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第348話 人と魔族の商関係

 結局、それから先はニューラーズとの具体的な仕入れの打ち合わせに移行して、ある程度の数が作れ次第、ホワイトウルフ商店で取り扱うという形で落ち着いた。


 さっそく準備に取り掛かると言って、意気揚々と地下へ引き上げていったニューラーズを見送ってから、俺達は支部の一室で一息入れることにした。


 いわゆる飲食施設の一つだが、他人に聞かれたくない相談ができるように、個室でのサービスも提供されているという店舗である。


 そんな場所で一緒に食事を取りながら、俺達は今回の件について率直な意見を交わし合うことにした。


「ドワーフの武器を仕入れる武器屋だなんて、本当に珍しいことになったわね。これだけでも興味を持ったお客さんが増えるんじゃないかしら」

「え、そうなんですか? てっきり冒険者の界隈では珍しくないものかと」


 支部長のフローレンスが口にした感想に、支店長のナタリアが意外そうな反応をする。


 一時期は引退状態にあったものの、フローレンスはBランクにまで上り詰めた腕利きの冒険者だった。


 当然、ダンジョンや魔族についての知識も相応に豊富である。


 対するナタリアは、大商会のサンダイアル商会で修行を積んだ生え抜きの商人だが、あくまで人間同士の商取引が中心であり、魔族との取引に関する知識や経験はほとんどないのだ。


「ダンジョンに潜った冒険者が、そのダンジョンに住んでいるドワーフから個人取引で購入する形なら、そこまで珍しくはないのだけど。地上の武器屋が定期的に仕入れるのは聞いたことがないわね」

「意外です。どうしてなんでしょう。ドワーフが人間との取引を拒んでいるわけではないのですよね」


 フローレンスと直接話をしているのはナタリアだが、他の三人……エゼルとエディ、そしてガーネットも興味ありげに耳を傾けている。


 俺はとっくの昔に把握している知識なので、内容自体にはそこまで興味を引かれなかったが、ナタリアがどんなリアクションをするのかには少しばかり関心があった。


 自分達にとっての周知の事実を他人がどう思うのか、というのは意外と得難い情報なのである。


「取引をしたくないわけじゃなくて、取引を()()()()()()()と言ったところかしら」

「意味がない……ですか」

「普通、魔族の生活はダンジョンの内部で完結しているの。環境の変化や個体数の増加、もしくは領土的野心から地上に出てくる例もあるけど、それはあくまで例外ね」


 ノンアルコールの飲料が入ったコップを軽く揺らしながら、フローレンスはまるで講義でもしているかのような口調で説明を続けた。


 この後も仕事があるのでアルコールは控えているようだが、時間帯が夜ならきっとワインあたりを注いでいることだろう。


「地上との取引で手に入るのは、地上の通貨や物資でしょう? ほとんどの魔族にとっては、どれも別になくても生きていける物。珍しい嗜好品が欲しいだけなら、個人取引で手に入る()()だけでも充分に事足りる……」

「だから、大規模な取引はする必要がない、と」

「そもそも魔力の薄い地上は、彼らにとって快適とは言い難い環境だもの。よほどのことがなければ出歩こうとは思わないでしょうね」


 フローレンスが説明した通り、ごく標準的な魔族にとって、地上との定期的かつ大規模な取引はメリットが薄いのだ。


 地上の貨幣を手に入れたところで、そもそも使う機会が極端に限られている。


 冒険者と何らかの取引を――商売だけでなく協力の依頼も含めて――する対価に使う場合がほとんどで、わざわざ地上に出て買い物をしなければならない意味は薄いのだ。


 せっかくなので、俺も横合いからフローレンスの説明に付け加えをしてみることにする。


「そもそも冒険者ギルドは、魔族が勝手に地上へ出てくるのを防ごうとするからな。今回みたいに最寄りの支部に話を通しておかないと事件扱いにすらなりかねないし、人間側のルールに従って面倒な手続きをしてまで地上に出る意味は……ってところだ」


 生活がダンジョンで完結しているが故の、大規模な交易の必要性の低さ。


 地上の貨幣を稼いでも使い道が限られるという事情。


 そして、地上まで足を運ぶために必要な手続きの煩雑ぶり。


 これらの全てが折り重なった結果、たとえ人間に友好的な魔族であっても、地上との定期的な交易には至らないという現状が生まれている。


 取引はたまに潜ってくる冒険者相手のみ。


 冒険者相手に地下のものを売り、冒険者が持ち込んできた地上のものを買い、もしも買い付けが必要なものなら冒険者に購入を依頼する。


 人類と魔族の一般的な商取引はこの程度なのだ。


「ということは、先程のドワーフ……ニューラーズは『ここに来た時点で充分に本気だった』ということですね」


 エディが一連のやり取りの要点を簡潔に纏め、ようやく納得したように頷いた。


「魔族から武器を仕入れるという尋常ではない話を、ああもあっさり受け入れられた理由が分かりました」

「そんなに意外だったか?」

「ええ。単なる立会人の立場でなければ反対していたところです」


 あくまで大真面目な返答だった。

 俺とエゼルの付き合いはそこまで深くはないが、本気でそう言っているのはよく分かる。


「ニューラーズの場合は状況が状況だからな。何もかもを失ったばかりだから地上の物資に頼るしかないし、地上の貨幣が大量に必要になるわけだから、そのために手間暇を惜しむべきじゃないと考えるのは自然だろ?」

「もちろん、彼がまだ若かったというのもあるかもね。髭が生えてからのドワーフは思考が頑固で保守的になりがちだから」

「若いからこそ、彼らとしても前例のない手段に踏み出せた……そんなところだろうな」


 フローレンスの分析に俺も同意を示す。


 あの若いドワーフは髭も生えていない若造で、だからこそドワーフらしい思考の固さが生じていないというのは、決して的外れな推測ではないだろう。


 確かに多くのドワーフが殺され、連れ去られたとはいえ、成人したドワーフはまだまだ大勢残っていた。


 にもかかわらず、大人のドワーフではなく若者のドワーフが取引を持ちかけてきたということは、つまりこの交渉自体が大人達の発想ではなくニューラーズ独自の試みであるということだ。


 武器防具の製造再開と地上への輸出を大人達に提案し、しかし難色を示されたことに業を煮やし、自ら率先して地上へ赴いた――そんな流れを自然と想像することができた。


「おいおい、白狼の。意欲ある若者の夢は応援しないとなー、みてぇに年寄りくせぇこと考えてんじゃねぇだろうな。エリカを雇うときにも同じようなこと言ってやがったし」

「……そんなわけないだろ。俺は店主として損得勘定をした上でだな」

「さて、どうだか」


 ガーネットは気軽に図星を突いてきて、愉快そうに笑いながら大皿の上の肉にフォークを伸ばした。


 その肉を一手早く横取りしながら、勇者エゼルが俺に興味深い提案を持ちかけてくる。


「ねぇ、ルーク卿。ドワーフの武器が届いたら、一つミスリル合金加工をしてもらえないかな。せっかくだから新しい武器にしようと思うんだ」

「ドワーフの剣をミスリル加工か……少し面白い組成をしていたし、試してみるのもいいかもな」

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