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第354話 白狼騎士団本部 後編

 その後、俺は前の部屋まで荷物を取りに戻るというサクラとも別れ、一人で別館の宿舎を見に行くことにした。


 虹霓鱗(こうげいりん)騎士団のヒルド、紫蛟(しこう)騎士団のマーク、青孔雀騎士団のソフィア……着任済みの騎士達と順番に挨拶を交わし、引っ越しが順調に進んでいることを確かめておく。


 それが済んだら、今度は共用スペースの確認だ。


 騎士達ができるだけ快適に過ごせるよう、町の名物の温泉を引き込んだ大浴場を始めとして、様々な形で生活環境を整えてある。


 まずは食堂の様子を見ようと立ち寄ってみたところ、ちょうどシルヴィアが調理器具などを整頓しているタイミングであった。


「あっ、ルークさん!」


 シルヴィアは俺の訪問に気がつくと、作業の手を止めて駆け寄ってきた。


「こちらの準備は順調ですよ。やっぱり新しい設備はいいですね」

「悪いな、宿の仕事も忙しいだろうに」

「いえ、これも春の若葉亭として請け負った、大事なお仕事ですから」


 そう言って胸を張るシルヴィア。


「そもそも、うちとしてもかなり条件のいい仕事ですしね。諸経費や温泉税が騎士団持ちなのを考えたら、同じ規模の宿を普通に経営するより実入りがいいんですよ」


 本部の生活環境、例えば食事の用意や大浴場の清掃などは、その道のプロである春の若葉亭に外注している。


 他の騎士団でも、公務に直接関わらない仕事を外注することは少なくないと聞いている。


 騎士見習いを多く抱えている拠点なら、こういった下働きもやらせてしまったりするらしいが、白狼騎士団が見習いを抱える日など遠い未来の話だろう。


「それに……これでやっと、私もお役に立てるんだなって」

「……そんなこと考えてたのか。シルヴィアにはずっと世話になりっぱなしじゃないか」

「ありがとうございます。でも私はそう思っていなかったんですよ」


 くすりと笑いながら、シルヴィアは窓際の壁にもたれかかると、遠くを見やるように眼差しを窓の外に向けた。


「サクラは言うまでもないですし、エリカの薬は大人気でしょう? それに、皆さんどんどんダンジョンの奥に潜っていっちゃうから、何だか置いてけぼりにされちゃってる気がして……あっ、文句があるとかそういう意味じゃないんですよ?」


 シルヴィアは誤魔化すように微笑みながら小さく手を振った。


「……ただ、皆が遠くなっちゃったなぁって……そんな風に思ってたんです。だから、騎士団のお仕事を間近でお手伝いできるのは、正直に言って凄く嬉しいんですよ」


 大袈裟な表現をされている気はしない。

 心からの素直な気持ちを打ち明けられて、俺は一体どんな反応を返せばいいのだろう。


 喜び、感謝、気まずさ、申し訳なさ、気恥ずかしさ。


 浮かんでくる感情は多種多様で、すぐにはどれか一つに絞れそうにない。


 こんな悩みを抱かせたことを詫びるべきか、余計に気負わせるだけだから止めておくべきなのかも即断することができなかった。


 一呼吸分だけ思考を巡らせ、気持ちを落ち着かせてから、まずは一番前向きな感情を伝えることにする。


「感謝したいのはこっちの方だよ。これまでも充分助けられてきたつもりなのに、今まで以上に世話になるわけだからな」

「ふふっ……私もできるだけこっちに来るつもりなので、そのときはよろしくお願いしますね」

「ああ。だけど春の若葉亭の方は本当に大丈夫なんだよな? 看板娘をこっちで独占するようなものだろ?」

「平気ですよ。ちゃんと宿の仕事もしますし、私の他にも人気の従業員は何人もいますから」


 ひとしきりクスクスと笑ってから、シルヴィアは心の底からすっきりした顔で深く息を吐き、そして窓際の壁から背中を離した。


「……よしっ! それじゃ、厨房の準備を終わらせちゃいますね! もうひと頑張りなので!」

「おっと、そうだった。悪いな、邪魔したか?」

「いえ、お陰様でやる気が出ましたよ。夕御飯の時間までには全部終わらせますから」


 笑顔のシルヴィアに送り出される形で、俺は今夜に向けて準備が進む食堂を後にした。


 出入口を通って廊下へ出た直後、横から不意打ちで耳に馴染んだ声が投げかけられる。


「どうだ? 本部設営、いい感じに進んでるだろ」

「わっ!? ……何だお前か。急に声がしたからびっくりしただろ」

「悪ぃ悪ぃ。いきなり割って入るのも良くねぇ気がしたんで、テメェが出てくんの待ってたんだ」


 ガーネットは笑いながら壁にもたれるのを止め、俺のすぐ隣に付いて廊下を歩き始めた。


 今の発言を聞く限り、どうやらガーネットは俺とシルヴィアが話し込んでいるタイミングで食堂にやって来たものの、会話に混ざるのを止めて廊下で待機していたらしい。


「……別に変なことは話してないからな」

「あん? ……あはははは! なーに言ってやがんだおい! んなこと分かってるっての!」


 片手で腹部を押さえて大笑いしながら、ガーネットはバシバシと俺の背中を叩いてきた。


「第一、オレがシルヴィア相手に気ぃ揉んだりすると思うか?」


 廊下には他の誰かの姿が全く見当たらないが、念には念をというつもりなのか、顔を覗き込むようにしながら露骨に声を潜めてそんなことを囁いてくる。


 一つ前の発言は、他人に聞かれても『文脈がよく分からない雑談』程度の認識で受け止められるのだろうが、今のはさすがに意味深が過ぎる。


 シルヴィアと話していたときとは全く別の意味で反応に困りつつ、かと言って何のリアクションもしないわけにもいかないので、可能な限り無難な反応を考えようと頭を働かせる。


「他の奴が相手だったらしてたのか?」

「さぁ、どうだろうな」


 ガーネットはにんまりと笑って話を逸らすと、いきなり早歩きになって俺の数歩前に出て、その場でくるりと振り返った。


「引っ越しも設営もこの調子なら晩飯までには終わりそうだし、せっかくだから食堂使って騎士団の面子で食わねぇかって話になってるんだけどよ。テメェはどうする?」

「お前はもう返事はしたのか?」

「オレか? 今んとこ保留だな。テメェが他所で食う予定なら、オレもそっちにするつもりだぜ」


 なるほど、ガーネットがどうするのかも俺の判断次第ということか。


 今のところ、夕飯をどこで済ませるのかは特に考えていない。


 いつものように春の若葉亭でいいかとも思っていたが、この流れだとシルヴィアもここに残って最初の調理の仕事をするのだろう。


 それに、騎士団のメンバー同士で――未だに距離感が縮まりきらない(マーク)も含めて――親睦を深めるというのも悪くない。


「じゃあそうしようか。いきなりだけど、団の親睦会も兼ねてということで」


 かくして白狼騎士団本部、その設営初日は順調に過ぎていく。


 これから未知の驚異や大仕事が待ち受けているのだろうが、少なくとも今のところは、平穏に、穏やかに――

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