ヒルド)も同意しているなら、いよいよ断る理由はなかった。


「分かった。次に現場へ行くときはお前も付いてきてくれ。そのときになって焦らないように、準備は余裕があるうちに済ませておけよ。俺達もそうするつもりだからな」

「だ、大丈夫……だと……思う。旅は、慣れてる、つもり……だから……」











 かくして白狼騎士団は、次回のダンジョン探索時に臨時メンバーを加えて公務に臨むことになった。


 とは言ったものの、実際に深層領域へ潜るのは現場の冒険者からの要請を待ってから。


 それがいつになるかは皆目見当もつかず、ひょっとしたら数ヶ月単位で時間が過ぎることになるかもしれない――などという予想は、全くもって甘すぎる見積もりであったと、俺はすぐに知ることになってしまう。


 ――結論から言おう。


 冒険者ギルドから白狼騎士団への出動要請が届いたのは、ノワールとのやり取りのまさに翌日のことであった。


 最初にヒルドへ報告を持ってきた冒険者が深層領域を離れた直後、もしかしたらその日のうちに、魔族の都市は冒険者に接触を図ってきたのである。

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