第356話 インドア派の研究トーク
その日の営業時間中、俺はノワールの作業の合間を縫って、ニューラーズから受け取ったドワーフの宝剣について尋ねてみることにした。
もちろん、ノワールに充分な余裕があることは確認した上での相談だ。
ニューラーズの家系に代々伝わる名剣。
スキルに反応して発生する謎の発光現象。
剣身内部に仕込まれた、立体的な魔法紋と思しき構造体。
これらを伝えてから現物を見せてみたところ、ノワールは少しばかり剣身の状態を検めた後で、すぐさま具体的な仮説を打ち立てた。
「……多分、攻撃的な、スキルを……増強する……のかも……」
ノワール曰く、剣が【修復】や【重量軽減】に反応して発光しながらも、それに大した意味が見いだせなかったのは、本来の対象が戦闘用スキルだからではないかとのことだ。
あらゆるスキルに効果を発揮する仕組みよりも、特定分野のスキルに反応する仕組みの方が効率的で効果も向上する。
そして剣に付与された機能なら、やはり戦闘向きに限定されている可能性が高い。
他のスキルにも最低限の反応を示したのは、スキルの種類を判別する機能が働いたのか何かだろう、とのことだった。
「なるほど。確かにあのときは、直接攻撃に使えるスキルを持ってる奴がいなかったから、その可能性は確かめようがなかったな」
「でも……少し、不思議……かも。ドワーフの、剣、なのに……スキルに……反応、する……のか……」
「……? それってどういう意味だ?」
ノワールが何気なく溢した言葉が何となく気にかかり、雑談感覚で聞き返してみる。
するとそのタイミングで、開けっ放しだった扉の外から別の女性の声が飛び込んできた。
「興味深いお話をなさっていますね。私もよろしいですか?」
「ヒルド? どうしたんだ、珍しい」
そこにいたのは虹霓鱗騎士団のヒルドだった。
普段通りにフードを深く被り、エルフの特徴である長く尖った耳を隠しているが、その下では好奇心に目を輝かせているように見える。
ヒルドがホワイトウルフ商店に来るなんて、ひょっとしたらこれが初めてかもしれない。
しかも店先ではなく、その奥の作業用スペースにまで。
「お邪魔する許可は店頭でガーネット卿から頂いてきました。実は白狼騎士団の公務関連で報告がありまして。急ぎの用件ではありませんので、先程の話題に一枚噛ませてもらっても?」
ノワールは俺を壁にするようにして場所を譲り、ヒルドが空いたスペースに入ってくる。
虹霓鱗騎士団に所属するヒルドは、騎士ではあるものの武闘派ではなく、むしろ学者肌や研究者肌に分類される人物だ。
専門家の話は興味深いので好きに話してくれと勧めると、ヒルドは軽く咳払いを一つしてから、詳しい説明を語り始めた。
「人間が獲得できる『スキル』と、魔族や魔獣を始めとした人間以外の生物……それこそ薬草すら含めた様々な生物が持つ『魔力を消費して発揮する能力』は、基本的には同質のものとされていますが、厳密に分類すれば違うものであると考えられているのです」
それを聞いて俺は少なからぬ驚きを覚えたのだが、ノワールの方は驚いた様子もなく落ち着いたものだった。
例えば薬草――すり潰して傷に塗ったり、抽出して回復のポーションにしたりする植物は、魔力を用いて自分自身の破損を治す力を持っている。
この力によって、他の動物に一部を食べられてもすぐに再生することができ、力強く生き延び子孫を残すことができるのだ。
塗り薬もポーションも、薬草の自己再生能力を人体にも作用させ、加工されてしまった薬草は元には戻らず人体の方は回復する、という原理によって成立している。
そして、この力は人間が持つスキルと同様のものであるとされていた。
もちろん、誰もが知っていて当然の一般常識ではなく、初めて会った頃のガーネットのように知らない奴も大勢いるのだが――どうやら専門家達の間では、それすらも便宜的で不正確な知識だったらしい。
「実現される『結果』や実現の『過程』は同じです。例えば魔法系スキルもエルフの魔法も、どちらも同一の対魔法封印で封じられてしまいますしね。一番の違いは、やはり『習得手段』でしょう」
「『習得手段』……もしかして信仰か?」
俺がそう尋ねると、ヒルドは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「人間のスキルは神々への信仰を通して発現します。しかし人間以外はそうではなく、生得的な身体機能として身に付いているのです」
「……薬草に信仰心があるわけないからな。言われてみれば確かにそうだ。でも、エルフやドワーフもそうなのか? 魔族にも魔族なりの信仰があるんだろ?」
ニューラーズを含めた『魔王城領域』のドワーフは、アルファズルをダンジョン創造の神として崇めている。
それは能力と何の関わりもないのだろうか。
「魔族にも信仰はありますが、人間ほど幅広くはありません。なので、能力と信仰心の関係については全く意識されてきませんでした」
「まぁ……そうなるか。信仰対象がバリエーション豊かなら『信仰が違うとスキルも違う』と経験的に分かるけど、逆なら分からなくてもおかしくないな」
「はい。しかし我ら虹霓鱗騎士団の研究の結果、魔族の能力は人間のスキルと違い、信仰心とは関係なく身に付くものだと判明しています」
虹霓鱗騎士団は神殿の管理と警備をする騎士団だが、同時に信仰とスキルの関係性などを研究する集団でもある。
それに、事情を知らないノワールがいるので話題には出していないが、ヒルドは人間ではなくエルフだ。
人間とエルフの違いについて、恐らくはどんな人間よりもよく知っていることだろう。
「……なぁ、ヒルド。ひょっとして、魔法なんかで精神が肉体から引き剥がされたときに、人間は肉体との繋がりを回復しないとスキルが使えないけど、エルフとかの魔族はそうじゃないっていうのも……」
「まだ研究段階ですが、無関係ではないかもしれませんね」
以前、ハイエルフのエイルが仕掛けた罠によって、俺とガーネット、そしてヒルドが『叡智の右眼』の内部の精神世界的な空間に引きずり込まれたことがあった。
俺とガーネットは肉体との繋がりを取り戻せずスキルを使うことができなかったのに対し、ヒルドは『魔力さえ確保できれば力を使えるが、エイルの妨害のせいで肉体の魔力を引き出せない』という状態だった。
そのときは少々強引な手段で魔力を確保して、ヒルドに力を振るってもらうことで俺達も接続を回復し、何とか窮地を脱出することができたわけだが。
今思えば、あれは人間とエルフの相違点が表面化した瞬間だったのかもしれない。
「ドワーフの剣が『スキル』に反応するのが不思議だっていうのは、要するにドワーフの持つ力はスキルじゃないのにどうして……ってことなんだな」
「そ、そういう……こと……」
「もちろん、これらは性質的に類似していますから、どちらも区別なく反応するだけなのかもしれませんけど。研究者としては凄く興味を惹かれる代物ですね」
ノワールもヒルドも、これについては重大な疑問と捉えているわけではなく、何となく不思議で興味を惹かれるという程度の認識のようだ。
長々と語りきって満足気に寛ぐヒルド。
その頭越しに、まだ開けっ放しの入口からガーネットが呆れた声を投げかける。
「おいこら、妙に時間掛かってるなと思ったら。本題は済んだのかよ」
「あっ! す……すみません! つい夢中に!」
慌てふためくヒルドを前に、俺とノワールは思わず顔を見合わせ、揃って笑いを溢してしまったのだった。




