第353話 白狼騎士団本部 前編
白狼騎士団の本部の建設地はホワイトウルフ商店から程近く、護衛だの何だのと言った大袈裟なことを考えずとも、気軽に徒歩で向かうことができる距離にある。
全体的な構造としては、いわゆる本部らしい仕事をするための本館が中心だ。
団員や専属冒険者が寝泊まりするためのスペースは別館にあり、本館とは屋根と壁付きの渡り廊下で接続されている。
どちらも二階建ての構造で、王都にあった他の騎士団の建物と比べると小さめだが、せいぜい十数人程度の規模なのを考えれば適当だ。
そして本館と別館で道路から隠されるようにして、キングスウェル公爵から移管された資料の保管と、ダンジョンの――主に『奈落の千年回廊』の研究をするための資料室がある。
騎士団の公務は、グリーンホロウ・タウン付近のダンジョンを探索する冒険者やギルド支部と、他の騎士団や王宮を仲立ちして、円滑な意思疎通を実現することだ。
しかしこれに加えて、公務を通してこのダンジョンの謎を解明することも、果たすべき重要な役割として挙げられている。
そういう意味では、離れの資料室も騎士団の中心と言えるだろう。
「お待ちしておりました、団長殿」
高い柵の前で、これ見よがしに斧槍を担いで歩哨に立っていたライオネルが、正門の鍵を開けて俺を敷地内に迎え入れる。
曲がりなりにも団長の肩書を得てしばらく経つが、こういう接され方にはまだ慣れないものだ。
正面玄関から本館に入ると、内装を整えるための作業がそこかしこで行われている真っ最中であった。
「その書架は本館二階に。椅子は八脚ずつ小会議室に配置してください」
本館のエントランスホールで、見慣れた少女が作業員達に指示を飛ばしている。
少女は特徴的な赤い瞳で油断なく周囲を見渡していて、俺達の接近にもすぐさま気が付いた。
「ルーク卿。店舗の方はもう大丈夫ですか?」
「どうせ呼ぶなら店長って言って欲しかったんだが。レイラは団員じゃなくて店員なんだからさ」
「いえ、今日はハインドマン家の代表としてお手伝いをしていますので」
レイラは生真面目な態度でそう答えた。
「近衛兵団たる竜王騎士団は白狼騎士団への人員派遣を見合わせましたが、だからといって何も手を貸さないのは一族の名折れ。そこで、偶然にもグリーンホロウ在住だった一族の一員が、こうして本部設営作業に協力させていただいているというわけです」
彼女の立ち位置はなかなかに複雑だ。
白狼騎士団の設立が決まる以前、別案として俺を竜王騎士団に加入させることが検討されていた。
しかし竜王は、自分達の一族の人間しか入団させないことで知られており、俺が入団するには婿入りが必要で、そのための候補兼審査役としてやって来たのがレイラだった。
あくまで国王陛下の顔を立てて派遣されたに過ぎず、お互いに気が乗らなければそのまま話が流れるという前提であり、事実そうなって今に至るのだが……。
「偶然ね。本当にそうだったっけ」
「そうですよ。町に残った理由と今回の件は、何も関係ありませんからね」
「まぁ、確かにな。ところで話は変わるんだが、最近トラヴィスとは悪くない感じなのか?」
「は、話が変わっていませんよね!?」
慌てて声を上ずらせるレイラ。
レイラがグリーンホロウに残った理由、それは俺の旧友でもあるAランク冒険者のトラヴィスの存在だ。
大柄で屈強なトラヴィスはレイラの好みのど真ん中だったらしく、俺の竜王騎士団入りが廃案になった後も自主的に滞在を続けることにしたのである。
彼女は竜王騎士団の中枢を担う一族の一員ではあるが、騎士を始めとする公の仕事に就いているわけではないので、役目が終わったからといって帰る必要もなかったのだ。
「ルーク卿が気になさることじゃないでしょう」
「気になるに決まってるだろ。トラヴィスとはかれこれ十五年……いや、もう十六年か。とにかく長い付き合いになるんだ」
さり気なくレイラから視線を外し、作業中のエントランスホールを見渡しながら続きを口にする。
「色恋沙汰ばかりが幸せだとは思っちゃいないが、あいつの人生が今まで以上に充実するなら応援したいし、その逆なら何とかしたいと思ってる。ま、腐れ縁って奴だ」
「……ルーク卿……」
二人の関係性の変遷が気になるのは、レイラをからかいたいなどという理由ではなく、トラヴィスを気にかけてのことである――それを聞いたレイラは、怒りや恥じらいの消えた顔で俺を見上げてきた。
まったく、本人にはとてもじゃないが聞かせられないことを口走ってしまった。
そろそろ別のところを見て回ろうと思ったところで、別館に繋がる渡り廊下の方から、サクラと勇者エゼルが連れ立って歩いてきた。
「これはこれは。ルーク殿、こちらの作業は滞りなく順調ですよ」
「いやぁ、ごめんね。無理言っちゃって」
一見すると珍しい組み合わせだが、実はかなり明確な関係性のある二人だ。
「急な要請でびっくりしたでしょ。私とエディも白狼騎士団と協調してダンジョンに挑みたいから、本部の部屋を貸してくれだなんてさ」
「そりゃ最初は驚いたけどな。勇者が騎士団に協力するのも、騎士団が勇者を援助するのも普通のことなんだろ。フェリックス卿から聞いたんだから間違いない」
サクラはこれまで普通の冒険者として俺の依頼を受けていたが、今後は当面の間、白狼騎士団と長期の専属契約を結んでダンジョン探索に臨むことになっている。
これを踏まえ、サクラには情報伝達や作戦会議などへの参加のしやすさを考慮し、騎士団本部の宿舎に住居を移してもらうことになった。
そしてつい最近、これに勇者エゼルと弟のエディも加わることになったのだ。
「元々、宿舎には余裕をもって部屋を用意してもらったからな。二人や三人増えたってまだ余るくらいだ」
「エゼル殿が加わってくださったのは心強いですね。戦力もより盤石になります」
「こっちこそ、サクラちゃんがいたら百人力ね。今度は剣をふっ飛ばされるなんて不覚は取らないから」
既に二人はある程度打ち解けた様子で言葉を交わしている。
ガーネットもそうだが、武闘派同士で何か通じ合うところでもあるのだろうか。
それはそれとして、先程のやり取りを聞いて肝心なことを思い出す。
「おっと、忘れるところだった。注文のドワーフ製の名剣、ミスリル加工が終わったぞ」
「本当!? 見せて見せて!」
「ああ。けど一つ、どうしても気になることがあってな……」
ついさっき発見したばかりの発光現象と、判明したばかりの情報を隠すことなくエゼルに伝える。
これについてはまだまだ分からないことだらけであり、いくらなんでも秘密にしたまま引き渡すのは問題だ。
エゼルはそれを聞いて少しばかり考え込んでから、剣を受け取ろうと差し出していた手を引っ込めた。
「なるほどね。それなら、受け取るのはもっと詳しいことが分かってからにしましょうか」
「いいのか? 今は他に武器がないんだろ」
「平気平気。しばらく地上でコンディションを整えるつもりだったから。その剣、まだ預けてもいい?」
俺がもちろんと返答すると、エゼルは満足げに頷いて宿舎の方に引き返していった。
「じゃ、私はまだ荷物の片付けがあるから。今後ともよろしくっ!」